罪冠の和平王

罪冠の和平王 第11話「第10章」

王都の高い石壁が朝日に銀をまぶす頃、法廷の扉は閉ざされていた。大理石の床にうすい霜が残り、外套の裾から白い息が立ち上る。人びとは列をなし、入り口を取り囲む。商品を運ぶ馬車も通れないほどに広場は埋まり、関係者以外の好奇の目が押し寄せていた。今日の審理は、ただ一人の令嬢の運命を決めるはずだった。だが、空気はその予定を超えて重く、どこか異質な熱をはらんでいた。

王都の高い石壁が朝日に銀をまぶす頃、法廷の扉は閉ざされていた。大理石の床にうすい霜が残り、外套の裾から白い息が立ち上る。人びとは列をなし、入り口を取り囲む。商品を運ぶ馬車も通れないほどに広場は埋まり、関係者以外の好奇の目が押し寄せていた。今日の審理は、ただ一人の令嬢の運命を決めるはずだった。だが、空気はその予定を超えて重く、どこか異質な熱をはらんでいた。

マヒロは法廷の高いベンチの片隅に立っていた。五人のうちの三番目の席。セレネは被告席の前で書類を抱え、イオは白い手袋を外した指先を落ち着かせようとしている。ガルドは腕を組み、隙あらば人混みを睨むように見回した。ノアは壁際で静かに立ち、まるで外界の風を聞き取るかのように目を細めていた。

法廷の中心には、木製の台がひとつ。そこに小さな箱が置かれている。箱の蓋には黒い金属の罪札が丁寧に並べられ、ひとつだけが異なっていた。表面は冷たく、裏面だけが、開廷前からじわりと赤味を帯びている。誰もそれを触れようとはしない。だがその裏の熱は、床板を伝って観衆の足元へ伸びるような錯覚を与え、不安の波が会場を走った。

「王都の民よ、ともに裁きの場を見届けよ」――声は低く、整っていた。宰相ユルゲンはいつもの黒い外套を翻しながら壇上に上がる。彼の背後には手勢の旗が揺れ、兵士の列が列座する。ユルゲンの瞳はいつも通り冷たい光を宿していたが、その声には今日、なにか計算された優しさが混じっていた。まるで誰かに見せる演技の一部のように。

「違いは何だ、宰相」ガルドの声が遠くから割り込む。数名の兵が身を乗り出してガルドを睨むが、ユルゲンは一切動じない。彼はゆっくりと箱を指差すと、全てを見渡してから言った。

「この罪札は、国の秩序を守るための記録である。セレネ・ヴァルディアの一族に記された罪もまた、国家の秩序を揺るがすものである。だが我々は、法の名の下に慈悲を示す。家族の罪を一つに纏め、処することも可能だ。個人の名誉などではなく、国家の安寧を優先するならば、真の平和は得られる」

ユルゲンはゆっくりと顔を上げ、会場の端々の人々の表情を確かめる。そこに期待と恐怖を混ぜた空気があった。彼の言葉は明確だった。罪を一箇所に集めることで、責任の所在を単純化し、対外的に「解決」を演出する。誰か一人を選び、そこに全ての重さを載せるのだ。宰相の視線は、セレネに向かって柔らかな残酷さを含んでいた。

セレネは立ち上がった。白磁のように蒼い顔をしていたが、その目は震えない。彼女は胸の書類をぎゅっと握り、床に立つ靴底で一歩踏み込む。法の下での静謐を求めるような仕草だった。

「私を一人の罪に纏めることは許しません」彼女の声は消え入りそうで、それでいて明確に会場を貫いた。「私の一族は確かに、汚れた手を持っていました。だが汚れを隠し、罪を他人に擦り付けた者がここにいます。宰相府です。証拠はここにあります。私が隠すのではなく、私が示します――裁けるのなら、あなた方も裁いてください」

ユルゲンは目を細めた。まるでセレネの言葉を予想していたかのように、彼は微笑を浮かべる。

「なるほど、貴女は被告でありながら告発者であると」彼は手を一つ振った。「それが真意なら、当然公開審理の場で示せばよい。しかし法は証拠と秩序を尊ぶ。貴女が示す証拠が、貴女の立場を正当化するかどうか。ここで決めようではないか」

