夢葬高校のプロトコル 第13話「第十二章 夢葬高校のプロトコル」
午後三時、校内の端末がいっせいに静かな鳴動を始めた。ディスプレイの月の欠けが黒くなり、七分を刻むための無言の計時が始まる。シンはナギとミツルの手を握り返す余裕もなく、白く広がる校庭の縁に立っていた。向こう側には鷺沼レイの声が平板に響いているだけで、顔は見えない。だが彼らはもう鷺沼の不在を必要としなかった。校庭そのものが、彼の意志の具現だった。
午後三時、校内の端末がいっせいに静かな鳴動を始めた。ディスプレイの月の欠けが黒くなり、七分を刻むための無言の計時が始まる。シンはナギとミツルの手を握り返す余裕もなく、白く広がる校庭の縁に立っていた。向こう側には鷺沼レイの声が平板に響いているだけで、顔は見えない。だが彼らはもう鷺沼の不在を必要としなかった。校庭そのものが、彼の意志の具現だった。
「開始します。理想的な自我へ——」校内放送の無機質なトーンに続いて、空から綿のような粒子が降りる。降るほどに、昼の光が削られ、白い芝の上を滑る粒子が成分になっていく。粒子は記憶の燃え残りのようにちらつき、触れると遠い断片が浮かぶ。ナギはその粒子に顔をしかめ、指先で集めて小さな塊にした。
「鷺沼は、これを燃料にするつもりだ」ナギの声は低く、怒りと苛立ちが混ざっていた。「苦しみを削るっていうけど、他人の記憶を燃やして自分の理想を立てるの。人間を数値と状態に分解するつもりよ」
ミツルは端末のホログラムを指でなぞる。白い校庭の地図が空中に展開し、無数の線がセンターの炉へ吸い込まれていくのが見える。彼の顔は青ざめ、目は生気を帯びない。
「切断順は……これだ」ミツルの声は震えていたが、手は確かだった。彼が示したのは、三つの輪郭を描いた経路図。図には小さな数字の列が並び、普段の北とは一致しない方角を示していた。白い校庭は上下を翻している。端末の北表示は毎回ずれていたが、それは誤差ではなかった。鷺沼が作り出した空間の性質そのものだ。
「『3・1・7』だろ?」シンは呟いた。幼い自分が書き残した数字の羅列が、ここへ来て一つの道筋になっている。胸の奥が冷くなった。三段階の切断、最初に開くべき裂け目、そして最後に残すべき出口が示されている。
ラジオの粒子のひとつがナギの足元の鞄に付着し、ナギはものともせずにそれをつかんだ。彼女の能力が物体に感情の「重さ」を与えると、鞄は床に落ちるような鈍い音を立てて沈んだ。鞄は重さを増しても自らの形を崩さず、その中から淡い光が漏れた。
「これは——」ナギが息を呑む。鞄の中から、ユラが守ろうとした記憶の欠片が現れる。小さな家具の模型、折れかけのヘアピン、古い写真の端。どれも暖かい重さを持っており、触れるたびに小さな笑い声や泣き声が返る。ナギはそれを一つひとつ丁寧に床に並べ、重さの差を見定めた。彼女の手は震えたが、表情に迷いはなかった。
「本人が選んだものは、やっぱり温かい」ナギが言った。「押しつけられたものは冷たい。壊れやすい。これを分けられれば、偽物の出口と本物の選択を見分けられる」
言うは易く行うは難し。白い校庭の空気はナギの言葉を吸い込み、代わりに鷺沼の具現化した怪物群が浮かび上がる。罪悪感を体現した影たちが、学生の記憶でできた紙のような制服を纏い、二人を囲んだ。影は鷺沼がこれまで現場で見せてきた論理そのものだ:苦痛は消すべき悪であり、除去が正義であると主張する姿。
「時間がない」ミツルが言い、地図の一角を赤く点滅させた。「同期炉が全回路を閉じる。僕がここを保つ間に、順番に切っていく」
ミツルの体が薄くなっていくのが、はっきりと見えた。彼の影がカメラに映らなくなり、近くの電子掲示の履歴から彼のログが脱落する。眠らない記録係としての彼の存在が、白い校庭に引き寄せられている。シンは驚愕と罪悪感で足がすくんだ。
