空脈を穿つ鉱夫の子 第12話「第十一章」
竜害局の隊長が来たとき、空は低く垂れこめ、鉛色の帯が山頂をぐるりと取り巻いていた。隊長――老獪と称すべき年季の皺を顔面に刻んだ男は、黒革の外套を羽織り、腰には古い火薬筒の痕がある木箱をぶら下げていた。彼の周囲を固める官兵たちは、ラグ=ベルで見慣れた粗末な兵装とは違い、町の外に配された竜害局の威を示す新調の鉄具で身を包んでいる。
竜害局の隊長が来たとき、空は低く垂れこめ、鉛色の帯が山頂をぐるりと取り巻いていた。隊長――老獪と称すべき年季の皺を顔面に刻んだ男は、黒革の外套を羽織り、腰には古い火薬筒の痕がある木箱をぶら下げていた。彼の周囲を固める官兵たちは、ラグ=ベルで見慣れた粗末な兵装とは違い、町の外に配された竜害局の威を示す新調の鉄具で身を包んでいる。
「巣を潰せばいい。竜を殺せ。そうすれば竜害は終わる」隊長は簡潔に言った。声には論拠があった。過去の事例の数値、複数の山で同じ処置が成功したという報告書の断片、補償に関する王都の予算、彼らにとってはすべて確たる根拠であり、決断の後押しになった。
レオルは人混みの端で、赤晶石を鷲掴みにした。掌に伝わる石の重みは冷たく、指先から体温が失われていくのを彼は感じた。隊長の言葉は被害を数字で切り取る。たしかにそのやり方は効率的だった。だが彼の前世の記憶が、すぐに画像ではなく「場」の匂いと音と温度としてよみがえった。都市部で見送った人々の顔、避難所の雑然とした列、機械のカタカタという音……画面越しに警報を出していたころの自分は、最悪の数値を避けるために誰かの生活を切り捨ててしまってはいなかったか。ここで同じ選択をすることはできない、と彼は胸の奥で答えを出した。
「爆破して埋めるのか」ユードが尋ねる。騎士だが、今は軍靴よりも泥の付いた長靴のほうが似合っている。ユードの背にはかつての剣の鞘があるが、彼の眼は刃に惹かれることなく、避難路と橋のことだけを見据えていた。
隊長はうなずいた。「古い坑道を塞いで密閉させる。圧力はそこで終わる。山は呼吸を失うかもしれぬが、外界に流れる脈は止まる。犠牲は出るが、領地単位で見れば損害は限定される」
セファは表情を固めた。彼女は王都の側に立つ測量官であり、隠してきた図面をいまや人目に晒さざるを得ない立場にある。だが、王都が過去に同じ手法を用い、ある山の空脈を隣国へ押しつけた可能性についてぼそりと口を滑らせると、官兵の一人が拳を硬くした。レオルはその言葉に気づいた。方法は有効であっても、適用の仕方が正しいかどうかは別問題だ。結果の分配が公平でないなら、それは暴力と変わらない。
隊長の目は、彼らに注がれた。だがレオルは前へ出た。少年の震える声は、自信満々の宣告などではなく、観測士としての冷静な報告だった。彼は短く、だが一つずつ確かめるように言葉を並べる。
「積乱雲はまだ完全に成熟していない。雲底は山腹と同じ高さに近づいているが、対流核は街の西側で発達している。竜が移動する際に使う気流は、地下の通気孔と同調している。巣守竜は必ずしも攻撃的ではない。むしろ通気の回復を図っている」
隊長は嘲った。「それがどうした。空気の流れがどうであれ、巣守竜が通気孔を破壊している。破壊される前に潰す。単純明快だ」
「単純であっても正義ではない」ミナが歯を食いしばった。彼女は小さなハンマーを腰に下げ、耳を閉ざすことなく地面に手を当てていた。彼女の手は鉱脈の振動を拾い、周囲の人々には聞こえない周期を数えている。ミナの顔には決意があった。観測を公論へ変えるために、彼女は自分にできる最も現実的な働きをするつもりだった。
