ビデオ怪獣館の館主

ビデオ怪獣館の館主 第6話「第5章」

還写館の上映会は、表向きには祝祭のようだった。レンガ造りの古いホールに張られたポスターは、淡いクリーム色の中に大きく「復刻」と縦書きされ、まるで過去の時間を丁寧に縫い直すかのような文字組みだった。入口には花輪が一本だけ飾られ、紳士服に身を包んだ係員たちが来場者にプログラムを配っている。その笑顔の端に、昴は違和感を感じていた。違和感は「均整の取れた歓迎」としての美しさに潜む計算だった。

還写館の上映会は、表向きには祝祭のようだった。レンガ造りの古いホールに張られたポスターは、淡いクリーム色の中に大きく「復刻」と縦書きされ、まるで過去の時間を丁寧に縫い直すかのような文字組みだった。入口には花輪が一本だけ飾られ、紳士服に身を包んだ係員たちが来場者にプログラムを配っている。その笑顔の端に、昴は違和感を感じていた。違和感は「均整の取れた歓迎」としての美しさに潜む計算だった。

「記録と再生のために、残すべきものだけを残す」―ホールで、還写館の研究者が高座で話す。声はやわらかく、説得力があった。彼の言葉は客席に漂い、古い映画への愛を語る口調だったが、その裏で言葉がそぎ落とされることの危険を昴は嗅ぎ取った。客の何人かは目を潤ませ、何人かは懐かしさに頷いた。だが昴は、その「何か」を返してしまえば、別の「何か」が消えることを知っている。

春子は肩に掛けたカメラバッグをぎゅっと握りしめていた。彼女の眼はプロのそれで、会場の照明、音響、上映準備の手順に異常がないかを確かめる。こたろうは度々背後へと目をやり、子供のように落ち着かなかった。トモは小さな体を丸め、足元で眠るふりをしていたが、時折鼻を鳴らしては前方の舞台をにらんだ。風間は名刺を差し出す手つきで、係員たちに近づき、言葉を交わして情報を引き出している。

上映が始まる。映写室のランプが吐く光は昔ながらの色温度を伴っていて、粒子が舞うようにスクリーンを埋める。最初のフィルムは、古い港の記録映画の再現で、波の音、港にかかる朝霧、それを横切る人物のシルエット。観客席から小さな溜息が漏れる――誰かの記憶の引き金になっているのが分かる。しかし、スクリーンの隅に、見慣れたはずの焦げ紋がさりげなく現れていた。薄く、縁を撫でるように刻まれた焦げ紋が、フィルムの回転とともにリズムを刻む。昴の手の中で、胸の奥の既視感がぞわりと動く。あの紋は、倉庫の缶に刻まれていたものと同じだった。

上映の中盤、画面が一瞬、パチパチとノイズを挟んだ。観客の中にざわめきが走る。ノイズは単なる機械音だけではなく、場内の空気を微かに落とすような寒さを伴っていた。春子の顔が硬くなった。耳を澄ますと、ノイズの裏に低いラジオのような音声が混じっている。短い断片、古いコマーシャルのジングルにも似たフレーズが、歪んだ周波数で聞こえた。昴は幼い頃に夢で聞いた声を思い出す――あのラジオの声だ。胸の底で何かがつながるのを感じたが、それを声に出す暇もなく、スクリーンの光が再び安定した。

風間がそっと肩を叩いた。「今のノイズ、ただの劣化じゃない。回転と同期して出てる。誰かが意図的に編集してる可能性がある」

春子は小声で答える。「単なる編集じゃない。化学的処理か、フィジカルにフレームを削ってる。粒状のノイズが外へ出ようとしている。これが増えたら、灰霧の初期現象になる。映像のノイズが現実を侵食し始めるってこと」

こたろうは目を丸くした。「ここでそんなことをやってるのか?」

還写館の研究者は壇上で静かに語り続ける。「私たちは記録を綺麗にします。余分な『付加物』を取り除き、次世代へと伝えるために――必要な処置です。映像は語り手によって歪みます。私たちはその歪みを正す」

