祝卓の王子 第4話「第3章」
昼前の町場は、いつもより雑然としていた。台所の煙はどこか焦げた匂いを含み、行商人の声は潰れかけている。籠や箱を載せた人足たちが慌ただしく通り過ぎ、役人の札を示す革紐が陽に光る。空気は重く、誰もが何かを抱えながら歩いていた。
昼前の町場は、いつもより雑然としていた。台所の煙はどこか焦げた匂いを含み、行商人の声は潰れかけている。籠や箱を載せた人足たちが慌ただしく通り過ぎ、役人の札を示す革紐が陽に光る。空気は重く、誰もが何かを抱えながら歩いていた。
「徴発分の集積はここです」役人の一人が、倉庫の扉を引き開けて言った。中は天井まで積まれた麻袋、木箱、鉄の樽。ラベルや焼印がいくつも見える。辺境の領主印、製塩所の紋、漁師組合の刻印――集められたものは、国が飢饉に備えるためという名目で、次々と運ばれてきた。しかし、運ばれてくるのはいつも以上に少なかった。伝票はきちんと詰められているが、箱の中身は想像より軽く見える。
「これ、全部徴発したんですか」リオネルは、ミナの肩越しに倉の中を覗き込んだ。ミナは帳面を抱え、そのページをめくりながら眉を寄せる。ユルグは腕を組み、周囲の男たちの顔つきを観察している。騒ぎを嗅ぎつけてやってきた小商人の一団が、倉の前に集まっていた。顔に泥を塗った女、子を抱えた男、髭を蓄えた年老いた行商――皆、徴発の名札を見つめ、息を詰めていた。
「命令だ。王都は備蓄の割合を増やせと」倉の段取りを統括する役人が言う。彼の声は乾いている。誰かの命令書が、それを正当化する。だが命令書と現場の空腹は一致しない。リオネルはそれを感じた。紙の重みと袋の重みが違う。数が合っていても、量が合っていない。
「どれだけ持ち出したのか」ミナが帳面から目を上げる。彼女の声は静かだが確かだ。「配給の記録と、今の積荷が合っていません。移送担当の名簿、倉入れの時間、出納の印。ここの誰もが『やった』と言い張るけれど、腹を満たした者の数が足りないんです」
周囲から低い唸りが上がった。女の一人が前に出て、震える手で空の麻袋に触れる。「子どもに見せるものがない。卵も穀類も、もう三日ないんだ」彼女の目は真っ赤で、声は嗚咽に近い。別の若者がそれを受けて、舌打ちをした。「役人どもが根こそぎ持って行った。枯れかけの麦束までだ。どうして王都がそんなに要るんだ?」
「辺境が預けたとされる保存食だ。王の命だ」段取り役の男は言葉を繰り返す。だが、彼の手はいくつかの箱を開け、薄い紙で包まれた干し肉に指を触れた。肉の匂いは失せ、代わりに薬臭さが残る。真偽の見分けは難しい。だがリオネルは、その干し肉に刻まれた焼き印に目を留めた。小さな描線。辺境の村の牧場印に似ている。偽りがあるかもしれないが、ここだけではまだ分からない。だが彼は、誰かを責めることを急がなかった。
「私がすることは二つだ」リオネルは静かに言った。「何が不足しているかを、ここにいる全員で確かめること。そして、今あるものをどう分けるかを決める前に、どれが本当に誰のものかをはっきりさせる。嘘が混じっているなら、それを晒す。嘘を暴く前に奪い合うのは、また同じ飢えを生むだけだ」
ユルグは鼻を鳴らした。彼は王子に対して警戒心を隠さなかったが、その一言は的を射ていると認めざるを得なかった。徴発は命令だ。だが命令が現場の実情を無視しているなら、それは別の暴力になる。人々は面倒ごとを避けるために沈黙してしまう。リオネルは、沈黙を壊す一つの道具を持っていた。だがその道具は、いつも代償を伴う。
