雪鎖の巫女と百鬼城

雪鎖の巫女と百鬼城 第10話「第九章 城主の合理」

城の最上階は、外の世界と一枚の氷板で隔てられているようだった。ガラス窓の外では雪が低く垂れ、遠くの屋根の朱が鈍く溶けている。風の筋が城下へ吹き下ろすたびに、白綱郷の家並みが小さな息遣いをする。ユキネは、その息遣いの末に何かの合図が込められているのを感じた。子どもたちが夜毎にするような、無垢で危なっかしい合唱。だが今は歌ではない。窓辺の陰が、一斉に北を向いた。

城の最上階は、外の世界と一枚の氷板で隔てられているようだった。ガラス窓の外では雪が低く垂れ、遠くの屋根の朱が鈍く溶けている。風の筋が城下へ吹き下ろすたびに、白綱郷の家並みが小さな息遣いをする。ユキネは、その息遣いの末に何かの合図が込められているのを感じた。子どもたちが夜毎にするような、無垢で危なっかしい合唱。だが今は歌ではない。窓辺の陰が、一斉に北を向いた。

「うるさいな」とトウマが肩をすくめる。彼の鉄輪は幾筋もの細い縄のように腕に巻かれ、戦装束の下で黒く光っていた。アサギは窓の近くでせり出した腰を伸ばし、吹き抜ける雪煙を睨みつけた。スズはいつにも増して顔色が蒼く、鼻先を震わせている。四人の視線は、ほとんど同時にある一点へ定まった。

城主の間の扉が重く押し開けられて、白城カゲトが姿を現した。彼の黒い外套は雪の白さを際立たせ、声は暖炉の火を弱めるように冷たかった。背には城主の紋が縫い込まれ、手には古い契箱の鍵がぶら下がっている。彼はゆっくりと間に近づき、床に置かれた円形の壇を指差した。壇には四本の金属鎖が格子状に伸び、鎖の先には小さな札がいくつも吊るされていた。札の文字は朱に染められ、雪面の白さのようにくっきりと浮かんでいる。

「この町を守るには、脆弱な約束を一つに束ねるしかなかった」とカゲトは言った。言葉に感情は少なく、計算だけが残る。「四柱の気まぐれが、残酷な『偶然』を作り出した。あの冬の雪崩で三百といくつが、僕の目の前で消えた。子どもたちの声と母親の後悔が、凍った土に埋まるのを見た。もう同じことは繰り返せない」

ユキネの胸の奥がちくりと痛んだ。三百の数は、伝承のなかで単なる数字ではなかった。城の書物に挟まれた古い焼け焦げの頁が、カゲトの口から呼び起こされる。ユキネの左手は、冷たく――でも彼女がいちばん嫌った冷たさではなかった――震えていた。結び断ちで失った温度の残滓が、じっとりとその掌に貼りついている。

「あなたは一人で背負ったのか」とトウマが言う。声は低く、だが問いは真正面だ。彼の目がカゲトの顔を射抜く。城主としての指示よりも、ある種の個人的な問いがそこにあった。

カゲトはゆっくりと首を傾けた。「背負う、というより整理した。混乱を減らすことが効率だ。四つを統合すれば、神は管理され、町は安定する。犠牲は出るが、総体としての死は減る。君たちの母親も、そう考えた」その言葉に、カゲトの瞳が一度だけ揺れた。「サヨは先手を打った。彼女は記録を焼いた。自らが捧げることで他の者を救う選択をしたのだ」

ユキネは体の中で何かが切れる音を聞いた。耳鳴りのように高い。母の名は、彼女の胸に刺さった古い釘だった。サヨが死んだと信じた夜、ユキネは城の手でそれが「儀式」だったのだと教えられた。今、カゲトはそれを英雄譚のように語る。だがユキネの目には、サヨが残した焼け焦げの頁の微かな墨の匂いが戻ってくる。そこに、彼女が燃やしたはずの文字が、誰かに食べられたような痕跡があることを、スズが嗅ぎ分けていた。

