夜の交差点にだけ咲く花

夜の交差点にだけ咲く花 第12話「第12章:花を咲かせ直す」

タワーの最上階から見下ろす汐留の街は、まるで地上に降りた天の川のようだった。 朔が操作した共鳴信号によって咲き乱れたメモリア・リリーは、タワーから放たれた葵の光を受け取り、さらなる輝きを増していた。それは物理的な光であると同時に、人々の意識の深層に届く「記憶の波」でもあった。 成瀬は、力なくコンソールの前に座り込んでいた。彼の野望を支えていたサーバー群は過負荷で沈黙し、奪い取った記憶のデータはすべてネットワークを通じて元の場所――すなわち、この街の土壌へと還っていった。 「……無駄だ。こんなことをしても、明日になれば重機が入り、この交差点は潰される。花も、根も、すべてはコンクリートの下に埋もれ

タワーの最上階から見下ろす汐留の街は、まるで地上に降りた天の川のようだった。
 朔が操作した共鳴信号によって咲き乱れたメモリア・リリーは、タワーから放たれた葵の光を受け取り、さらなる輝きを増していた。それは物理的な光であると同時に、人々の意識の深層に届く「記憶の波」でもあった。
 成瀬は、力なくコンソールの前に座り込んでいた。彼の野望を支えていたサーバー群は過負荷で沈黙し、奪い取った記憶のデータはすべてネットワークを通じて元の場所――すなわち、この街の土壌へと還っていった。
「……無駄だ。こんなことをしても、明日になれば重機が入り、この交差点は潰される。花も、根も、すべてはコンクリートの下に埋もれる運命なのだ」
 成瀬の掠れた声に、柚葉は首を振った。
「いいえ、埋もれるんじゃないわ。根を張るのよ」
 柚葉は窓の外、白い花々に包まれた街を見つめた。
「記憶は消えない。形を変えて、私たちの心の中に生き続ける。お姉ちゃんが教えてくれたのは、そういうことだったの」
 タワーを下りる際、柚葉と朔は信じられない光景を目にした。
 再開発地区のフェンスの外に、多くの人々が集まっていたのだ。深夜にもかかわらず、近隣の住民や、かつてこの街に住んでいた人々が、吸い寄せられるように集まってきていた。
 彼らは、自分たちの足元に咲く花に触れていた。
 ある者は涙を流し、ある者は懐かしそうに微笑み、ある者は隣にいる家族の手を強く握りしめていた。
「お父さんの声が聞こえる……。あの時、怒ってばかりでごめんねって……」
「私の初恋の時の言葉だ。こんなところに咲いていたなんて」
 そこかしこで、小さな奇跡が起きていた。花を摘む者は一人もいなかった。誰もが、その声を大切に持ち帰ろうとしていた。かつての「摘み人」たちも、その圧倒的な光の前では、自分の空虚さを埋めるために花を消費することの愚かさを悟ったのか、静かに立ち尽くしていた。
 朔は、工事用の重機の影で足を止めた。
「柚葉、俺はここでお別れだ」
「えっ、どうして?」
「俺は、このシステムを作った責任を取らなきゃならない。成瀬と共に、警察や関係当局にすべてを話すつもりだ。それが、俺なりの『咲かせ直し』の第一歩だから」
 朔の表情は、出会った頃の冷たさが消え、朝焼けを待つ空のように澄んでいた。
「でも、朔さん……」
「大丈夫だ。君にはもう、葵さんの種がある。それに、この街の記憶の地図もね」
 朔は柚葉の頭を軽く叩くと、自ら警察の車両が近づいてくる方向へと歩き出した。
 東の空が、白み始めていた。
 夜明けの光が街を照らすと、あんなに鮮やかに咲き誇っていたメモリア・リリーたちは、朝露に溶けるように静かに姿を消していった。アスファルトの亀裂は元のままだが、そこにはもう、荒廃したイメージはなかった。
 数日後、リライト・ホールディングスの不正が公になり、汐留の再開発計画は大幅な見直しを余儀なくされた。強引な立ち退きや記憶の売買プロジェクトは中止され、街は「過去と共生する」という新しいコンセプトのもとに再設計されることになった。
 六角交差点は、葵が望んだ通り、公園として保存されることが決まった。
 柚葉は、大学の授業が終わると、よくその場所を訪れるようになった。
 工事が止まった交差点の中央で、彼女は葵から託された「種」を、最も日当たりの良い土の隙間に植えた。
 それは目に見える花を咲かせることはなかったが、柚葉がそこに立つたび、足元から温かな鼓動が伝わってくるのを感じた。