透明な島の給食当番 第1話「プロローグ:透明な朝」
潮成島(しおなりじま)の朝は、潮の香りと共にやってくる。だが、その日は少しだけ違っていた。枕元に置いていた目覚まし時計のアラームが鳴る前に、僕は窓の外から差し込む奇妙な光で目を覚ました。
潮成島(しおなりじま)の朝は、潮の香りと共にやってくる。だが、その日は少しだけ違っていた。枕元に置いていた目覚まし時計のアラームが鳴る前に、僕は窓の外から差し込む奇妙な光で目を覚ました。
カーテンを開けると、そこには「透明な世界」が広がっていた。
「ああ、今日は『休息』の日か」
僕は小さく欠伸をして、まだ眠い目をこすりながら呟いた。大潮の干潮時、特定の気圧と潮位が重なった時にだけ訪れる、島の休息。地面も、立ち並ぶ家々も、生い茂る木々も、まるで高度な光学迷彩を施したかのように透き通る。僕が立っている二階の部屋の床さえも透明になり、階下で朝食の準備をする母さんの姿が、まるで空中に浮いているかのように見える。
この島で生まれ育った僕たちにとって、それは驚くようなことではない。天気予報で「明日は雨でしょう」と言われるのと同じくらい、あるいは季節の移り変わりを感じるのと同じくらい、自然な日常の一コマだ。僕は透明な階段を踏みしめ、一階へと降りた。足の裏に伝わる冷たい感覚と、微かな木の軋みだけが、そこに確かに物質が存在することを教えてくれる。視線を足元に向ければ、家の土台を支える基礎のコンクリートや、その下の湿った土、さらには土壌の中を這う木の根までが、レントゲン写真のように克明に見て取れる。
「凪(なぎ)、今日は学校、気をつけてね。透明な日は距離感が狂いやすいんだから。特に階段と段差には注意しなさいよ」
母さんが空中に浮いたフライパンを揺らしながら言った。目玉焼きの焼ける香ばしい匂いが、透明な空気の中を漂ってくる。匂いだけは透明にならないのが、なんだか不思議な感じがする。
「わかってるよ。給食当番だし、早めに行くね」
僕は朝食を素早く済ませ、ランドセルを背負って外に出た。透明な道を歩き、透明な校舎へと向かう。潮成小中学校の分校は、海を見下ろす高台にある。透明化した校舎は、まるで巨大な水晶の彫刻のように朝日に輝き、内部の構造材や配管までもが繊細なラインとなって浮かび上がっていた。廊下を歩けば、壁の向こう側にある教室の机や椅子が透けて見え、さらにその向こうにある青い海までが一望できる。空と海と校舎が一体となったその景色は、何度見ても息を呑むほど美しい。
「凪(なぎ)、今日は学校、気をつけてね。透明な日は距離感が狂いやすいんだから」
母さんが空中に浮いたフライパンを揺らしながら言った。目玉焼きの焼ける香ばしい匂いが、透明な空気の中を漂ってくる。
「わかってるよ。給食当番だし、早めに行くね」
僕は朝食を素早く済ませ、ランドセルを背負って外に出た。透明な道を歩き、透明な校舎へと向かう。潮成小中学校の分校は、海を見下ろす高台にある。透明化した校舎は、まるで巨大な水晶の彫刻のように朝日に輝いていた。廊下を歩けば、壁の向こう側にある教室の机や椅子が透けて見え、さらにその向こうにある青い海までが見渡せる。
僕は透明な廊下の隅で、ふと足を止めた。古い木造の壁だったはずの場所を透かして見ると、そこにはかつての卒業生が彫ったと思われる落書きが浮かび上がっていた。
『言えないことは、海に書け』
それは、不透明な日常では決して見ることのできない、島の記憶の一部だった。僕はその言葉を指先でなぞり、今日という日が少しだけ特別なものになる予感を感じていた。ハルが転校してしまうまで、あと二日。今日の給食は、彼と一緒に食べられる最後から二番目の食事になるはずだった。