時空特急の車掌 第18話「第16章」
公聴会の会場は、思ったよりも形式張っていた。高い天井を支える鉄骨に蒸気管がむき出しで走り、ところどころに蒼辰号のモチーフを模した装飾が施されている。外がまだ薄暗い朝であることを忘れさせるような白熱灯の光が、木の机と椅子を冷たく照らしていた。報道陣のフラッシュが廊下のガラスに乱反射し、人々のざわめきが二重窓ごしに届く。──ここが、彼らの賭ける舞台だった。
公聴会の会場は、思ったよりも形式張っていた。高い天井を支える鉄骨に蒸気管がむき出しで走り、ところどころに蒼辰号のモチーフを模した装飾が施されている。外がまだ薄暗い朝であることを忘れさせるような白熱灯の光が、木の机と椅子を冷たく照らしていた。報道陣のフラッシュが廊下のガラスに乱反射し、人々のざわめきが二重窓ごしに届く。──ここが、彼らの賭ける舞台だった。
葦原透は胸ポケットの懐中時計を、いつもの癖で何度も撫でた。金属の縁が冷たく、無名の刻印が針の裏でほのかに光る。ここまでの準備はすべて整っている。分散保存の復票群、野分が固めた分析結果、三谷が機関内部で採取した煤の鑑定、坂東の描いた法的手続きの骨格──だが、彼らが背負う不安は数字や資料では埋められなかった。代償の枚数は、透の心の片隅で日を追うごとに増えていった。
会場正面のパネルには、連盟の公聴会委員長の名札が置かれ、その両側に統制派と保全派を代表する代理が座る。聴衆席には、蒼辰号の乗務員や列車の常連、そして改刻被害を訴える小さな団体の姿がちらほら見えた。コハネはあいかわらず子供の服を着て、隅っこで小さく歌を繰り返している。歌は人目を引かないように短く、だが確かに空気の振動を整えるように聞こえた。
野分がまず立った。彼女の声は冷静で、数字をひとつずつ並べるときに揺れなかった。「我々の提出する証拠は三種類です。第一に、南港周辺で押収された試料の化学分析。青い煤、我々が『時薬』と呼んでいるものの成分が、蒼辰号の機関室で検出されたものと一致すること。第二に、改刻が施された乗車券と、それを復元した復票群の連鎖。分散保存のタイムスタンプと照合し、複製や後付けができない格納手順を採りました。第三に、監視カメラと入出記録の照合。作業員と車票の移動は、我々の推定ルートと一致します」
会場には、端末のスクリーンに鮮明なグラフと走査図が映し出された。三谷が前列で顎を引き、野分の背中を見ている。彼は手元の布巾で指先の油を拭い、機関士の頑固さを顔に残していた。「我々は、蒼辰号の機関そのものに手を触れていない。調律と保守だけです」と三谷が補足する。「だが、機関に残る煤の成分は不自然だ。時晶に由来する成分の痕跡が、採取の痕跡として残っている。採取行為が外部で行われ、その残滓が何らかの経路で戻ったと見るのが妥当でしょう」
質疑は容赦なく始まった。統制派の代理は細い笑みを作り、用意された反論を予め噛み砕くように投げかけた。「提出書類のチェーン・オブ・カストディは確かに示されていますが、我々は復票の正当性を疑います。復票は葦原氏の刻印視に基づくと聞きますが、その能力の主観性は証拠としては脆弱です。記憶による復元は個人の誤認を招きやすく、また、外部の痕跡と一致しない可能性もある」
野分は一瞬、ほんのわずか眉を寄せた。資料を用意してきたはずだが、ここでぶつかるのは規程の壁だ。復票が法的に通用するのは、連盟が定めた厳格な手順を経た場合に限られる。統制派はそこに昨今の不安を注入し、世論と法廷の間に楔を打とうとしている。
坂東が前に出る。彼の老練な声には、かつての執行官としての迫力が宿る。「復票は主観だけで作られたものではない。葦原の刻印視は、我々の分散保存の手続きと厳重な立会いの下で行われ、復票は符号化されて保存された。さらに、我々は第三者の公的監査を入れる提案をここで申し出る。葦原氏の作業を公開の場で行い、独立した検証官の立会いのもとで復票を生成する。これが許されれば、主観性の問題は消える」
