呼吸する街路樹の下で 第6話「第5章:沈黙の守護者」
その夜、梓は自室で眠れぬ夜を過ごしていた。 窓の外では、街路樹たちが青白く発光し、都市の熱にうなされている。スマホを開けば、相変わらず凛子のメッセージに対する無責任な憶測が飛び交っていた。 ――このままじゃ、凛子の想いも、この街も、全部燃え尽きてしまう。 梓は決意し、SNSの投稿画面を開いた。彼女は今まで、自分の意見をネットに書くことさえ怖がっていた。誰かに叩かれるのが、否定されるのが怖かったからだ。 でも、今は違う。 『扇動市の皆さん、お願いです。街路樹の葉を読むのをやめてください』 彼女は震える指で文字を打った。 『あれは、誰かがどうしても言えなかった言葉です。本人が自分の声で話せるように
その夜、梓は自室で眠れぬ夜を過ごしていた。
窓の外では、街路樹たちが青白く発光し、都市の熱にうなされている。スマホを開けば、相変わらず凛子のメッセージに対する無責任な憶測が飛び交っていた。
――このままじゃ、凛子の想いも、この街も、全部燃え尽きてしまう。
梓は決意し、SNSの投稿画面を開いた。彼女は今まで、自分の意見をネットに書くことさえ怖がっていた。誰かに叩かれるのが、否定されるのが怖かったからだ。
でも、今は違う。
『扇動市の皆さん、お願いです。街路樹の葉を読むのをやめてください』
彼女は震える指で文字を打った。
『あれは、誰かがどうしても言えなかった言葉です。本人が自分の声で話せるようになるまで、私たちが守ってあげなきゃいけない沈黙なんです。明日の夜、中央公園に来てください。読むためじゃなく、隠すために。傘を持ってきてください』
投稿ボタンを押した瞬間、激しい後悔と恐怖が襲ってきた。案の定、すぐに批判的なコメントがつき始めた。「偽善者」「市の決定に従え」「お前の秘密も晒してやろうか」。
だが、その中にいくつか、違う色の言葉が混じり始めた。
『私も、自分の言葉が葉っぱに出るのが怖くて外に出られませんでした。手伝わせてください』
『傘ならたくさんあります。私の店にある在庫を全部持っていきます』
翌朝、公園に行くと、そこにはハルだけでなく、数人の若者たちが集まっていた。彼らは皆、色とりどりの傘を手にしていた。
「梓さん、あなたの投稿を見ました」
一人の女子学生が言った。彼女の目は、少しだけ赤く腫れていた。
「私の母の最期の言葉が、昨夜、近所のハナミズキに浮かんだんです。誰にも見られたくなかった。だから、あなたの言葉に救われました」
梓の胸に、熱いものがこみ上げた。連帯。それは、他人の秘密を共有することではなく、他人の沈黙を尊重し合うことで生まれる絆だった。
ハルは集まった人々に静かに言った。
「準備をしよう。今夜、この街の呼吸を守るために」
彼は梓を呼び寄せ、公園の奥にある古いマンホールの蓋を指差した。
「伐採が始まる前に、君に見せておきたいものがある。この都市の本当の姿を」