継ぎ目の王冠と廃都の修復士

継ぎ目の王冠と廃都の修復士 第1話「序章」

前世での終わりは、あまりにも唐突だった。三十歳の夜、交差点の突風に煽られて転がった自転車と、信号待ちの列の隙間から飛び出してきたトラック。見慣れた街灯が溶けるように散り、鳴り止まないアラームとともに視界が分断された瞬間、綴(つづる)はひどく静かな「切断」を感じた。それが終わりだと理解したとき、同時に始まっていたのは、別の朝の匂いと、まだ硬さの残る十六歳の身体だった。

前世での終わりは、あまりにも唐突だった。三十歳の夜、交差点の突風に煽られて転がった自転車と、信号待ちの列の隙間から飛び出してきたトラック。見慣れた街灯が溶けるように散り、鳴り止まないアラームとともに視界が分断された瞬間、綴(つづる)はひどく静かな「切断」を感じた。それが終わりだと理解したとき、同時に始まっていたのは、別の朝の匂いと、まだ硬さの残る十六歳の身体だった。

再生した体は小さく、骨の位置が違う。だが手先の感覚だけはどこか前の人生の居残り物で、金属と紙をこねくり回して直すことに馴染んでいた。転生と言えば大仰に聞こえるが、綴はただ日々を繋ぎ合わせ、古い習慣──壊れたものを分解し、なぜ壊れたのかを突き止める作業──を繰り返していた。ある種の練習が、そのまま彼の肌となって残っていたのだ。

その日は、王国の都市部にある白い会場まで妹・真帆(まほ)を送り届けるために来ていた。真帆は召喚候補として名を連ね、評定を受ける日。綴は付き添いの位置でいるつもりだった。真帆は彼を頼もしげに見上げ、いつもの無邪気さで「兄ちゃん、見に来てくれたんだね」と笑った。彼女の笑顔は、十六歳の身体に馴染んだ綴にとって唯一の「過去」の接続点だった。紙で折った小さな王冠──財布にいつも挟んでいる角の擦れた切れ端──を彼は指で確かめる。子どもじみたそれに触れるたび、前世の夜の台所や、真帆と笑った日々の欠片が、ふっと戻る。

会場は冷たい白だった。高い天井から布が垂れ、王国の紋章が繰り返される。適性者召喚と呼ばれる行事は、国が若者たちの能力を判定し、必要な人材を配属するための公開儀式だ。光が床に円を描くと、人々の息遣いが一斉に静まる。綴は壇上の方へ目を向けた。そこには複数の若者と、光を注ぐための円陣が整えられている。真帆の肩が震えた。彼女は緊張と期待で目を輝かせていた。

光が上がる。白が膨らみ、会場の空気が絹のように張る。しかし、綴だけが聞いた。会場全体に紛れない、低く太い唸り。陶器の縁を指で擦るような高い擦過音と、それに重なる水の底のうなり。視界の中央で光が一瞬、ぽっかりと黒く沈んだ。そこから、藍と灰色の古びた文字片が宙へ浮かび上がる。空中に散った破片は、まるで水面に浮いた埃のように揺れた。

人々は歓声を上げ、役人は判定板をめくった。綴は壇上の継ぎ目に目を凝らす。磨かれた石床の一枚が、ほんのわずかに膨らみ、縁には細い亀裂が走っている。彼の指先が無意識にその縁を追うと、琥珀色の細い線が足元からにゅうっと伸びて、石の継ぎ目に沿ってほのかに光った。線は彼の触れた場所だけに明瞭に現れ、触れた瞬間、石の表面に重なっていたいくつもの手つきが透けた。古い服の袖、泥にまみれた手、泣き声、笑い声。断片的な情景が重なり、たちまち消えた。

「管理者認証、未登録」

空気に混じった低い声。機械のようで、老人の喉の奥のようでもある。綴は首筋に冷たいものを感じた。前世の感覚がふっと戻る。壊れたトースターの基板を覗き込み、焦げたはんだを見つけた夜。配線を一本抜くときの緊張。だが同時に、何かが剥がれ落ちるのも感じる。最後に職場で交わしたほんの些細な言葉が、指先の熱と一緒に薄れていく。はっきりしていたはずの上司の言葉が、一語だけ白く抜け落ちるようだ。綴は咄嗟に紙の王冠を握り直した。記憶の綻びを指先で縫い留めるように。

判定は進み、壇上では次々と色のついた称号が与えられていく。剣を振る者、歌を紡ぐ者、賢者めいた色を帯びた者たち。綴の番が回ってくる前に、王宮の役人が彼の周囲を囲んだ。役人の目は冷たく、計算された効率で動く。誰かが言った。「この者の周辺で異常が発生した。調査のため、現地へ向かわせるのが適当だろう」。声は淡々としているが、そこには見捨てるような軽さも混じる。

「貴方の適性は『修復』、ただし限定的です」

判定官の言葉は、廊下の壁にかかる古い時計の針が一つ進むような冷たさを伴っていた。綴はその「限定的」という言葉を聞き、腹の奥がぽつりと冷えた。だが彼の身体は、先ほど触れた石板の感触を忘れてはいなかった。その感触は言葉以上に確かな予感を残す。直せるものがあるかもしれない、という予感だ。

会場の喧騒の中で、真帆は既に王宮の保護区へと連れて行かれていた。役人たちは召喚した者の保護を優先し、真帆はその流れの中に消える。綴は別室へ連れて行かれ、そこで数枚の書類に判を押される。「調査」「派遣」「現地報告」──簡潔で取り繕われた言葉。だが、そこに書かれていない因果こそが綴を今後縛るのだと、彼はまだ知らない。

扉が閉まる直前、綴は真帆の姿を一瞥した。壇上で浮かんだ白い光の記憶と、今閉じられる扉の金属の冷たさが、彼の中で重なり合う。誰かが予め用意した物語のように、彼は数行の説明で廃都へと送られることになった。理由は簡潔だ。異常の近傍に居合わせた者であり、調査に都合が良いから。責任追及よりも、都合の良さが優先された。

綴は紙の王冠をポケットに押し込み、椅子から立ち上がる。前世の身体の軋みを知る者としての自意識と、生まれ直した十六歳の軽さの間に、自分の心が引き裂かれるのを感じた。だがそれでも、彼は足を進めた。石の継ぎ目に現れた琥珀色の線が、まだ彼の掌に温かく残っている。直せるかどうかは分からない。だが見つめることならできる。見落としてきた欠片を拾い上げ、何が崩れたのかを確かめることなら、自分にもできる気がした。

外へ出ると、夜の車が待っていた。監視を名目にした白い車両の中で、窓の外の街灯が流れる。遠くから一つだけ、低い鐘の音が響いた。陶器を指でなぞるような擦過音と、水路のうなりが同時に重なった瞬間、綴の胸に小さな声が残る。「管理者認証、未登録」──それが誰の声なのか、機械の警告なのかは分からない。ただ一つ確かなのは、光の中央が黒く沈んだこと。そして、自分がそこに居合わせたという事実だった。車は廃都へと向かう。綴は紙の王冠をぎゅっと握り直し、未来の継ぎ目に手を伸ばした。