罪冠の和平王

罪冠の和平王 第10話「第9章」

会議場は石と鉄のにおいで満ちていた。長い長い机の両側に、魔族の軍服と甲冑がぎっしりと並び、火の光が角や金具の曲面を反射していた。会議室の中央、低い台の上に置かれたのは――王冠だった。だがそれは王座の宝冠とは違う。黒金属の輪、五つの切れ込みが規則正しく刻まれ、そこには五角形の板がひっそりと並べられる溝が設けられている。溝の上には既に二、三枚の札が差し込まれ、そこから赤い光が微かに漏れていた。

会議場は石と鉄のにおいで満ちていた。長い長い机の両側に、魔族の軍服と甲冑がぎっしりと並び、火の光が角や金具の曲面を反射していた。会議室の中央、低い台の上に置かれたのは――王冠だった。だがそれは王座の宝冠とは違う。黒金属の輪、五つの切れ込みが規則正しく刻まれ、そこには五角形の板がひっそりと並べられる溝が設けられている。溝の上には既に二、三枚の札が差し込まれ、そこから赤い光が微かに漏れていた。

ザハルは台の前に立ち、背筋を伸ばして皆を見回した。彼の言葉には軍人らしい節度があり、しかしどこか、長年背負ってきたものの重さがにじんでいた。

「我々は長年、戦争で傷を負わせられてきた。だが傷も、痛みも、形さえあれば治療は可能だ。問題は、被害を個々へ還元することだ。装置を使えば、各々が書いた『罪』を一点へ集めることができる。ひとつにすれば、民は恐れを共有する。恐れは秩序を生む」

周囲からはいくつかの沈黙と、低いうなずきが返る。ザハルの視線は、その小さな溝に差し込まれた札へと落ちた。札の裏側はどれも、ほのかに赤く光り、まるで燃える炭のように温かかった。マヒロはそれを見て、胸の奥がざわりとした。あの感覚──裏面だけが温かい札。彼はまだ、その意味を完全には飲み下せていない。

ザハルはゆっくりと手を伸ばし、札の一枚を引き抜いた。金属が擦れる微かな音が、室内にくっきりと残る。彼が札を掲げると、札の赤は一瞬強く脈打ち、机の上の台が反応した。黒金属の輪の中心から、薄い光の糸が天井へ向かって伸び、空間に巨大な幻像を浮かび上がらせる。

そこに現れたのは、空にかかるほど巨大な王冠の影だった。罪札が一枚ずつその影の縁へ嵌められていくごとに、王冠は少しずつ形を取り、やがて黒い金属の輪郭がはっきりと見える。低い、鈍い鐘の音のような音が一枚ごとに鳴り、音は部屋に重く沈みこむ。観衆の息が一斉に止まった。

「これが私たちのやり方だ」ザハルは言った。「名付けよう。器だ。器とは、他人の罪を受け取り、それを体現する存在だ。人々はそれを『魔王』と呼ぶかもしれぬ。だが名は重要ではない。問題は――集約だ。罪を一つにまとめれば、争いは終わる。互いに剥がれた恨みを見せ合わずに済むのだ」

その言葉はぬぐい去れない冷たさを帯びていた。マヒロは胸がひどく痛んだ。器。自分のことを「器」と言われるたびに、まるで人間であることが剥ぎ取られるような感覚に襲われる。だが同時に、ザハルの説明に理屈があるのも否めなかった。簡単にまとめれば、ひとつの標的に集めれば他は楽になる。人間はずるい。誰かに背負わせることで、自分は楽になろうとする。

「そして、その器はここに置く」ザハルは台を指差した。「あなた方が求めるなら、彼をこの器に仕立て上げることも可能だ。外へ見せしめとして出すのか、ここで封じ込めるのかは議による。どちらにせよ、器が現れると、民は統一される。互いに憎しみを向ける先が一つになれば、戦は止む」