「じゃあ、鍋をかけよう」彼は言った。大きな鉄の釜に水を張り、火口に薪をくべる。倉前の通りに担ぎ出した簡易の竈だった。煙と蒸気が立ち上がり、群衆の視線がそこに集まる。誰かが豚の骨を持ってきて、誰かが干し豆を出す。リオネルは手を動かしながら、来たるべき言葉を拾った。人々が自分の不足と、何を失ったかを語るための場を作る。鍋は話し合いの中心になった。
「この豆は、あの村のものだ」と一人の中年の男が指差す。指の先には古い印章があった。細かに彫られた草の意匠。リオネルはそれを撫でた。保存状態や乾燥の仕方を確かめる。丁寧に扱われていれば、ただの粗末な乾燥ではなく、配給されるはずだった正規の保存食である可能性が高い。だが箱には別の地域名の札が付けられていた。どこかで回され、混ぜられた痕跡。人によっては、それが「分配」を容易にし、誰かに利益をもたらしたかもしれない。
「あなたたち、誰の命令でここまで出した?」ユルグが訊ねる。男は低く唸って、しばらく黙っていた。結局、彼は震える声で答えた。「上の者からの書簡だ。王都からの…だが、交差する指示も多くて。別の役人が別の宛先へ回せとも言われた。その時、誰もが自分の職務を果たしたと信じたが…結果がこれだ」
人の言葉は、鍋の中へと沈んでいく。煮える音だけが、しばらく空間を支配した。リオネルはそっと塩壺を手に取る。塩は配給の要であり、保存の要である。だが彼の指先は、塩壺の底を撫でるとき、いつものように舌で確かめるわけにはいかなかった。味を確かめることは代償を呼ぶ。彼は今までに一つを失っている。だが、ここで人々が自分の意思で一口を選ぶのなら、祝福は働き、彼は他者たちの願いと恐れを食材の輪郭として読むことができる。使うか、使わないか。天秤にかかるのはいつも同じだ。
「王子様」ミナがそっと言った。彼女の眼差しは真っ直ぐで、震えはない。「皆、自分で決めてください。誰かに無理やり食べさせないで。ここに座る人たちに、ただ一口を選ぶかどうか。それが条件です」
彼女の言葉は、誰かの胸の中で小さな灯火を灯した。女や行商人たちは互いに視線を交わす。役人の顔は窮訝だったが、彼らの動きも鈍い。強制配給は容易だ。しかし強制は無理を生み、無理は抵抗を生む。リオネルは鍋からお玉で小皿を作り、そこへ小さな量の煮込みを注いだ。香りは素朴だ。豆の甘さ、干し肉の旨味、少しの藥草の苦味が混じる。彼は食材がどこから来たのかを改めて問うた。誰も虚偽を言わなかった。嘘があれば、彼はそれを見抜けるだろう。だが今は、真実が少しずつ露になるだけだった。
「自分の子に食べさせたいか?」リオネルが訊ねると、行商の老女が唇を噛んだ。彼女は息子を抱えていた。小さな皿の中の一口を、彼女は指先で確かめるように覗き込んだ。誰も強制はしない。だが、誰かの一口が、ここにいる全員の言葉を一瞬だけ透明にする。その瞬間、リオネルの祝福は働く。彼は相手の内面を、味の輪郭として読むことができる。代償はまた彼の舌から一片を持ち去っていくが――今、目の前の選択は簡単ではなかった。
老女は小さく頷き、箸で一口を取った。彼女の顔に一瞬の表情が走る。頬の筋が柔らかくなり、目に一縷の光が差す。男の子は母の笑みに似た顔で小さく鼻を鳴らした。そこに座る別の商人がためらいもなく一口を取る。役人のひとりも、苦い顔で匙を口に運んだ。誰もが自分で選んだ。強制はなかった。
鍋の表面に、薄い光が走った。誰にも言わずにリオネルの体内で何かが反応する。彼が感じたのは、記憶と願いの輪郭だった。老女の皺の奥にあるのは、二十三年前に失った麦畑の記憶。役人の瞳に潜むのは、倹約と昇進への恐れ。行商人は、自分の子が安全に夜を越せることを祈っていた。三つの色彩のような感情が、料理の温かさ、豆の柔らかさ、干し肉の噛み締める感触に重なって見えた。祝福が働いたのだ。
同時に、リオネルの舌は何かを欠いたと囁いた。