灰色砂漠の病院船

灰色砂漠の病院船 第12話「第十一章:選択の終焉」

砂嵐が去った後の灰海は、鏡のように静まり返っていた。 ナディール号のデッキに立つソラの頬を、冷たいが清々しい風が撫でる。船体は満身創痍で、あちこちに補修の跡が痛々しく残っているが、それでも白い船体は朝陽(灰の層を通した鈍い光だが)を浴びて輝いていた。 車椅子に乗ったエリオが、ソラの隣に並んだ。彼の足は石英化が進み、二度と歩くことはできない。だが、その瞳には以前のような絶望はなく、希望の光が宿っていた。 「……ありがとう、ソラ。君がいなければ、俺は今頃、灰の下で物言わぬ石になっていた」 「お礼を言うのは私の方です、エリオさん。あなたのおかげで、私は医療の本当の意味を知ることができました」 エリオ

砂嵐が去った後の灰海は、鏡のように静まり返っていた。
 ナディール号のデッキに立つソラの頬を、冷たいが清々しい風が撫でる。船体は満身創痍で、あちこちに補修の跡が痛々しく残っているが、それでも白い船体は朝陽(灰の層を通した鈍い光だが)を浴びて輝いていた。
 車椅子に乗ったエリオが、ソラの隣に並んだ。彼の足は石英化が進み、二度と歩くことはできない。だが、その瞳には以前のような絶望はなく、希望の光が宿っていた。
「……ありがとう、ソラ。君がいなければ、俺は今頃、灰の下で物言わぬ石になっていた」
「お礼を言うのは私の方です、エリオさん。あなたのおかげで、私は医療の本当の意味を知ることができました」
 エリオは懐から、小さな試験管を取り出した。中には、あの青い花の種がいくつか収められている。
「俺はこれから、居住ドームに戻ってこの種を増やす研究を始める。君が見せてくれたあのビジョンを、現実にするためにね」
「楽しみにしてます。いつか、この船が緑の海を走る日が来るのを」
 二人が話していると、背後から足音が聞こえてきた。
 振り返ると、そこにはリナが立っていた。彼女の腕には包帯が巻かれ、以前のような冷徹な威圧感は影を潜めていた。
「エリオさん。あなたの退院許可証よ。……それと、これはあなたのスケッチブック」
 リナはエリオに荷物を手渡すと、ソラに向き直った。
「ソラ。……さっきの質問の答え、本当のことを言いなさい。あなた、私のことを『お母さん』と呼ぶのをやめたわね」
 ソラはドキリとした。無意識のうちに、呼び方が「リナ先生」に戻っていたのだ。
「それは……」
「いいのよ。あなたが何を失ったのか、私にはわかる。……私は、あなたから二度も、母親としての私を奪ってしまったのね」
 リナの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。感情を捨てたはずの彼女が流す、初めての涙だった。
「……違います、リナ先生。私は、新しい記憶を作るために、古い記憶を整理しただけです。……ねえ、先生。これから、私に医療のすべてを教えてください。母としてではなく、一人の医師として、私を導いてほしいんです」
 ソラはリナの手を握った。かつては冷たく感じたその指先が、今は驚くほど温かく感じられた。
 リナはしばらくソラの手を見つめていたが、やがて力強く握り返した。
「……ええ。覚悟なさい、ソラ救命士。私の授業は、砂嵐よりも厳しいわよ」
 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
 そこには、血の繋がりや過去の記憶を超えた、新しい「信頼」という名の絆が芽生え始めていた。