眠りのない村の夢配達

眠りのない村の夢配達 第12話「第11章:共有される悪夢」

広場は、言葉の海と化していた。 人々は互いの手を握り、あるいは肩を寄せ合い、自分たちの「痛み」を共有していた。誰かが泣き出せば、隣の者が黙ってその背中をさすった。そこには、不眠の里が始まって以来、一度も存在しなかった「本当の信頼」と「連帯」があった。 夜糸は空中で激しく動揺していた。彼女の存在基盤である「切り離された痛み」が、次々と現実の世界へと回収され、人々の心の中に戻っていくからだ。 「やめて……! そんなものを共有して、何になるというの! 苦しいだけじゃないか! 悲しいだけじゃないか! 忘れてしまえば、楽になれるのに!」 夜糸の叫びは、もはや威厳のある主のものではなく、暗闇に取り残された

広場は、言葉の海と化していた。
 人々は互いの手を握り、あるいは肩を寄せ合い、自分たちの「痛み」を共有していた。誰かが泣き出せば、隣の者が黙ってその背中をさすった。そこには、不眠の里が始まって以来、一度も存在しなかった「本当の信頼」と「連帯」があった。
 夜糸は空中で激しく動揺していた。彼女の存在基盤である「切り離された痛み」が、次々と現実の世界へと回収され、人々の心の中に戻っていくからだ。
「やめて……! そんなものを共有して、何になるというの! 苦しいだけじゃないか! 悲しいだけじゃないか! 忘れてしまえば、楽になれるのに!」
 夜糸の叫びは、もはや威厳のある主のものではなく、暗闇に取り残された子供の悲鳴のようだった。
 灯は、空中に向かって手を伸ばした。
「夜糸、あなたは私よ。あなたが怖がっているのは、私自身が自分の心を見るのを怖がっていたから。でも、もう大丈夫。見て、誰もあなたのことを責めていないわ。あなたは、私たちの痛みを守ってくれていたのね」
 灯の言葉通り、住民たちは空を見上げ、夜糸という存在を、自分たちの「分身」として、あるいは「失われた半身」として、穏やかな目で見つめていた。
 夜糸が纏っていた「忘却の布」は、今や巨大な銀色の幕となって、村全体を優しく包み込んでいた。それはもはや呪いではなく、村の歴史と人々の記憶を刻んだ、美しい光のタペストリーのようだった。
「……灯。本当に、いいの? これを全部、引き受けるというの? 誰の夢も、もう二度と綺麗事だけでは済まなくなるんだよ?」
 夜糸がゆっくりと地上に降りてきた。彼女の姿は次第に小さくなり、十五歳の灯と同じ背丈になった。その表情からは険しさが消え、年相応の少女の顔に戻っていた。
「ええ。引き受けるわ。それが、私がこの村で『夢の配達員』として生きていく本当の意味だから。綺麗な夢じゃなくて、本当の夢を運ぶわ」
 灯は、もう一人の自分を力強く抱きしめた。
 その瞬間、夜糸の体は淡い光の粒子となって、灯の胸の中へと吸い込まれていった。灯の瞳の奥に、一瞬だけ引き裂かれるような鋭い痛みが走ったが、それはすぐに心地よい、確かな重みへと変わった。彼女は今、村全体の「痛み」と、自分自身の「真実」を、その小さな体の中に全て収めていた。それは重かったが、決して耐えられない重さではなかった。