夜の交差点にだけ咲く花 第11話「第11章:言えなかった一言」
光が爆発した。 視界が真っ白に染まり、次の瞬間、柚葉はあの雨の夜の交差点に立っていた。 目の前には、オレンジ色のカーディガンを着た葵がいる。 時間は止まっている。トラックのヘッドライトが葵を照らし出す、あの残酷な瞬間のまま。 けれど、以前と違うのは、葵がこちらを見ていることだった。彼女の瞳には恐怖はなく、ただ穏やかな慈しみだけが湛えられていた。 『柚葉、来てくれたんだね』 声が聞こえた。それは耳で聞く音ではなく、心に直接響く温かな波動だった。 「お姉ちゃん……ごめんなさい。私、あの時、助けられなくて……何も言えなくて……」 柚葉の頬を涙が伝う。三年間、ずっと胸に溜まっていた泥のような後悔が、葵
光が爆発した。
視界が真っ白に染まり、次の瞬間、柚葉はあの雨の夜の交差点に立っていた。
目の前には、オレンジ色のカーディガンを着た葵がいる。
時間は止まっている。トラックのヘッドライトが葵を照らし出す、あの残酷な瞬間のまま。
けれど、以前と違うのは、葵がこちらを見ていることだった。彼女の瞳には恐怖はなく、ただ穏やかな慈しみだけが湛えられていた。
『柚葉、来てくれたんだね』
声が聞こえた。それは耳で聞く音ではなく、心に直接響く温かな波動だった。
「お姉ちゃん……ごめんなさい。私、あの時、助けられなくて……何も言えなくて……」
柚葉の頬を涙が伝う。三年間、ずっと胸に溜まっていた泥のような後悔が、葵の光に触れて溶け出していく。
『謝らないで。私はね、あの時、悲しくなかったんだよ。だって、大切なものを守れたから』
葵は自分の胸元に手を当てた。そこには、あの「種」が輝いていた。
『この街の記憶は、誰の所有物でもない。それはこれからを生きる人たちが、迷った時に立ち返るための光なの。柚葉、あなたは私の死に囚われるために生きてるんじゃない』
葵が一歩、近づいてくる。彼女の手が、柚葉の頬に触れた。その温もりは、紛れもなく生きていた頃の姉のものだった。
「お姉ちゃん、何を言おうとしていたの? あの時、最後の一言は……」
葵は微笑んだ。その表情は、柚葉が知る中で最も美しく、力強かった。
『私が言いたかったのはね――』
葵の唇が動く。
『――柚葉、私の分まで今日を笑って。そして、この光を未来へ繋いで』
それは怨嗟でもなく、未練でもなかった。
遺された者への、究極の祝福だった。
葵の手から「種」が離れ、柚葉の手のひらへと移った。その瞬間、葵の姿は無数の白い花弁となって散り、雨の夜の景色は光の中に溶けていった。
現実の世界。
中央制御室のガラス容器が粉々に砕け散った。
そこにはもう、蕾はなかった。代わりに、柚葉の目の前で一輪の巨大な白い花が、アスファルトを突き破って咲き誇っていた。
その花から溢れ出した光は、タワーのサーバーを焼き切り、成瀬の野望を完全に沈黙させた。そして光はタワーを駆け降り、汐留の街じゅうに咲く花々へと伝播していった。
人々が眠る街に、温かな「ささやき」が満ちていく。
それは失われた過去を嘆く声ではなく、明日を生きるための勇気を与える、数え切れないほどの「愛の言葉」だった。
「……ありがとう、お姉ちゃん」
柚葉は、咲き誇る花を摘むことなく、ただ静かに抱きしめた。
彼女の心の中にあった未練は、もうどこにもなかった。代わりに、葵から託された「種」が、温かな鼓動を刻んでいた。