彼の言葉はもっともらしかった。たしかに、時には物語が過剰に語られ、事実がねじれて残ることもある。だが昴は、その正しさが他者の語りを奪う口実になり得ることを恐れていた。彼は観客の反応を確かめると同時に、舞台裏へと忍び込む機会をうかがっていた。

休憩時間。客が立ち上がってロビーへ流れる。昴たちはさりげなく係員の後ろに続き、薄暗い廊下を抜けて裏手の扉へ回った。そこには小さな出口と、古い荷物用の昇降機。昴は息を殺して扉を押し開き、背中を壁に預けながら棚を探った。春子は小さな赤外線カメラを取り出し、装着する。こたろうは手に懐中電灯を握りしめ、顔の緊張が増している。トモは鼻先で扉の枠を探り、進むべき道を探し当てた。

舞台裏は、思ったよりも近代的だった。金属のラック、巻き取り機、薬品棚。だがその中心には、古いタイプの現像槽と、フレームを意図的に焦がす小さな炉のような装置が並んでいた。炉の隣には、薄紙のように剥がされたフィルム片が積まれている。そこには確かに、焦げ紋の痕跡が浮かんでいた。昴はしゃがみ込み、指先で一つを拾った。手の中で黒い斑点がきらりと光った。

「これが改変の出力だ」春子の声は震えていなかったが、目が訴えた。「この炉でフレームを燃やして意図的に欠落を作ってる。しかも紋様を刻印してる。これは封印の紋に似せている──あるいは利用している」

「保存のためだって言ってたよな」風間がぽつりと言う。「でも、保存の名の下に『何かを消す』ってのはな。記事に書くときの見出し、決まりそうだ」

昴は装置の向こうの壁に貼られた図面に気づいた。そこには光の進路を制御するための回路図と、焦げ紋と同じ線が繰り返されている。図面の片隅には還写館のロゴがスタンプのように押され、そこに小さな注釈が手書きで添えられていた。「再編成のための剪定」。昴の心臓が跳ねた。棚の一番奥には、未処理のフィルム缶がいくつも積まれている。ひとつの缶の蓋に、かすれたあの焦げ紋が刻まれていた。

だが春子は燃やす衝動を押しとどめていた。「破壊したらその場は止まるかもしれない。でも証拠を持ち帰らなければ、これが組織的なものだと示せない。還写館は、表の顔を隠しながらすぐに別の場所で再建する。私たちはこれを公に晒すための物的証拠が必要よ」

こたろうは低くつぶやいた。「だけど、ここにあるものを持って帰ることだって危険だ。もしこれが漏れれば、逆に僕たちが狙われるかもしれない」

「狙われてもいい」風間の表情には決意が宿っていた。「俺は取材としてここにいる。名刺で得た人脈もある。表に出して、読者を味方にできれば、還写館の隠れ家を暴ける。だが、そのためには現物がいる。写真、現像済みのフィルム、炉の写真。全部持ち帰る」

昴はしばらく黙った。彼の内側で、あの秤が再び揺れる。目の前にあるのは、フィルムの物理的証拠と、そこから生まれる「語り」の力である。それを晒せば還写館の外面は剥がれるだろう。だが、撮影や持ち帰りの最中に何かがこの場で発動すれば、光が閾値を越え、ここにあるフィルムのノイズが外へ流れ出すこともあり得る。もしノイズが拡大すれば、灰霧は発生する。映写の条件・禁止・代償が現実に跳ね返る瞬間を、彼は想像していた。

「短時間で済ませよう」昴は決めた。手にしたカメラのシャッターを数回切り、春子が試薬のラベルを、こたろうが炉の口を撮る。風間は名刺を差し出して話しかけ、質問を誘導しているふりをしながら胸ポケットに何枚かのフィルムを押し込んだ。トモは足元で一枚の剥がれ落ちた写真片を鼻先で押し、こたろうの手に乗せた。犬の目が、助言者のように静かに彼らを見守る。

だが彼らが去ろうとした瞬間、冷たい空気が背中を走った。遠くから、機械の低い唸りが増幅され、棚の上の小さなランプが不規則に点滅した。誰かがドアを閉める音。足音が近づく。風間が顔を引きつらせる。「見つかったか?」

暗がりの向こうから研究者の