王女騎士 第26話「第24章」
朝の光は訓練所の土間を淡く撫でていた。石畳に落ちる影がゆっくりと伸び、子供たちの足音がそれに重なって呼吸を作る。ミアは木製のベンチにもたれ、訓練生たちの列を眺めていた。いつもの位置から見渡すと、彼らの小さな肩越しに、城壁の輪郭と遠くに見える王都の輪廓が一つにつながって見えた。
朝の光は訓練所の土間を淡く撫でていた。石畳に落ちる影がゆっくりと伸び、子供たちの足音がそれに重なって呼吸を作る。ミアは木製のベンチにもたれ、訓練生たちの列を眺めていた。いつもの位置から見渡すと、彼らの小さな肩越しに、城壁の輪郭と遠くに見える王都の輪廓が一つにつながって見えた。
鏡に映る自分の顔を、ミアはしばらく見つめてから軽く笑った。戦いの跡で刻まれた線は消えない。盟痕と呼ばれる刻印が、左の前腕と肩甲骨のあたりに暗い縞のように残っている。肌はわずかに乾燥し、目のまわりに静かな年輪が増えた。年齢は確かに進んでいたが、その表情は以前より穏やかだった。記憶は抜け落ちた。だが、その穴の中に新しい仕事が入り、空いた時間が埋まっていった。
「ミア先生、今日は盾の応用ですか?」と、列の先にいた少女ソラが声を張る。学校での役職は嫌いだが、生徒たちは「先生」と呼んだ。呼ばれ方は変わっても、守るという仕事は同じだ。
「今日は蘇生手当と誓いの説明、その後に実地演習だ。理屈だけじゃなくて、触れて覚えろ」とミアは答えた。声に力を込めると、子供たちの背筋がぴんと伸びる。彼らはまだ「位」や「位環」の残像を自分のものにしていない若者たちだ。選択の自由を持つ世界で、何を選ぶかを教えるのがミアの新しい仕事だった。
演習場は丸い土の広場になっており、端にはリサが作った医療籠が常に備えられている。リサは実験室から持ってきた小さな装置をテーブルに並べ、目を細めてミアに向けて手を振った。彼女は以前より落ち着いて見えた。神器解析は強制性を失い、新しい技術は「援助」に徹する。リサの作った位援助器は、短時間だけ疲労を和らげる補助をするが、個人の意思を侵すことはできない。試作品は規制のもと法制化の補助資料となっていた。
見学に来ていたのは、サイムとカエル、そして王都からの使者として立ち寄ったエリナだった。エリナは短い慣例の演説を終えたばかりで、紙束を手にしていた。王位に就いた彼女は、民による参加と教育を柱とする諸法を成立させ、その第一歩としてこの訓練所への援助と自治認可を届けに来ていた。
「訓練所、大きくなったね」エリナは静かに言った。顔には昼の光の熱が残り、王としての覚悟がその目に宿っていた。彼女の隣に立つサイムは、旧書庫の書類を整理する目が鋭く、カエルは穏やかに腕を組んでいた。彼らは戦いの同志であり、今は国の再建を担う有力者でもある。
「大きくなったのは生徒たちだけです。私の記憶は減ってますが、教えることはまだできます」とミアは肩をすくめた。言葉に冗談を混ぜたが、エリナは黙ってミアの手を取り、しばらくの間その温度を確かめていた。
「あなたがいなければ、こうして顔を上げることもできなかった」とエリナは言った。「だから、あなたが選ぶ道を、多くの人が守っていくはず。私は王として、その基盤を護る。」
エリナの言葉は確かで冷静だ。しかしミアの胸には、いつもと同じ重さがあった。盟誓の盾が与えた救いと喪失は、いつだって共存している。子供たちの前で、彼女は能力について話すことにした。説明ではなく、実演を選んだ。
「ソラ、君。いいか? これをよく見ておけ。盟誓は声にして名前を呼び、守ると宣言して、触れるか誓印で認証する。だがそれがどうなるかは、見て覚えろ」
