仮面の継承者

仮面の継承者 第8話「第7章」

朝の風が、いつもより暑く感じられた。樹冠の隙間から差し込む光は、葉を透かして淡い緑だったはずが、どこか灰色を帯びている。焦げた匂いが遠くから流れてきて、僕らは言葉を交わす前にそれに気づいた。

朝の風が、いつもより暑く感じられた。樹冠の隙間から差し込む光は、葉を透かして淡い緑だったはずが、どこか灰色を帯びている。焦げた匂いが遠くから流れてきて、僕らは言葉を交わす前にそれに気づいた。

「火だ」ミナの声は震えていた。弓の弦を確かめる指に力が入り、矢筒を押し締める。彼女の背筋は武具で固められていたが、瞳の奥には生き物の匂いを嗅ぎ取ったような、鋭い怖れが走っていた。あの日、弟を奪われた記憶が、灰の中で再び跳ね上がったのだろう。

「どこから?」ノアが手帳を閉じ、顔を地図に近づける。文字はいつも通り冷たいが、呼吸は速くなる。フィルは仮面片を懐に押し込み、あちこちに散らばった白磁の小さな破片を指先で確かめていた。グラウは僕らの先へ出て、地面を掻く。前と違ってそれは、注意喚起ではなく、矢印のように一直線を示している。

煙は一塊の灰ではなかった。複数の小さな焔が辺境林の向こうに燦然と並び、風に乗って木々の間を舟のように滑っていく。平原兵の隊列が枝の間に見え、彼らの松明が整列の合図のように並んでいた。森の民は、うめき声をあげて家々から飛びだしてくる。火を囲んだ男性の額には、僕らが会議で聞いたあの「偽造命令」を思わせる押印のついた紙を握った者がいた。指が焦げ、なおも命令書を放さない。

「何が起きたのか」フィルが言った。声は小さく、震えていた。彼の手の中で、仮面の小片が冷たく光る。いつもなら理屈を先行させるノアが、今はただ周囲の混乱を計測している。火は単純な暴力に見えた。だが、燃え方が違う。樹の幹から朱い輪の光がちらりと浮かび、焔がその輪をなぞるように進んでいるのを、僕は見逃さなかった。

「平原兵の仕業だ」ノアが言う。彼の声には躊躇がなく、事実を積み上げる冷たさがある。「境界部の斥候からの報告と、交易路の押印記録の不整合。命令系統に、偽の出所が混じっている。だが、今は——」

言葉の途中で、遠くの鐘が鳴った。低く、澄んだ音が樹冠を震わせるたびに、グラウは地面をさらに掻いた。一度、そしてまた。鐘の音が波紋のように広がる。そのたびに火は一瞬だけ勢いを増し、葉の表裏が裏返るように光を変えた。民の顔に浮かぶ恐れが、より幾重にも重なって見えた。

「止めろ。民を守れ」ミナは言った。言葉の端に、かつて止められなかった叫びが潜む。彼女が弟を失ったときのあの凍りついた怒りを、僕は初めて、生のまま目の当たりにする。彼女が望むのは報復か、あるいは再発防止か。どちらにせよ、その矢は今、窮状にある人の胸に向かった。

「レイ、お願いだ」ミナが僕の袖を掴む。指が鳴るように力を入れる。普段は冷たい鉄のように堅いその手の震えに、彼女の全ての悲しみが圧縮されていた。「弟の声を聞きたくない。思い出に引きずられて動けない。……悲しみを、少しだけ消してくれないか。戦うために、それが必要なの」

彼女の瞳は、正直だった。望みはただ一つ。悲嘆を押し殺して冷静さを取り戻すこと。僕の能力がその要求に見える手段を与えるのは、いつものことだ。しかし「面映し」は、相手を理解し、相手の立場から引き受けることでのみ発動する。理解が浅ければ、映した表情は嘘に過ぎず、禁止事項に触れて能力は暴走する。何より一度に一人分しか封じられない。ここには逃げ惑う村人が何十人もいる。