統制派の代理は薄く唇を引き結び、反論の糸口を探した。「独立の監視官がどれほど独立であるかが問題だ。さらに、公示の場で刻印視という特殊能力を使えば、それ自体が連盟の規則に触れる恐れがある。技術的に可能であれば、能力の乱用や外部への情報漏洩の危険もある」
その言葉を受けて、会場に重い沈黙が落ちる。刻印視は連盟の内部でも理解が進んでいるが、手続きの合理性はまだ人々の納得を得られる段階にはなかった。公の場で能力を公開することは、連盟の規則を巡る法理と倫理の激突を意味した。
透は、胸の中で懐中時計を撫でる手の力を少しだけ強めた。針の裏で刻印がかすかに震え、彼の手に伝わる感覚が鋭くなった。彼がこれまで何度も代償を払ってきたことは、仲間以外にはほとんど知られていない。公衆の前でそれを語れば、同情を得ると同時に利用される可能性もある。だがここで引けば、凪ノ里のための一歩は縮む。
透は立ち上がった。壇上の明かりが彼の顔を際立たせる。声は緊張していたが、震えはなかった。「僕は、刻印視の主観性を盾にした反論を、受け入れるわけにはいきません。刻印視が見せるのは輪郭です。人の顔の全てを与えるわけではない。だが、我々が提出する復票群と物理的証拠はそれら輪郭が一致することを示しています。僕は、ここで一つ提案します。公開の場で、誰の干渉もない独立の立会いのもとで、刻印視を行い、その場で復票を生成します。結果を第三者検証に供し、それが一致すれば審議は進むはずです」
会場の空気が固まる。統制派の代理の顔が微かに青ざめた。手元の書類をめくる音だけが耳に残る。だが、もう一つの問題が横たわっている──刻印視は使うたびに葦原の個人的記憶を消費する。これは術式の鉄則であり、代償は不可逆である。透は、ここで自分の内側にあるその事実を示さなければ、単なる驚嘆の見世物で終わるだろう。
透は深く息を吐いた。「もう一つ言わせてください。僕は、刻印視を行うことで得た復票を、法的証拠として扱ってもらうことに同意します。それには、僕がこの場で刻印視を行い、復票を生成し、その生成過程をすべて公開することが含まれます。代償として僕は、自分の記憶を一枚ずつ差し出す覚悟があることを、ここに宣言します」
言葉が会場に落ちると、さざ波のようなざわめきが広がった。コハネが小さく息を呑み、三谷の眉がわずかに下がった。坂東の目が、予想外の柔らかさを帯びた。「それは──」委員長が割って入る。「重大な申し出だ。法的にも、倫理的にも検討を要する」
だが透は言葉を続ける。「僕の記憶が失われることは、僕個人にとっては大きな代償です。でも、誰かの存在が消えるのを放っておけないのです。復票が認められることで、連盟が全面修復の手続きを受け入れる道が開ける。僕は、そのために自分を差し出します。公開の場でやってください。監査官、記録官、そしてメディア、そのすべてが立ち会って。僕の代償を証拠として、記録として残してください」
壇上の一角で、統制派の代表が低く笑った。「英雄気取りの自己犠牲は美しい。だが、私たちの関心は事実の確定だ。個人の記憶喪失を証拠にしてしまえば、その場の感情に流される危険がある。葦原氏、その宣言は勇ましい。しかし、我々は冷静に手続きを踏まねばならない」
坂東が静かに立ち上がる。「それでも、彼の申し出を受けるべきです。公開の下での刻印視と、それに伴う復票生成は、現状の規則の枠内で最大限の透明性を担保します。もし統制派がその場で反証を示せないなら、世論と法理が我々に有利に傾く。逆に、反証があるのならそれをここで示せばいい。公の場で決着をつける