夢葬高校のプロトコル

夢葬高校のプロトコル 第11話「第十章 燃料にされた記憶」

白い校庭は音を奪われた海のように広がっていた。光は平らに伸び、踏みしめるたびに足裏から小さな波紋が広がるだけで、風の匂いも色も何も残らない。中央には、工場の残骸のような巨大な装置が横たわっていた。複雑なレールが幾重にも絡み、口を開けた投入口からは色とりどりの断片が舞い落ちている。写真の隅、ネームタグの角、子どもの落書き、小さな紙片が燃料として吸い込まれ、炎ではなく白い蒸気に変わって消えていった。

白い校庭は音を奪われた海のように広がっていた。光は平らに伸び、踏みしめるたびに足裏から小さな波紋が広がるだけで、風の匂いも色も何も残らない。中央には、工場の残骸のような巨大な装置が横たわっていた。複雑なレールが幾重にも絡み、口を開けた投入口からは色とりどりの断片が舞い落ちている。写真の隅、ネームタグの角、子どもの落書き、小さな紙片が燃料として吸い込まれ、炎ではなく白い蒸気に変わって消えていった。

ミツルの声が端末越しに薄く聞こえた。「同期炉だ。接続が密集してる……ここが燃料の流入点だよ」

地図は綿密に重なり、彼の表示はしわがれながらも確かに指示を出す。3・1・7――ミツルの解析は一貫してその数字列を示していた。彼は言葉を続ける。白い校庭の座標は現実の地形を反転させるから北が狂い、最初は読めなかったが、今は一致していると。

「注意して。これは場所を示している。3は外郭の支え、1は同期輪、7が核心中継だ。順に外堀を詰めれば核を孤立できるはずだが……」表示の文字が薄れて、また戻る。ミツルの輪郭は、ここへ来るほど白い背景に溶けていった。彼が現実側のアンカーを維持するために使っている睡眠代替の波形は、この世界でのみ彼を形づくっている。深く潜るほど、名前は薄れ、輪郭が消えるのだと言っていた。

燃料の流れは止められないように見えた。小さな断片が空中で踊り、吸い込まれるとき、そこに残された「声」はすうっと縮こまって消えていく。消えかけの輪郭が群れをなして漂い、やがて形を失う。ナギはその光景を見て、ゆっくりと手を握りしめた。手のひらに力を込めるごとに、彼女の周囲の世界が重くなる。物に押し付けた「重さ」は燃料の落下を遅らせ、それで流速を操作できる——ただしナギ自身も沈む危険がある。

鷺沼の声は、いつもの診察室のように落ち着いていた。「ここでなにを見ている? 君たちは燃料を見ている。しかし燃やされるのは消し去るべき痛みの痕跡だ。私はそれを取り除く。ユラを一つにするために必要な工程だ」

彼の言葉は実験の中の定義を語っている。シンはその言葉の終わりに、鷺沼がただの処置者ではなく、検証者であることを確信した。鷺沼の目的はただ安定させることではない。ユラ本人が、「自分で選んだ」という事実を確かめるための実験だ。自らの選択が現れるかどうかを、あらかじめ設計した条件のもとで試す──それが彼のやり方だ。

「コストが伴う」ナギは言った。彼女の掌は灰の束を押し付け、燃料の束を床に沈める。紙片は焼け残り、流れが遅れる。だがその重さは彼女を引き戻した。足元の感覚がにぶり、まるで自分が床に縫い付けられるように感じる。重さは彼女だけでなく、彼女の心をも押し下げた。

シンは端末を見つめた。3・1・7。それは彼らが保存夢の中で見た幼いシンの指示と重なる。幼い自分が「ここは切っちゃだめ」と震えていたあの場所だ。だが今、ミツルはその数字が切断地点であり、外堀から順に潰していくことで核を孤立させ得る可能性を示している。違いは微妙だが決定的だ——直接核を切ればユラの「今」が吹き飛ぶ。しかし外堀から慎重に分断すれば、燃料の流れを断っても核そのものに直接触れずにすむ。理屈は成立するが、実行は危険な微妙さを孕んでいる。