「君の悲しみを、僕が封じることはできる」僕はそう言った。言葉は冷静を装っているが、胸の中は渦だった。封じるという行為は、相手から感情を奪って沈め、仮面に一時的な表情として写し取ること。僕の袖口に黒い糸が一本、ひそやかに現れた。糸は細く、真っ黒で、夜に舌を出されたように冷たい。糸の先は仮面の亀裂まで伸び、亀裂はかすかに光を帯びる。合図だ。

ミナはためらわずに頷いた。合図にも似たその行為に彼女は躊躇を見せなかった。「私に勝つためじゃない。弟を奪った痛みが、ここにいる人たちをまた殺すのを見たくない。矢を、ただ……目の前の危険に向けたいだけ」

僕は手を伸ばし、彼女の手を取った。掌は熱く、荒れていた。理解の条件を満たすには、彼女が何を恐れ、何を失うことを拒んでいるかを自分の立場から受け止めなければならない。弟の名は、彼女の胸に刻まれている。僕はその名を、彼女が語る前に知ってはいけない。でも、彼女の声が、身体が、風で揺れる髪がそれを語っていた。僕は息を吸って、深く彼女を見た。

仮面に、ミナの顔が浮かんだ。嗚咽を噛み殺すような、悲嘆にひしゃげた横顔が。仮面の表面に映るそれは、彼女が隠していた痛みと、今も矢を引こうとしている手の力を同時に持っていた。見ることは理解を伴い、理解は受け止める責任になる。僕はその責任を取ることを決めた。

黒い糸が袖口から仮面へ吸い込まれ、そこに映ったミナの悲しみが、静かに引き抜かれていく感覚が手のひらに伝わった。胸が、何か重いものを失った。舞台裏の匂いが、一本だけ薄れていった。あの劇場で最後に灯したランプの匂い――役者としての自分を証明する匂いの一断片が、霧の向こうに滑り落ちる。代償は、小さく、でも確かだった。僕は自分の悲しみが薄れるのを感じ、同時にミナの瞳が一瞬だけ遠くなるのを見た。彼女の肩の力が抜け、指の震えが止まった。

「行く」ミナが言った。声は平坦で、けれど確かに戦士のものだ。矢は唇に当てられ、彼女は姿勢を整えた。彼女の顔の表情はどこにもなく、仮面には静かに泣く彼女の横顔だけが映っている。白磁の表面に浮かぶその泣き顔は、見開きの一枚絵のように強く、静かに胸を締めつけた。亀裂の端がひかり、一本の線となってさらに深く伸びていく。

だが、僕はそのままにしておけなかった。封じたまま戦いに赴かせることは、僕の禁止事項のひとつに触れる。相手を演じて操ることではない。彼女がそれを望んでいても、封じることは「代行」であり、彼女の判断を奪う危険がある。封じたまま相手に行動を強いるのは、本末転倒だ。だから僕は、短時間だけ封じ、責任を返す覚悟をした。

僕は走り寄り、ミナの腕に手を重ねた。黒い糸は穏やかに震え、仮面の映像が一瞬ふわりと揺れる。返却の瞬間はいつも怖い。封じられた感情が本人の中で暴走する可能性があるからだ。彼女が受け止めることを拒めば、内側で爆ぜる。僕は目を見開き、彼女に静かに言った。

「ミナ。悲しみは戻す。戻ったら、自分で決めてくれ。弓を引くのか、下ろすのか。君の弟のために、君自身の意志で選んでほしい」

彼女は一瞬、遠いところを見た。何かが震え、瞳から光がこぼれそうになった。戻されたときの熱は、短いが鋭い。僕は仮面に映っていた泣き顔を自分の掌で掴むような気持ちで、感情を押し戻した。黒い糸が指先からすうっと消え、ミナの体に悲しみが流れ込む。空気が振動して、彼女の胸は大きく揺れた。

悲しみは戻ると同時に、怒りと混ざった。ミナは顔を曇らせ、唇を噛んで矢を引いた。だが、その引き具合が変わった。力が、矢を飛ばすためだけに集中しているのではなく、燃える家々の中で助けを必要とする者たちにも向いている。彼女の指先が震え、涙が頬を伝う。視線は矢先の敵ではなく、炎の中でもがく子どもの影に止まった。

「弟の……名前を、呼んでもいいか」ミナが、低く言った。剣の構えを崩し、彼