灰色砂漠の病院船 第11話「第十章:崩壊するナディール」
「ソラ! 目を開けて! ソラ!」 激しく肩を揺すられ、ソラは意識を取り戻した。 視界に入ってきたのは、煤で汚れ、必死の形相で自分を呼ぶカイルの顔だった。 「……カイル? 砂嵐は……?」 「終わったよ。でも、船がヤバいんだ! ホバーエンジンが灰で埋まって、このままじゃ灰海に沈没する!」 船内は激しく傾斜し、至る所から警報音が鳴り響いている。非常用ライトの赤い光が、壁を伝う灰の筋を不気味に照らし出していた。 「リナ先生は!?」 「船長はエンジンルームだ! 手動で灰を排出して、出力を安定させようとしてる。でも、あそこはもう灰が充満してて……」 ソラは飛び起きた。まだ頭が割れるように痛んだが、そんなこ
「ソラ! 目を開けて! ソラ!」
激しく肩を揺すられ、ソラは意識を取り戻した。
視界に入ってきたのは、煤で汚れ、必死の形相で自分を呼ぶカイルの顔だった。
「……カイル? 砂嵐は……?」
「終わったよ。でも、船がヤバいんだ! ホバーエンジンが灰で埋まって、このままじゃ灰海に沈没する!」
船内は激しく傾斜し、至る所から警報音が鳴り響いている。非常用ライトの赤い光が、壁を伝う灰の筋を不気味に照らし出していた。
「リナ先生は!?」
「船長はエンジンルームだ! 手動で灰を排出して、出力を安定させようとしてる。でも、あそこはもう灰が充満してて……」
ソラは飛び起きた。まだ頭が割れるように痛んだが、そんなことを気にしている暇はなかった。
「エリオさんは!?」
「オペは成功したみたいだ。バイタルは安定してる。でも、今は彼を運ぶ余裕がない。ソラ、君は先に救命艇へ……」
「嫌よ! 母さんを一人にはさせない!」
ソラはカイルの制止を振り切り、傾いた通路をエンジンルームへと走った。
エンジンルームの重厚な扉を開けると、そこは地獄のような光景だった。高熱の蒸気が立ち込め、破砕された灰が吹雪のように舞っている。その中心で、リナが巨大なレバーにしがみつき、必死に灰の排出バルブを開こうとしていた。
「母さん!」
「来るなと言ったでしょう! 早く救命艇へ行きなさい!」
リナの叫びは、蒸気の音にかき消されそうだった。彼女の白衣はボロボロになり、腕の石英病の傷跡からは、微かな光が漏れ出していた。
「私も手伝うわ! 二人なら回せる!」
ソラはリナの隣に駆け寄り、熱を帯びたレバーを共に握った。
「馬鹿な子……! あなたは助かったのよ、せっかく繋いだ命なのに!」
「繋いでくれたのは母さんでしょう! だから、今度は私が母さんを助けるの!」
二人の力が合わさり、固着していたレバーがゆっくりと動き始めた。
ゴゴゴ……という地響きと共に、船底のバルブが開放される。堆積していた灰が一気に船外へと排出され、沈黙していたホバーエンジンが再び咆哮を上げた。
「出力回復! 浮上します!」
ブリッジのカイルの声が響く。ナディール号は灰の底から力強く浮き上がり、再び灰の海の上にその姿を現した。
だが、安堵の瞬間、リナの膝が折れた。
「母さん!」
ソラが抱きかかえると、リナの体は驚くほど軽かった。彼女は限界を超えて、自らの生命エネルギーすらも船の起動に注ぎ込んでいたのだ。
「……ソラ。あなたは、何を忘れたの?」
リナが掠れた声で問うた。手術の代償として、ソラが差し出した記憶のことだ。
ソラは一瞬、自分の記憶の引き出しを確認した。
……確かに、いくつかの断片が消えている。幼い頃に見た夢の内容、初めて覚えた歌のメロディ、そして――。
「……わからないわ。でも、大切なことは覚えているから。大丈夫よ、母さん」
ソラは嘘をついた。彼女が失ったのは、他ならぬ「母リナが自分に微笑んでくれた、唯一の記憶」だった。だが、それを伝えてしまえば、リナは再び自分を責めるだろう。
リナはソラの嘘を見抜いているのかいないのか、ただ静かに目を閉じ、娘の腕の中で微かな吐息を漏らした。