罪冠の和平王 第17話「第15章」
丘の上に立つ小さな白い屋根の建物は、遠方から見るとただの倉庫だった。しかし近づくと、そこから漏れる微かな熱と、空気に絡む金属の匂いが、ただの倉庫ではないと告げる。屋根の奥、地下へと続く入口の周囲には一枚残らず、五角形の札が積み上げられていた。表面は煤で黒ずみ、裏面だけが赤みを帯びていた。指先で触れれば、ほんのりと温かい。その温度は見た目以上に、生者の胸に刺さる。
丘の上に立つ小さな白い屋根の建物は、遠方から見るとただの倉庫だった。しかし近づくと、そこから漏れる微かな熱と、空気に絡む金属の匂いが、ただの倉庫ではないと告げる。屋根の奥、地下へと続く入口の周囲には一枚残らず、五角形の札が積み上げられていた。表面は煤で黒ずみ、裏面だけが赤みを帯びていた。指先で触れれば、ほんのりと温かい。その温度は見た目以上に、生者の胸に刺さる。
イオは中へ入ると、白衣の裾をまくり上げ、掌の震えを押し殺した。彼の父、カルムは炉の前に立ち、手を油で汚していた。炉の口からは赤い糸が何本も伸び、札の裏面と結ばれている。糸は細く震え、まるで息をしているようだった。イオは一歩、そしてもう一歩と踏み出す。炉の熱が彼の顔を焼く。医師の顔は、患者を前にした時と同じように、緊張と責任の線で引かれている。
「父さん」イオの声は震えたが、止まらなかった。「もうやめよう。これ以上、誰かの後悔をエネルギーにするのは――」
カルムは振り向かなかった。老いた顔の皺が深く、目はどこか遠くを見ている。彼の答えは炉の奥からの低い音のように、ゆっくりと出た。「イオ、これがあるから村は食える。これで君も医者になれた。赦しを求める声は、ここで形になる。誰かがそれを管理しなければ、もっと酷いことになる」
「管理って、誰かの痛みを燃やすことを管理するってことか?」イオは言葉を噛み殺すように吐いた。「人の後悔を、熱にして売るなんて。被害者のためと言い張っても、ただ利用しているだけだ」
カルムの右手が炉の縁に触れた。爪の間に黒い煤が溜まっている。「利用だと? それは……」彼の声はかすれていた。「我が一族は何世代もこれをやっている。札を作り、裏面の熱を集め、国に渡す。人々は札を貼って恨みを固定する。そうしなければ、復讐は雪だるまのように膨らんで、戦になる。誰かがそれを封じなければならなかった」
イオはそれを訊くために、ここまで来たのではない。彼の手には小さな帳簿がある。聖堂の記録紙、押印された命令書、そして何より、製造記録。彼が盗み見たわけではない。何度も父を説得しようとして断られた後、イオは夜にこっそりと帳面を取り出した。そこには、札がどのように誰の後悔から呪力を抽出され、どのように王都の地下へと送られていくかが、細かく記されていた。金額、受領者、発送先、そしてそれを必要とした役人の名前まで。
「公開する」とイオは言った。言葉には揺るぎがなかった。「全て。製造記録も、受領簿も。被害者の名前、役人の署名、受け手の肩書き。誰が何のために札を増やしたのか、全部。ここにある熱は後悔だ。それを隠しておくことは、加害の続行だ。僕は医者だ。病を隠蔽して治療しているつもりにはなれない」
言葉は舌の上で熱を帯び、空気を震わせた。炉の中の糸がぴくりと反応する。カルムの背が一度大きく震えた。彼は帳簿を見ればただちに理解するだろう。公開すれば家名は汚れる。家族は追われるかもしれない。その上、製造を止めることは、後継者の自分たちがすべての責務を親族の手一つで抱え込むのをやめることを意味する。
「イオ、分かっているのか」カルムの声は弱くなった。「記録をさらすということは、我々がやってきたやり方を暴き、村を混乱させる。お前はそれでも構わないのか?」
