仮面の継承者

仮面の継承者 第9話「第8章」

朝の光は樹冠を透かし、葉の縁だけを金に染めていた。王都の空は高く、そこに立つ我々の影は細く長かった。荘重な空気が満ちた会議室は、枝と根でできた柱が円形に並ぶ。天井からは鈍い鉄の輪──鐘を模した装置が吊られている。朱い輪を思わせる細い紋様がその輪の縁に刻まれていた。僕はその輪を見上げ、胸の底が冷たくなるのを感じた。何度も聞いた記号が、今はただの飾りではないと教えてくれる。

朝の光は樹冠を透かし、葉の縁だけを金に染めていた。王都の空は高く、そこに立つ我々の影は細く長かった。荘重な空気が満ちた会議室は、枝と根でできた柱が円形に並ぶ。天井からは鈍い鉄の輪──鐘を模した装置が吊られている。朱い輪を思わせる細い紋様がその輪の縁に刻まれていた。僕はその輪を見上げ、胸の底が冷たくなるのを感じた。何度も聞いた記号が、今はただの飾りではないと教えてくれる。

「貴様たち、もう一度言え。なぜ我が国は、感情を抱えることを許したらならんのだ」

摂政ヴァルドの声は、鋼のように冷たい。年は四十代、頬に刻まれた深い線が、笑ったことの少なさを示している。彼の周囲に並ぶ顧問たちもまた、顔に生気が薄い。まるで長い冬に晒された木のようだった。だがその奥にあるものは、僕がまだ容易に同情してはならない種類の痛みだった。

「我々は、延々と『失敗の記録』を抱えてきた」ヴァルドは静かに続ける。「恐怖と憤怒は、次の戦いを呼ぶ。隙あらば、隣国はそれを餌に我らを分断し、喰い尽くす。記憶は武器となり、我らを滅ぼす刃となったのだよ、レイ王子」

彼は最初から僕を王子と呼んだ。正式な継承を拒んだはずの僕を。言葉の調子に、開催者としての圧力をまざまざと感じる。目の前に置かれた図面には、巨大な白磁の面──大面の粗い設計図が広がっていた。人の顔ほどの仮面が数多く並び、それらを繋ぐための金属の溝と、中央に据えられる鐘の軸が描かれている。

「我々がやろうとしていることは単純だ」ヴァルドは指で図面の中央を指した。「一枚の面に、我々が抱えてきた――いや、抱え続けることで我々を蝕んでいる感情を集める。分散することで生まれる摩擦と復讐の連鎖を断つ。民は穏やかに生きる。犠牲は、短期間で済ませる。長期的に見て、これは最も合理的な選択だ」

その口調は、統計と過去のデータを並べる学者のようだ。だが彼の眼差しに混ざるものは、冷たい決意と、さらに奥にある深い喪失であった。僕は彼の言葉を理解しようとした。理解しようとすることが、僕の能力「面映し」の発動条件なのだ。だが理解は、賛同を意味しない。能力を発動させれば、彼の感情を仮面に映すことはできる。けれど、その後に何をするかは別の話だ。

「あなたは、かつて何を失ったのですか」僕は静かに尋ねる。問いはやわらかく、演目の導入のようでもあった。だが演じるのではない。真実を知るための問いだ。

ヴァルドは一瞬目を伏せた。その隙に、僕は微かな動きを見逃さなかった。彼の胸元で、紡いだ布がわずかに震えた。鋭い傷跡ではなかった。むしろ、失望のように深い皺が一つ刻まれていた。

「家族をだ」ヴァルドは短く、しかし確固として言い切った。「村を。都市を。かつて私は、我が国を守るために兵を率いた。だが、感情を抱いた民は判断を鈍らせた。復讐の連鎖は収まらなかった。炎は広がり、子どもたちの顔は灰に飲まれた。あの時、私は決めた。痛みを残すことは、さらなる痛みを生むのだ、と」

彼の視線が鋭く戻る。「だからこそ、大面だ。全てを一つにすれば、我々は穏やかに生きられる」

会議室の一角で、グラウが鼻先で床を軽く掻いた。僕は反射的にそれを見た。昨夜の焼け跡で見つけた古い鉄の輪と同じ紋章──深緑の樹皮に刻まれた朱い輪が、彼の爪の下で土を裂くように浮かび上がる。グラウの挙動はいつも微妙だ。鐘が近い何かを告げると、彼は不安を示すように地を掻く。だが会議室の誰もがそれを無視した。無感情の政策を正当化する者たちは、動物の警告に耳を傾ける余裕を失うのかもしれない。