「母は自分で記録を焼いたと?」ユキネは問い返した。声が固かった。城主の前でも、たった一度でも己の母を弁護したいという母性の線が、彼女を引き寄せた。

カゲトは一瞬笑って、続けた。「焼いた、というのは表向きの説明だ。真実はもっと複雑だ。サヨは私に自分がしたことを託した。町を守るための速度を稼ぐために。彼女は最初に、自分の自由を差し出した。大義のために個を差し出す者は、いつの世にもいる。彼女は覚悟を持って選んだ」

その言葉は、ユキネの胸に冷たい波紋を広げた。母を救い出したいという気持ちと、母が自ら選んだという事実がぶつかり合う。ユキネは思わず思考の旧い線を辿った。子どもの頃、母が夜遅くに契壇の前で何かを呟くのを見た。ユキネに嘘の目標を言い含め、彼女の力を隠していたことの意味。サヨは自分の娘を「声を聞けない巫女」として育てた。守るために嘘をついたのか、それとも本当に怖れていたのか。

「それで、私に何を望むんです?」ユキネの問いは短かった。どの選択肢が用意されているか、もう見えている。

カゲトの顔に、ひとつだけ表情が動いた。柔らかさに似た、だが冷たい決意だ。「君の力は、真実の亀裂を見分ける。百鬼鎖は多くの契を一つの節に巻き込む。その節を最後に塞ぐには、巫女が『鍵』でなければならない。君の左手の痕――それは偶然ではない。サヨが何かを移した。君はその印で、鎖の結び目を解くか、あるいは結び直す。巫女になれば、十冬の安定を、次の代へ残せる」

トウマの拳がぎゅっと固まった。鉄輪の紋が指の下で冷たく光る。アサギは毒づくように舌打ちした。スズは顔を背け、鼻から落ちる息が小さな白い雲になった。

ユキネの体の中に、何かが鳴った。完結の鐘のような音。彼女は自分の左掌に目を落とすと、黒い凍傷の紋が微かに浮かんでいた。母の指貫を盗んだ夜、ユキネは自分が何かを与えられた記憶のかけらを抱えている――それが何であるかは彼女自身が見つけねばならなかったが、いま確かにその紋は鎖の鍵穴に合致するかのように、うずく。

「私が巫女になれば、何をするの?」ユキネは問いを返した。心のどこかで、自分の無力さを埋めることを望む声が囁いた。あの雪崩の夜、夥しい数の顔が雪に埋もれるのを見たカゲトの言葉は説得力を持っていた。自分が一つの結び目を切れば、十人の死を防げるのなら――その誘惑は現実的で、危険だった。

カゲトは壇の上に置かれた札を一枚取り、見せた。朱の文字が雪の上で燃えるように赤い。「守る」と書かれている。ただし、その字の縁に小さな亀裂が走っており、まるで雪の割れ目が文字を引き裂いているかのようだ。ユキネはその亀裂を見た瞬間、体の内側で何かが答えた。嘘だ、という感覚。彼女の目が、その札の文字の周囲に細かな裂け目を見つける。けれど、それはいつもの裂け方とは違っていた。編まれたように閉じられ、外側からはつなぎ目が見えない。

「『守る』。だが本当に守るのは誰だ。君は町を守るといい、しかし何を差し出している?」ユキネの声が静かに、しかし確かに震えた。彼女の頭の中で、これまで見てきた契杭の記憶が走馬灯のように浮かんだ。東の杭が声を取る代わりに得る静けさ、南の杭が死者の名を忘れさせることで得る土の安寧、西の杭が夢を奪うことで得る満たされた腹。北の杭が、城の命令で住民の同意を上書きするということ。あれらが、まとめられて一本の鎖になれば、誰が得をする?

スズが観念したように嗤った。「統合させれば便利だろうね。管理もしやすい。だが便利さは、いつも誰かの食欲が満たされる代償を隠す。最近生まれた妖異の多くは、城側が書き換えた契約から出た。『同意』と書かれているものの、紙には噛み跡がある」

スズの言葉に、トウマの目が暗くなる。カゲトはやや不機嫌そうに眉をひそめたが、すぐに表情を戻す。彼にはすでに答えがあった。合理のための、整った答え。

「記録に食い跡があっても、それは――」カゲトが言いかけると、ユキネはその手を掴むように割って入った。「嘘を雪の割れ目として見えます、カゲト殿。あなたが『守る』と言ったその文字に、縫われた嘘が見える。母の筆跡で残された紙片の裏