シンの手が震えた。断夢は、ここで使えば一度目の使用となる。この潜行で彼が初めて腕を振るうことで、機能は発動するが代償が生じる。三回までと決められた余力のうち、一回目が消費される——記憶の一片が薄れるという代償だ。だがここで使わなければ、鷺沼のやり方に従ってユラが「安定」させられてしまう。それは他人の記憶を燃料として差し出すことだ。

「これで行く」シンは低く言った。「直接核を切らない。外郭を潰していく」

ミツルの表示が震える。「3からだ。僕が現実側のアンカーを保つ。だが深く行くほど、僕の名前は消える。僕が見えなくなったら、それは僕がここで道を作っている証拠だ」

三人は動いた。ナギが重みを加え、燃料の一列を遅らせる。シンは断夢の刃を召喚した。刃は透明な音を立てて空間の構造を裂く。これはこの接続での一度目の断夢だ——彼は自分にそう言い聞かせる。刃が支柱の外郭の線を切った瞬間、白い校庭の一角がさざ波のように沈み、レールがきしんだ。燃料の流れは瞬間的に乱れ、小さな断片が弾かれては砕ける。

だが夢は抵抗する。外郭を断った反動で、炉の中央部が軋んで炎のうねりが鋭く跳ね上がった。ナギの体にかかっていた重さが波となり、彼女は床に押し付けられるように倒れた。シンは刃を引き、その衝撃から仲間を守るために位置をずらす。ミツルの声が遠く薄くなる。「次は1だ。ここで止めたら、炉は持ちこたえるかもしれないが、核心への配線が残る」

二人目の切断は、同期輪を断つものだった。シンは決意を込めて刃を走らせる。白い轟音とともに回路が一つ外れ、炉は一度大きく揺れた。燃料の流れが乱れ、炎の形が崩れ、灰が舞う。ナギは最後の力を振り絞って燃えさかる束を押し、流速をさらに落とした。だがその代償は明瞭だった。ミツルの輪郭がまた一つ消えかけ、端末の表示が点滅する。彼の声は細くなり、しかし決して諦めない。

「7が残る」ミツルは言った。「これが最後だ。核を孤立させるにはここを切るしかない。だが核が既に脆弱なら、最後の切断がそのまま吹き飛ばすかもしれない」

その瞬間、白い空間の中央が裂けるような轟音を上げ、光る円形の扉が開いた。扉の向こうは温度も色も異なる場面で、芝生と穏やかな陽光が差していた。光は甘く、安らぎを約束する匂いを運んでくる。鷺沼の姿が扉の淵に映り、静かに笑った。「これが出口だ。ここをくぐればユラは安定する。君たちは彼女が自ら出るかどうかを見届けろ。君たちのために、本人の選択の検証をする機会を与える」

光の中に、数百台の端末の小さな画面が一瞬だけ揺らめいた。黒い画面の隅に、一瞬だけ現れたのは──シンと同じ顔だった。まるで鏡写しのように、しかし見間違いのように消えた顔。過去の自分と、誰の制御でもない影が、そこで一瞬だけ顔を出した。

ユラの三つの姿が扉の光を見つめる。どれも違う表情をしているが、その唇は同じ問いを紡いだ。「ここから出るなら、何が残るの? 私はそれを望める?」小さな体の一つが光に手を伸ばす。

シンは刃を握りしめながら、仲間の顔を見た。ナギは濡れた瞳で光を睨み、ミツルは微笑を保ったまま輪郭を失いつつあった。決断は目の前にあった。だがその決断は、鷺沼の作った「選択」をそのまま受け入れるものではいけない。誰かの「安らぎ」のために他人の声を燃やすこと、それは救済ではなく焼却だ。

扉の光が揺れ、ユラの手がふちに触れた。シンは息を飲む。これが鷺沼の実験なのだ。彼はユラに「選べる余地」が残っているかを見極めようとしている。だが同時に、鷺沼は出口を使って結果を規定しようとしている。シンは、幼い日の過ちを繰り返さないと固く誓った。刃を引き下げ、彼らは次の一手を考えねばならない──外堀を断ち、光の誘惑に晒される中で、ユラ自身の声を取り戻すために。