王女騎士 第27話「第二部幕間 — 門の向こうの訓練所」
朝の風が、まだ湿った土埃をさらっていった。城塞の外側に新しく建てられた訓練所の門は、簡素だが堅牢で、人々の足取りがそこへ向かうことで初めて「日常」を取り戻していくのがわかった。身をひそめて見下ろす石段の端に、ミアは立っていた。左手の甲には盟痕が薄く浮き、日の射し具合でわずかに赤く光る。彼女はその刻印を指でなぞり、訓練場の光景をただ見ていた。
朝の風が、まだ湿った土埃をさらっていった。城塞の外側に新しく建てられた訓練所の門は、簡素だが堅牢で、人々の足取りがそこへ向かうことで初めて「日常」を取り戻していくのがわかった。身をひそめて見下ろす石段の端に、ミアは立っていた。左手の甲には盟痕が薄く浮き、日の射し具合でわずかに赤く光る。彼女はその刻印を指でなぞり、訓練場の光景をただ見ていた。
若者たちの声が跳ねる。木剣がぶつかり合う乾いた音、呼吸を合わせる掛け声、転ぶ者を仲間が助け起こす手。エリナが提案して作られたこの場所は、単に剣術を教えるところではなかった。位の再開放とともに広がった不安の中で、選ぶ術と自衛の技術を伝えるための場だ。ミアはそこに立つ自分の意義を知っていた。だが同時に、自分が「守る側」であるがゆえの限界をも痛感していた。
「おはよう。見張り役が朝寝坊でもしてたかと思ったよ」
エリナが軽やかな息使いで近づいてきた。王の冠を拒み続けるような簡素な服装だが、肩の立ち方には以前より確かな重みがあった。そばに、サイムが書類の束を抱えてやってきて、カエルは訓練場の柵の陰で若者に姿勢を指導している。リサは木陰で薬草を整理している。ミロはいつも通り、薄い笑みを浮かべながら遠くを見ていた。
「見張りは私の仕事でしょ」とミアは短く返した。言葉は淡いが、声には今朝の冷え込みと同じ重さがある。
エリナは、訓練場に向かって手を振った。「今日から基礎を少し変える。護身だけじゃない。仲間を守ることと、その代償を知ることを教えなきゃ。ミア、説明をお願いできる?」
ミアは一瞬ためらった。盟誓の盾のことを大勢の前で教えるのは、二面性を伴う。力を使えば人は救える。けれど代償は目に見えるほど苛烈だった。だが教育とは、選ぶための情報を与えることだ。彼女は深く息を吸い、訓練場に下りていった。
集まったのは四十人にも満たない。多くはこの地の若者、戦闘経験のある元守衛、農場で働いていた者たち。ミアは輪の中心に立ち、まずは条件を静かに、しかし明確に伝えた。
「盟誓の盾は、『守る』と声に出し、相手の名を宣言する。言葉を発すること。それが一つめの条件だ。二つめの条件は──相手と三十歩以内であること。近接が必要だ。三つめは、手が触れるか、双方が所持する誓印で確認すること。触れ合いか印による認証がないと、誓いは成り立たない」
言葉は平坦だったが、聞く者の顔につく緊張は確かに増していった。ミアは誓印の小さな箱を取り出し、蓋を開ける。中には銀の小盤が並ぶ。リサが作ったレプリカだ。完全な誓印ではないが、誓いの訓練用に安全規格を落として作られた――そうサイムが交渉して手に入れたものだ。
「誓印は本物か偽物かで効力が変わる。訓練で使うものは、実戦での完全な認証にはならない。誓いの成立は――」ミアは自分の盟痕を指さした。「必ず代償を伴う。使うたびに肉体年齢が一歳進む。記憶が一つ消えることがある。その後には盟痕が残り、そこが弱点になり得る。禁止事項もある。意志を奪うことや死人を生き返らせることはできない。そういう力じゃない」
説明の細部は、すでに訓練担当の文書に記されている。だが実際にそれを聞くと、若者たちの表情は変わった。望みと同時に、恐れも芽生えた。ミアはそれでいいと思っていた。力の怖さを背負ってこそ、誓いの重さが伝わる。