「あなたは……そのために何をするつもりなのですか」僕は問いを重ねる。声は穏やかだが、内側ではすでに警戒が立ち上っている。もし本当に大面を完成させるつもりなら、鐘と連動させる装置は、記憶に直接触れるものになるはずだ。しかも大きな規模で。

「既に始めている」ヴァルドは言った。「地下工房だ。仮面の裂片を溶かし、溶接する。だが足りぬのは、最後の繋ぎ手だ。王家の面は、ただの器ではない。そこに歴代の感情が刻まれている。王家の名を持つ者の掌で、それを封じることが可能だ。つまり――レイよ、お前にその器を座らせることが出来れば、我々の計画は完成する」

その言葉は甘い罠のように聞こえた。王家の面を使えばという前提は、僕を王家として利用することを意味する。僕は深く息を吸った。袖口の黒い糸が、ふと皮膚の上で冷たく浮かぶのを感じる。黒い糸はいつも、僕が誰かの感情を封じた時にだけ現れる。昨夜、村長の怒りを一瞬だけ封じたせいだ。糸はまだ残っている。使うたびに僕の中の何かが薄れていくことを、忘れてはいけない。

「おまえは、俺を利用しようとしている」僕は静かに言った。「民の感情を一つに集めるということは、王ひとりの手にそれを預けるということだ。禁止されている。王の命令で民の感情を一括で封じることは、歴代の掟に反する。樹の記憶は共有されるべきだ」

「掟は、時と共に変わるものだ」ヴァルドの目が冷えた。「掟は人の生を守るためにある。煮えたぎる湖のように、情念が溢れる今、お前の小さな正義ごっこがこの国を滅ぼす。レイ、私が求めるのは結果だ。民が生き延びることだ」

言葉はだが、ヴァルドの言い分からは、どこか論理を極めすぎた冷たさが滲んでいた。彼は過去の選択を正当化し、痛みの記憶を切り落とすことを合理的に説明した。だが合理の裏には、忘却という名の暴力がある。僕はその暴力を認められなかった。

そのとき、会議室の外で低く鐘が一度鳴った。その音は、木々を揺らすほどの力はない。だが僕の内側の何かが振るえた。その瞬間、グラウが再び床を掻いた。爪先は古い木の継ぎ目に触れ、そこに小さな隙間を見つける。グラウは鼻でその隙間を示し、鋭い目で誰かを見た。僕はそっと立ち上がる。案内するように、グラウは歩き出した。ヴァルドは僕を睨んだ。だが会議は続けられると判断できるほど彼には余裕があったのだろう。深い政治家の顔が曇るのは、相手が自分の計画を崩す可能性がある時だけだ。

地下工房は王都の根に張り付くようにして存在していた。階段は湿気を孕んだ木曽の匂いを放ち、空気は冷たく粘っていた。鉄の機械音が向こうの暗闇から響き、陶の粉末が薄く舞っている。火を絶やさぬ窯の光が、暗闇の中で白い破片を浮かび上がらせる。人の顔ほどある白磁の破片が、無数にテーブルに積まれていた。そこには、かつての王たちの仮面の欠片が混ざっているようにも見えた。欠片の縁が真新しく研がれており、光を受けて冷たく光る。

フィルは既にそこにいた。彼は作業着の袖をまくり、手に血の滲む包帯を巻いていた。若い職人らしい精緻な手つきで、欠片と欠片を合わせ試している。目は鋭く、唇は引き结ばれている。彼が僕の到着に気づくと、顔にかすかな安堵が走った。だが安心は長くは続かない。フィルの表情にちらつく苛立ちは、王家への反感と個人的な憤りの混ざったものだ。

「驚いたか?」と彼は言った。「摂政がこんな事を進めてるとは、表向きには教えない。けれど材料は出回っていた。仮面の破片はどこから来たかって話だ」

彼が差し出した一片を受け取ると、裏面に小さな傷跡がいくつも刻まれているのが見えた。爪で引っ掻かれ