イオは父の目を見据えた。そこには、かつて彼が病を診た患者と同じ疲労があった。だが患者は、最後に目を開けて真実を見せてくれた時、治療の手順が始まるのだとイオは知っている。医術は黙って薬を与えるだけではない。病因を告げ、患者自身に向き合わせることも治療だ。
「構わない」とイオは言い切った。「むしろ、それが治療だ。僕がやる。父さんは炉を止めるための準備を手伝って。だが、僕がやる。僕が製造記録を持って出る。被害者の前で語る。家族を守るために隠すのではなく、家族の行為を正面に出して謝る。僕が医者として、ここで診るべきは、傷ついた社会だ。炉を抱えたままでは、僕は治療できない」
カルムの口元が震えた。「お前……」彼は言葉を探した。「お前はまだ若い。外の世界を知らぬまま、この仕事をただ正義だと信じるのか。王都は黙っておれない。役人が知れば武力で収めに来る。お前のやり方は甘い。罵られ、切り捨てられるだけだ」
その時、扉が開いて、マヒロとセレネ、ガルド、ノアの影が差し込んだ。五人の輪郭が、赤い札の裏面の光に染まる。ガルドの顔は硬く、セレネは額にしわを寄せ、ノアはまだ何かを数えるかのように指を弄っている。マヒロは左腕をまじまじと見せるような仕草をした。黒い輪が二つ、彼の皮膚を囲んでいる。輪は小さく震え、場の空気を引き締める。マヒロの眼差しは、イオに向けられていた。
「イオ」マヒロは静かに言った。「もし、君がそれを負うつもりなら、受け取る。君が語ったその罪を、僕が左腕に引き受けて、君がこの場で背負わなくてもいいようにする。条件は満たしている。自ら語り、償いを望んでいる。証拠もここにある。僕は——」
言葉の途中で、イオは一瞬、揺らいだ。医者の彼は、患者を楽にする者としての欲求を知っている。誰かの痛みを取り去れれば、それで救えるという衝動は、治療者にはよくある。だがその衝動は、同時に目を曇らせる。イオは腕を振り上げて、胸の前で組んだ。
「マヒロ、ありがとう」とイオは静かに言った。「……でも、違う。君の能力は罪を他者へ渡すためのものじゃない。僕がここに立つのは、僕の手でこの炉の栓を閉め、製造記録を開示し、加害と被害を正面に置くためだ。君がそれを肩代わりしてくれるのは優しさだ。それでも僕は受けない。僕に必要なのは、赦しを与えられることでもない。僕は、僕の家のやったことを僕自身の声で伝えることが必要だ」
マヒロの顔に一瞬、影が差した。左腕の輪が小さくうずく。彼は能力の条件を熟知している。罪を受け取るためには、語る者の合意と「償いたい」という願いが必要だ。イオの意思は確かな「償い」だとしても、ここで彼が自らを晒すことを拒むなら、マヒロが強引に奪うことは禁じられている。強制は人格を壊すし、何より能力の本旨を歪める。マヒロはそのことを知っているから、申し出を取り下げるだろうかと、イオは一瞬期待したが、次の言葉は違った。
「分かった」マヒロは穏やかに頷いた。「君がそう選ぶなら、僕は側にいる。だが、無理に一人で行うな。誰もがここにいる。君が話すとき、僕らは皆、聴く。君の語りは、僕らが記録する。君は一人ではない」
セレネが歩み寄り、小さな紙を差し出す。そこには公開審理のための書式が書かれている。彼女は目に力を籠めて、「私が支援する」と言った。ガルドは肩を張って、言葉少なに腕を組んだ。ノアは弟の小さな顔を思い浮かべるように、視線を落とした。
イオは深く息をついた。白衣のポケットから懐中灯を取り出し、表面が煤で覆われた札を一つ手に取った。裏面の赤は、息を吹きかけるとゆらゆらと揺れた。イオはその熱を掌で受け、そしてゆっくりと舌打ちするように顔を歪めた。「これが、誰かの声だったんだ」と彼はつぶやいた。「叫びにも、後悔にも、誰かの夜の冷たさにもなるものが。そうしてそれを集めることで、私たちは楽になると思っていた。楽になる