「でも、教えることはできる。使い方の判断、誓印の管理、代償の見極め。君たちには『守る』ことだけでなく『守らせない』選択もある。それを判断するための身体と知識を伝えるのが、私たちの役目だ」
そのとき、場内の一角で声が上がった。木剣の打ち合い中に、一人の少年がふらりと倒れた。顔は青ざめ、額から汗が滴る。周囲はざわつき、すぐに担架が寄せられる。少し気の緩みが生んだ事故に見えたが、近くにいた古い守衛のひとりがつぶやくように言った。
「位の揺れだ。朝の節点で不安定になったらしい」
ミアはすぐに駆け寄った。少年の名はロウ。訓練所で最も熱心な若者のひとりだ。呼吸は乱れ、手足のしびれを訴える。リサが急いで傷薬と冷却布を取り出したが、これは物理的な打撲ではない。ロウの顔に浮かぶ恐怖は、身体の自律を支配する「位」の不安定に起因する神経症状だった。
「彼の名前は?」ミアは低く尋ねた。ロウの相棒が答える。「ロウ・テオスです、ミアさん!」
必要だった。三十歩以内、声音、触れ合い。ミアはロウの手首に自分の掌を軽く当てた。触れ合いは条件を満たす。誓印は使わず、彼女の声だけで誓いを立てる。
「守る。ロウ・テオス。」
言葉は地味だが、いつも通りに重い。発動の瞬間、視界の端で盟誓の光が走った。痛みが、苦悶がミアの側へとねじ曲がっていく。ロウの顔から色が戻り、呼吸は落ち着いた。だがミアの感覚は確実に変わった。胸の奥に冷たい石があるように、彼女の身体は一歳分だけ先を行った。指先に新たな盟痕が浮き、そこがわずかに疼いた。
若者たちは安堵と歓声を上げた。ロウは目を見開き、自分に力が戻ったことを確かめるように拳を握った。だがその歓声の合間、ミアはぽつりと呟いた。
「何かを忘れた」
記憶が一つ、消えた。彼女はすぐに探した。どの記憶が減ったのか——それはいつも、不意に来る。今朝失ったのは、台所のある匂いと、その匂いに結びつく人の笑い声だった。前世の些細な夕食の匂い、隅に座っていた誰かの笑い。具体的な顔や名前は出てこない。ふわりと欠け落ちた空白だけが残る。その空白が胸を刺す。
リサがすぐにそばに来て、ミアの盟痕を見つめる。彼女の顔はいつになく真剣だ。
「治療はできない。進行を抑えることはできるが、年齢の進行と記憶の恒久喪失を止めることはできないの。盟痕は魔的な弱点にもなるから、これからは保護具と戦術の見直しが必要よ」
ミアは小さく頷いた。予想もしていたことだが、実感は重い。若者たちは事の顛末を目の当たりにし、ミアを見る視線が少し変わった。英雄としての崇拝もあれば、使い捨てにするのではないかという不安もあった。エリナがすっと近づき、ミアの肩に手を置いた。
「必要なことを伝えてくれてありがとう。君の体は国のための道具じゃない。訓練は、君を守るためにも変える」
エリナの言葉は、指導者としての温度と鋭さを含んでいた。ミアはそれに返す言葉を探したが、喉を通ったのは短い台詞だけだった。
「守るのが私の仕事だ。教えるのも、それを減らす方法を見つけるのも私の仕事だ」
午後になって、サイムとカエル、リサが集まって小さな会議になった。書類と図面、薬草のサンプルが並ぶ。議題は訓練所の長期計画、誓印の管理、盟痕を持つ者の保護策。サイムは行政的な帳票を広げ、カエルは衛兵としての所見を述べる。リサは盟痕の局所補強に関する実験報告を提示した。
「盟痕を物理的に覆う特殊な装具を作れば、受けた衝撃は多少分散できる。ただし完全に弱点をなくすことはできない。機械的に補強した場合、盟痕部分にかかる攻撃は逆に集中しやすくなる」とリサ。
「つまり、目立たせないようにすると同時に、守りを二重にするしかないか」とカエルが言った。彼はかつて鎧師としての修行もしていた。手に布地のサンプルを揉み込むように扱うそ