「お前は戻ってこいよ」シンが叫んだ。だがミツルは首を振った。
「戻るために、ここで固定する。地図のノードを僕の存在に結びつければ、現実側との同期が保てる。僕が薄れるほどに道は安定する。——三段階の切断だ。断夢を使うのは最後の一度だけ。順序を間違えるとユラが消える」
シンはその言葉で、これまでの恐怖と責任が凝縮するのを感じた。断夢は便利な刃だが、使い方を誤れば切り落とされるのは他人の存在そのものだ。幼い自分がかつて断夢を使い、ユラを守るために何かを切り落とした。代償は自分の記憶だった。今、その代償を再び払うときが来ている。
「やるしかない」シンは決意を吐き捨てるように言った。手のひらに小さな冷たさが広がる。断夢が彼の中で刃のように準備を始める感覚だった。使用のたびに、記憶の一片が彼の中で薄れていく。それを思うと、体の奥から逃げ出したくなる恐怖が湧き上がった。だが隣を見ると、ナギの顔は固く決意していた。ミツルはもう地図の一点となりつつあった。
「順序は3・1・7」ミツルが繰り返す。彼の声が薄くなり、地図のノードが光を帯びて順番を示した。まず三番目の入口、次に一番、そして最後に七番。シンは数字を噛みしめ、その意味を脳裏で再生する。自分の手が震えている。
最初の切断は、空気を割るような音を立てた。ミツルが前潜行でシンの断夢が残した傷を、地図の力で一度だけ開き直したのだ。シンの視界の中で、白い芝生の一片が黒い裂け目として崩れ、そこから無数の影が吐き出された。これは新たな断夢ではない。すでに刻まれた切れ目を、侵入を固定する「座席」だけから剥がす反響切りだった。黒い制服の群れが一瞬うろたえ、彼らの中のいくつかが実体を失った。しかし反動はすぐに訪れる。裂け目がユラの神経を震わせ、現実側で彼女の胸に鋭い痛みを走らせる。シンはそれを感じ取れるほどに近かった。ユラは寝ているだけに見えるが、夢の中では叫びを上げる。それが神経に返ってくる。
「ごめん、ユラ……」シンは目を閉じた。切断の度に、幼い自分の記憶の欠片が薄れていく。最初はちいさな手の感触、次に誰かの名前の音、そのたびに胸の中にあった暖かさが消えていく。だが彼は切ることをやめない。ナギは切り口の周囲に重さを置き、押しつけられた記憶の破片が本当に切り離されるように導く。
二度目の切断は、ナギの力が担った。彼女が鞄に集めた「本人が選んだ記憶」へ重さを与えると、白い校庭の空に絡んでいた同調線だけが自重で裂け、中心の炉からほどけていく。ナギは鞄の中の暖かい記憶を抱きしめ、床に定着させた。重さは選ばれたものを呼び寄せ、押しつけられた虚の記憶は風に飛ばされてゆらりと消えた。ミツルの地図はなおも赤い光を示し、彼の存在はさらに薄くなる。彼の声が枯れ、ログがさらに欠けていく。
「最後だ」ミツルが言った。地図の最後の線が七番を指している。三度目の切断で初めて、シンはこの潜行における唯一の断夢を使う。これで余計な結合を全部切り落とし、炉と現実を完全に断絶する予定だが、同時にシン自身の心の一片をも消し去る。それが3・1・7の最後の意味だった。幼いシンが紙に書いた数字は、救出と代償の設計図でもあった。
シンの決断を確かめるために、ユラの三つの人格が周囲に声をあげた。一つは怯え、幼い声で「怖い」と言い、もう一つは冷たく「これは正しい」と言う。三つ目は途切れ途切れに自分の名前を尋ねる。そのとき、ふとナギが立ち上がり、ユラの胸に触れた。ナギは能力で「本人が選んだ記憶」を成形していた。それはユラの各人格が一瞬だけ自分を確認できるような温度を持っていた。
「彼女は——選べる」ナギの声が震えた。「自分で選ぶことを、まだ忘れてはいない」
ミツルの地図が最後の光を放り投げる。彼の顔がふっと消えかけ