彼の視線は、マヒロの方へゆっくりと滑る。会議室の気配が変わった。人々の視線が彼の左腕へ、そしてその先の顔へと集中する。無言の期待と恐れ。

「器──マヒロだな。いや、名前は関係ない。彼は『器』だ。我々は彼を、戦争を終わらせるための道具にできる」

その言い方は冷ややかで、どこか遠い。マヒロの肩に寒さが這った。彼は言葉を探したが、口を開く前にガルドが立ち上がった。角に刻まれた古い傷跡が火の光で浮かび上がる。

「言う必要はねえ」ガルドの声は低く、しかし会議場でははっきりとした。全員の注目が一人へ集まる。彼はマヒロの目を見て、ぎゅっと拳を閉じた。「俺が──それでいい。奴らに渡るなら、まずは俺だ。お前らは五人の内の四人を連れ出せ。俺は一人で臨む」

場内でざわつきが起きる。ザハルは眉間にしわを寄せたが、すぐに表情を整える。

「無論、捕虜は扱いの問題だ。我々は情報を求めている。だが処遇は交渉できる。彼が自らを名乗り、罪を語るならば、受け入れることもできよう」

ガルドは、まるで火を一度吐き出すように笑った。その笑いには、自己嫌悪と決意が混ざっていた。

「名乗ることはできる。だが俺は――償うと言って死ぬのは、もうたくさんだ。死ぬ代わりに、残る者の逃げ道を作る。それがこれまでの俺の罪に対する、唯一の応えだ」

その瞬間、マヒロの心が刃で引き裂かれた。ガルドは以前、自分の罪を告げ、マヒロにその痛みを受け渡してくれと頼んだ。あの時、ガルドは本当に償いたかったのだ。だが今回は違う。償いの形は一つではない。ガルドは仲間を守るため、自分の肉体を差し出すと決めたのだ。彼の選択は強制ではなく、自らの意思に基づくものだった。それがどれだけ尊いかを、マヒロは瞬時に理解した。

「駄目だ」マヒロは声を張った。言葉は荒く、しかし誠実だった。「それは──そうしてくれるな。お前が一人で抱えるというのは、そういう意味じゃない。俺は、無茶はさせない。皆を逃がすなら、俺が行かせる。だがお前を一人にしたくはない」

ガルドは目を細め、唇をきつく結んだ。「そう言えるのは、お前がまだ楽な立場にいるからだろう。俺はもう、楽じゃない。ここで一人になってでも、他の四人を逃がすのが正しい──」

言葉を遮るように、ザハルが手を上げた。「それが望みなら認めよう。我々も、その代わりに条件を提示する。捕虜は我らの道具にもなる。だが、情状酌量はある。協力的であれば処遇は軽い。公の場で罪を語り、責任の所在を示せ。そうすれば、民は器を目にする。彼を見れば、許しとは何かを理解するだろう」

ザハルの言葉は、巧妙に善意と脅迫を混ぜ合わせていた。器を見よ、と。器を崇めよ、と。マヒロはひどく嫌なものを見たような気分になった。誰かを「見る」ことで安心し、見なければならない理由をつくる。恐れを媒体にして秩序を構築する考えは、どこかで宰相ユルゲンと重なっていた。

「お前たちの言い草は──」セレネの声が割って入った。「器を作り、見せしめにするために人を封じるのか。それは正義じゃない。正義は、真実を隠してはいけない」

会議は瞬時に熱を帯びた。互いに言葉をぶつけ、理屈を繰り返す。だが根底には同じ問いが横たわっている。目の前の人物(もしくは器)に全てを押しつけることで、果たして平和は得られるのか。ザハルの表情は、何か古い疲労を含んでいた。彼は老練な指揮官だ。彼の行為は残酷だが、そこには戦争を終わらせたいという切実な念がある。

「ならば、実験だ」ザハルが言った。言葉には、やっと情が混じった。「我々は器を使って民を統合する。だがその前に、彼(ガルド)を一時拘束し、状況を観察しよう。器に罪札を嵌めるのはお前たちの望む演出次第だ。だが強制移転は行わぬ。私はその線は越えぬつもりだ。あくまで“象徴”として使う」

ザハルが一線を引いたように見えた。マヒロはその一線に少し安堵した。強制移転は、能力の禁忌だ。無理に罪を奪えば対象が壊れる。儀式であれ何であれ、同意のない罪の移動は界の法理に反する。それをザハル自身が避けると言うのなら、まだ少しの理性は残っているのだろうか。

が、そこで別の音が入った。台の上の装置が、短く低い振動を返した。札の一枚がまた溝