レオルは一つの提案を口に出した。口調は静かで、それでいて怯えは含まれていなかった。「竜を殺さずに、通気を回復する。旧坑道を導通させ、竜が自ら地下へ熱を逃がせるようにする。爆破で封じれば、熱と蒸気は別の経路を探し、遠くの集落を襲うかもしれない。ここで死者の数を減らすなら、被害の分配も我々の責任だ」
官兵の一人が低く笑った。「理想論だ。そんなことができるなら、なぜ王都はそれをやらなかった?」
レオルは掌の赤晶石を強く握りしめた。血が石の冷たさで走る感覚。彼は前世で窮地の際に使った判断を思い出す――機器の故障で数値が欠けた夜、経験と直観を使って雲の挙動を推定し、警報を出すかどうかを決めた。あのときの恐怖は、今と似ていた。だが今回は観測はひとりではない。仲間がいる。村がいる。彼は言葉を続けた。
「一度だけ大規模な観測を行う。風の主流を遅らせ、竜の進路を地下へ誘導する。成功すれば竜は巣へ戻らず、封じられた通気孔に向かうはずだ。だが条件がある。媒介する鉱石は、私がこれまで掘り出した赤晶石の中で最良のものを使う。扱いを誤れば逆流を引き起こす。使用後は体温が急降下する。肺が冷える。私は一度だけしか耐えられない。そこを仲間が繋いでくれれば、道は開ける」
周囲がざわついた。官兵の隊長は眉を上げた。ユードは短く息を吐き、腕を組んだ。彼の瞳はまっすぐにレオルを見ている。ユードはかつて試合で負けを喫した騎士ではない。彼は自分が守るべき人を守ることを知っている。ミナは細い手でハンマーを握り直し、セファは図面の端に指を這わせていた。
「一度だけだな」ユードが言った。「君一人で背負うな。俺たちが後を取る」
計画が決まらぬうちに、隊長は自分の決断を実行に移すために指示を出し始めた。火薬を携えた隊が山肌へと分け入る。彼らは旧坑道のいくつかに爆薬を縫い付け、同時に崩落させれば竜は逃げ場を失うという計算のもとに動いている。レオルはその動きを見て、時間がないと悟った。彼らのやり口は恐ろしいほど合理的だ。だが合理は時に人間の道徳を踏みにじる。
準備は夜通しに及んだ。ミナは打音の順序を作り、各班が合図を理解できるように手を動かした。彼女の声は低い歌になり、作業者たちはその拍に合わせて梁を運んだ。セファは封印の杭の位置を確認し、古い通気孔の鍵を探し出した。ユードは兵と町民の間を行ったり来たりし、剣ではなく声で命令を下した。レオルはいつでも使えるように鉱石を胸に抱き、観測ノートに細かな数値を書き連ねた。彼の筆致は前世の報告書のように正確だが、そこには今世で学んだ人々の名前が添えられている。
夜半、積乱雲の縁が鈍く光るのが見えた。雷はまだ到来していないが、山の空気は震え、遠くで地鳴りのような低い呼吸が繰り返された。隊長の火薬隊が狙うポイントの近くで、旧通気孔の扉を覆う岩盤が不安定にきしんだ。もし爆発が起きれば、岩盤は砕け、風の流れは劇的に変化するだろう。レオルは石を胸に締めつけ、呼吸を整える。
彼は詠唱をしない。代わりに観測記録を小声で紡いだ。数値と事実だけを、神経が切断されるかのように短く並べる。言葉は詩ではなく計器の読み取りだった。
「風向――北北西へ寄る。雲底、三十間。地温急上昇。地下圧、上昇局所。通気孔三個、鎖付。竜の呼吸周期、二十秒。可能性、五分の三で誘導成功」
ミナは打音を変えた。彼女のハンマーの一打が、坑道の隅を震わせ、共鳴音が低く波打つ。音は合図であり、レオルの視界に重なる空脈の入り口を振動させる。石たちは彼女の指示に応える。ある鉱石は濁った音を返し、あるものは透き通った高域を告げた。ミナは最も清い音を選び、列を作る。打音は次第に速まり、空気の振幅が変化するのを誰もが感じた。
官兵の側にいる火薬手が導火線に火をつける。火花は暗闇に溶け込み、尾を引いて岩肌へと進んだ。隊長は腕時計の針を見て、結果を期待するように唇を緩めた。その瞬間、レオルは赤晶石を拳の中で叩い