ソラはうなずいて前に出る。彼女の胸には小さな紋章が縫い付けられている。訓練用に作られた誓印の複製だった。ミアはその紋章を軽く指先で押し、ソラの手を取った。子供の手の温かさが伝わる。
「守る。ソラ・ナディア」とミアは低くはっきりと言った。言葉が空気を切ると、場の空気が変わった。ソラの顔が一瞬強ばり、彼女の肩の筋肉が小さく震えた。ミアは自分の内側に、小さな波紋のような痛みが走るのを感じた。盟痕の辺縁がちくりと疼き、掌の皮膚にかすかな白い線が広がるのを見た。肉体年齢がほんの一瞬だけ跳ねたように、指先の皮が薄く皺になった。
「どう? 痛くない?」ミアがすぐにソラに尋ねる。ソラはわずかに驚いたような目をしながら首を振った。「先生、軽いです。けど…胸が楽になりました」
子供の笑顔を受けて、ミアはほっと息を吐いた。だがその直後、胸の奥にあった小さな記憶の破片が音もなく剥がれ落ちるのを感じた。誰の声だったか、一つの数字。前世の薄い情景。何か大切なものが消えていく匂いがした。ミアは咄嗟に手のひらを握りしめ、立っている自分を支えた。
「大丈夫か?」エリナの声が届く。ミアは苦笑してうなずいた。表面上は問題なかったが、代償は確かにまた一つ、彼女の内部から何かを持って行っていた。彼女はこれを二度とは軽んじないと、改めて自分に言い聞かせる。
演習が終わると、訓練所は笑いと疲労した声で満たされた。子供たちは昼餉に向けて走って行き、リサは医療籠を片手にミアに近づいた。
「使ったのね。肌の具合、すぐ診る」とリサは専門家の顔で言った。彼女が触ると盟痕の周りに微かな冷気のような感触が残っていた。リサは眉を寄せたが、すぐに柔らかく笑った。「でも、子供の顔が明るい。あなたがここにいる意味が見えるわ」
そのとき、門の影から小さな影が近づいてきた。ミロだった。彼は以前の饒舌さを半分ほど置いてきたように見えた。顔に深い安堵と、同時に空いた部分を埋めるような不安が混ざっている。ミロは胸に何かを抱えていた。それは古い手稿の断片と、小さな布袋。ミアを見ると、その目に一瞬、かつての鋭さが戻る。
「来てみたよ」とミロは小さな声で言った。「みんな、うまくやってるね」
彼は訓練生の一人に微笑みかけ、その笑顔は真実の暖かさを持っていた。だがミロが何を失ったかは、彼自身が最もよく知っている。術式の代償で、彼は大切な記憶の一部を手放した。だがその替わりに大地と人々の未来を取り戻す道具を壊したのだ。彼の胸の中には重みが残るが、それでも彼は静かに生きることを選んでいた。
「ミロ、夜に来ないか」とミアは提案した。「話したいことがある」
ミロはうなずき、布袋をひとつミアに差し出した。それは小さな徽章のレプリカだった。ミアはそれを受け取り、細い指で触れた。金属の冷たさが掌を滑った。レプリカは本物と同じ模様を刻んでいたが、中央の歯車は動かない。鍵の痕跡だけがそこに残っている。
「本物は安置されている」とミアは小声で言った。彼女は思い出す。徽章はかつて鍵として機能した。だがその力は、あまりにも危険だった。だからこそ今は封印され、学びと選択のためにだけ、その映像が使われるにとどまる。エリナはその扱いの慎重さを法制化させた。徽章は歴史資料として保存され、一般公開は制限された。だが、人々がその意味を学ぶ権利は守られた。
「使えるかどうかは、もう問いじゃないんだよね」ミロはふっと言った。「あれは、道具であったということ。もう一度使うなら、誰が何を失うかを考えなきゃならない」
サイムが書類の束を片手に近づいてきて、訓練所の計画書を差し出した。行政的には膨大な手続きが残っている。彼は書類を渡しながら、眉根を寄せてミアを見た。「あなたがここで何を守り、何を教えるかで、国の在り方が変わる。君がこの場を選んだことは――」
「選んだのは私じゃない。