壇上の兵士が箱の蓋を開く。中から取り出された数枚の札が、会場の空気を一瞬で変えた。表に記された罪状が読み上げられ、誰が何をしたのかが硬い声で告げられる。だがその読み上げが一段落する頃、違う音が床から立ち上った。紙が裂けるような、金属がきしむような音。罪札の一枚が、微かな音を立てて、真ん中から割れたのだ。

会場は一瞬にして静まりかえった。割れた札の裏が同時に赤く燃え上がり、熱を帯びた赤い光が床に細い筋となって走る。光は観衆の足元を舐めるように移動し、靴底の者たちが驚きの声を上げた。幼児を抱いた女は足を引っ込め、老人は膝を押さえた。熱は痛みではなく、むしろ記憶の襞をくすぐるような温かさとして伝わり、人々の顔に驚きと困惑の色を落とした。

そのとき、法廷の空気が二つに割れた。憤怒と後悔が交互に露になる。誰かが小さく呟く。「これは——札の裏だ」別の者がそれに続ける。「裏の熱は、忘れさせないものだ」

マヒロの左腕が微かに疼いた。まだ彼は二つの輪しか持たない。だがその輪の縁が、赤い光を反射して僅かに震えた。彼は胸の中で冷たいものが這い上がるのを感じた。これは単なる視覚的現象ではない。札の裏が見えない何かを触れ、誰かの――おそらくは被害者の忘却を刺激しているのだ。過去の痛みが、今を揺らすために現れている。マヒロは握った手をほどき、声を張った。

「止めてください!」彼は壇上に走り寄るつもりで一歩踏み込む。だがその前に、隣のイオが静かに首を振った。

「力で抑えるのは駄目だ。僕らのやるべきは、証言と記録で光を当てることだ」イオの声は冷静だったが、その眼は赤い光を見つめ、つぶやくように続けた。「札を強制的に取り上げるのは、痛みを拡散する。償いは強制ではない」

マヒロは口をつぐんだ。能力《罪冠》の約束が脳裏に響く。罪を奪うには、犯した本人の明確な告白と償いの意思、そして証拠の存在。嘘や責任逃れには決して作用しないし、強制すれば対象は廃人になる。ここで彼が力を使えば、ユルゲンにとって都合の良い「見せしめ」になる危険がある。器に仕立て上げられてこそ戦争を終わらせる――その論理は、現実に人を壊す。

セレネは壇上でそれを承知しているように見えた。彼女は胸の書類を開き、声を震わせた。

「私の家族は罪を重ねてきた。だが罪は閉ざすものではない。宰相府は、私の反論を封じるために、証拠を差し替え、判決を誘導してきた。私はその一部を握る。ここで私が呼ぶ人々が、真実を語る。法廷はそれを聞く義務があるはずだ、と、私は信じている」

ユルゲンはそっと口角を上げた。「それは大胆だ。ならば、証人を出せ。だが覚えておけ、公開の場では嘘は許されぬ。嘘をつけば貴女自身に跳ね返る」

セレネはそれを承知のようにうなずき、第一の証人として古い役人を命じた。白髪の男は足取りこそよろめいたが、目は虚ろではなかった。彼は震える手で一枚の紙片を差し出し、役所の印が押された古びた文書を示した。会場にざわめきが起きた。文書は宰相府の命令書に似ていたが、日付と一部の署名が怪しく、押されている印に若干の擦れが見える。ユルゲンの側近がそれを受け取り、目を細めた。

「これは偽造だ」とユルゲンは言い放つかと思われた。だが、彼は静かに、それを裏返す。印の裏には、別の小さな印が、まるで何かを消すために重ねられたかのように押されていた。赤い光が、その裏の紙へ微かに接触する。老役人の眼が濡れ、彼は咳き込みながら語った。

「私は命令を書いた。だが、後でその一部が書き換えられていた。私は書き替えた者の元へ行き、問いただした。だが役所は黙し、他の誰も応えなかった」

会場の目がユルゲンの周囲を巡った。次々と被害者や目撃者が名乗り出る。奴隷の証言、徴税台帳の不整合、焼却処分の記録。証言が積