獣灯りの聖域医師 第11話「第十章」
会場となった広場は、いつもの祭りの準備でざわついていた。幾重にも張られた色布が風に揺れ、屋台の台に並んだ粗末な菓子や保存肉の樽が昼の光を受けて鈍く光る。だがそのにぎわいに釣り合わないほど、広場の中央に貼られた紙が黒く目立っていた。大きな文字が筆で一気に引かれており、その墨の濃さが、見た人々の顔を鈍く曇らせていた。
会場となった広場は、いつもの祭りの準備でざわついていた。幾重にも張られた色布が風に揺れ、屋台の台に並んだ粗末な菓子や保存肉の樽が昼の光を受けて鈍く光る。だがそのにぎわいに釣り合わないほど、広場の中央に貼られた紙が黒く目立っていた。大きな文字が筆で一気に引かれており、その墨の濃さが、見た人々の顔を鈍く曇らせていた。
「疫病は神罰である。神殿の清めの怠慢が招いた。祭礼の再開は神の赦しの証だ。従わぬ者には厳しき裁きがある」
その声明を読み上げる声は太く、広場の端々まで届いた。ヴァルグは宣言の横に立ち、掌を大きく広げて見せ物じみた笑みを浮かべる。彼の背後には組合の腕力者が数人、威圧的に立っていた。人々の頭の隙間から、疑いと安心の入り混じった視線が寄せられる。祭りを取り戻せると言う男の言葉は、日々の食を前にした村人にとって救いにも聞こえた。
リトはその場に立ち尽くしていた。胸の中で、角獣の浅い呼吸と人の濁った鈴のような音がまだ鳴っている。ヴァルグが神罰だと断じると同時に、仲間の小さな動きがリトの視界に入った。カイは診療台の端で薬草袋をぎゅっと抱え、ミナは鉱道で使う粗い手袋をずらしながら額に汗を滲ませている。オルドは聖堂の影で、古い巻物を胸に抱えていた。彼らもまた、言葉や威圧で事を片付けられるほど単純ではないことを知っている顔だった。
「組合は、祭礼を買い戻すことを約束する。だが、そのためには皆の協力が要る。病を見せて、神へ贖いをささげよ。故に神殿の救済手順を厳守し、装束を整え、祭礼の供物を改めて献ぜよ」
ヴァルグの言葉はまるで火種を投げつけるようだった。恐れはすぐに形を変えて、互いを責める口実を作る。ある老婆が目を伏せ、また別の若者は唇を震わせた。それでも、胸の奥に怒りが芽吹く者がいる。リトはその怒りを押し上げて、言葉にしようとしたが、ただ「違う」と叫んでも、力のある者の説得力に勝てるとは思えなかった。
オルドが一歩前に出た。古びた綿の袍を静かに撫で、聖堂の水盤の水滴のように落ち着いた声で言った。「我らの祖先は記している。『命を見捨てるは汝の手にあらず。汚れを隠して神に告げるは、怠りの始まりなり』。我らは神殿で祈るのみならず、手で洗い、言で分かち合い、行動で守ると定められておる」
オルドは披露していた巻物をゆっくり広げた。紙は薄く、縁は煤けていたが、銀色の朝の光にかざされると文字が浮かび上がった。文字は宗教的な比喩に満ちていたが、オルドはそれを丁寧に「実務」へ翻訳し始める。「水の分け方、汚れた食の処理、隔離の扱い。これらは神罰の有無を判断するためでなく、命を守る手順である」と、彼は続けた。
広場の空気が一度だけ止まる。耳鳴りのような沈黙の後、誰かが小さく息を漏らした。リトはオルドの言葉を受け取り、服の裾を握りしめると、低い声で付け加えた。「私たちは罰を与えるために隔離するのではなく、病が広がるのを防ぐために距離を取るだけです。祭りを一時止めることは、誰かを罰することではありません。次の季節を皆で迎えるための準備です」
その発言は、祭りを待ちわびていた者の耳に届きにくかった。ヴァルグは笑い出す。笑い声は広場の暖かさを切り裂いた。「子どもが大人に説教するな。お前たちは恐怖に駆られているだけだ。祭りが止まれば商いは止まる、商いが止まれば家は食えぬ。神殿が賠償するのか? 神殿の小さな財布で皆の冬を支えるのか?」
会衆の間でささやきが波打った。確かに、祭りの売り上げは村の一年を支える糧である。リトはその現実を否定しなかった。彼女の前世の手は、ずっと現実と向き合って助けを差し伸べる癖を残していた。動物の世話をしていた頃、奇跡を祈るだけでは子が死ぬと知っていた。熱をはかり、消毒し、餌を分け合うことが命につながると知っていたのだ。
「神殿から代替の配給案を出しましょう。薬草と備蓄で緊急の替えを用意する、山の湧水を使うルートを増やす、保存肉は回収して再処理する。損失は出るが、隠蔽してより多くの命を失うよりはずっとましです」とリトは静かに言った。彼女の声は大きくはないが、確かに聞き取れる。言葉の端に、前世の診療所で鍋の湯を見極め、体重に応じて薬の濃度を計った日々の理詰めが滲んでいた。
その場で、カイが表へ出て、麻布の袋を広げた。中には煎じ薬の小瓶、塩、布の包みがきちんと並べられていた。ミナは端に置かれた車輪を指差し、すぐに使える山道の地図を肩越しに示す。オルドは巻物を手に取り、古い教えの一節を朗々と読み上げながら、手を挙げて配置を示した。手順が生まれた。生きるための暮らしの一部が、そこに具体的に落とされた。
だがヴァルグは聞く耳を持たなかった。彼は組合の権力を盾にして、さらに強いことを宣言する。「祭礼は行う。我が組合が保証する。違反者には財産没収、神殿に問題を指摘した者には罰を課す。疫病を市外へ移す必要がある。神殿は患者を差し出せ。こちらで隔離処置を行う」
言葉の真意は―表向きは防疫、だが本質は見えない責任を見えない場所へ押しやることだった。いくら語釈を弄しても、そこにあるのは責務の放棄だ。リトの胸が詰まる。彼女は十歳の小さな身体だが、その胸の中には三十年分の手の動きと手順の記憶がある。動物を羽交い締めにして暴れを抑えた夜、抜糸で指先を切った夜、飼い主の手の震えを見て説明を選んだ夜。すべてが、今の判断を支えている。
「患者を連れ出すのは認められない。神殿の職員抜きでの移送は不可だ」オルドが静かに告げると、ヴァルグの目が鋭く冷たくなった。彼は既に次の動きを考えていた。広場の端で、組合の太鼓を叩く者が合図する。二人の男がリトの周囲に歩み寄った。動きはあざやかで、捕り物慣れしている。その瞬間、リトは動かないことを選んだ。逃げるのではない。相手が「連れて行く」と決めたのなら、その行為が良心の手続きを踏むものかどうかを見届けさせるために、彼女は動かないつもりだった。
だが男たちは容赦がなかった。強い手がリトの肘を掴み、ずるりと引きずろうとする。袖が引き裂かれる。リトは小さく悲鳴を上げた――本能的にではなく、術式のように冷静に、身体の重心を低く落として相手の力を分散させる。前世の獣医としての経験が、ここで役に立った。暴れる家畜を扱うときと同じだ。片手で顔を覆い、相手の視界を少しでも塞いで時間を稼ぎ、足を滑らせて膝をつかせる。男の体勢が崩れた。驚きが走る。
その短いまごつきに、カイが飛び込んだ。彼は麻布袋から黒い煙を出す小筒を取り出すと、慎重に火をつけ、馬の鼻先に近づけて振った。乾いた薬草の煙は、馬や人間の神経を落ち着かせる香りを含んでいる。カイの手は震えない。彼はかつて薬を秤に乗せ、微分単位で煎じ方を変えて動物を眠らせたことがあった。あのときの指先の正確さが、今、空気に煙を撒く。
ミナは荷馬車の車輪に素早く近づき、金具の留めを外し始めた。彼女は廃鉱の坑道を走り回った経験から、古い荷車の弱点をよく知っている。彼女の指は土と油に汚れているが、動作は確実だ。隙を突かれて動きを止めようとする腕を振りほどき、ボルトを緩める。車輪がぎしりと鳴り、荷車は不安定になった。馬の脚が一瞬よろめく。足場を失ったヴァ