遺失物課の鑑識員

遺失物課の鑑識員 第10話「第9章」

鳴海の写真は、薄暗い会議室の蛍光灯の下で別の命を得ているようだった。紙焼きの粒子が光を受けて微かに踊り、誰かの肩越しに見える旧駅のプレートの一部が、写真の隅で切れている。紬はその切れ端を指先で辿りながら、鳴海の顔を見上げた。鳴海はいつものように端然と座り、しかしどこか落ち着かない。窓の向こうを行き交う群衆の足音が低く響く。

鳴海の写真は、薄暗い会議室の蛍光灯の下で別の命を得ているようだった。紙焼きの粒子が光を受けて微かに踊り、誰かの肩越しに見える旧駅のプレートの一部が、写真の隅で切れている。紬はその切れ端を指先で辿りながら、鳴海の顔を見上げた。鳴海はいつものように端然と座り、しかしどこか落ち着かない。窓の向こうを行き交う群衆の足音が低く響く。

「これで合うはずだ」葵が画面のログを指で追い、淡々と言った。液晶の上には多数のメールドメインと、出所不明の送信履歴。薄い縦線が、それらを繋ぐかのように示されている。旧名プレートに刻まれた半分消えた文字列と、再開発プロジェクトの顧問名簿の一部。鳴海が捨て置いた写真の背景と、名簿上の会社名が重なる。

紬の左手の痣が、ひどく薄く光った。いつもより早く、短い痺れが走る。鳴海の写真に刻まれた旧プレートのフォントが、紬のこころの奥底で何かを刺激する。石神が堅く椅子の背にもたれ、指を組んだ。

「旧構内の記録と鳴海さんの写真。この二つが直接繋がる可能性が出てきた。鳴海さん、写真はいつ、どこで撮られた?」石神の声は低く、命令ではなく問いだった。

鳴海はそれを遮るように息をついた。「あれは私が修復師として活動していた頃のものよ。顧客の遺品整理で、旧構内の小さな倉庫に入ったときに撮った。撮影日付は──多分、廃止直後の年だと思う。名簿に出ている再開発の顧問が、当時の駅の外郭に関与していたという話を聞いたのもその頃よ」

葵がキーボードを打つ手を止めずに言う。「写真の背景と名簿の住所を重ね合わせた。位置的に旧名プレートがあったと思しき場所に一致する建物の一角。古い設計図とも突き合わせたら、確率は高い。だが、面白いのはここだ」画面が一部拡大され、送信履歴の中の匿名アドレスが点滅する。「このアドレス、先日の仲買人の連絡先と数度やり取りがある。しかも送信元のIPの起点が、駅運営の下請けを経由している。上に辿ると再開発関係に行き着く。つまり、幻市の下層と再開発側が間接的に繋がっている可能性が高い」

凪が肘をつき、顔をしかめた。「なら、上が知ってるってことか。駅の外郭の誰かが、幻市を黙認——あるいは利用している。もしくは、幻市が上に働きかけている」

「どちらにせよ、これは急を要する」石神の言葉に皆が頷いた。だが、その瞬間、葵の表情が変わった。彼女の指が別の行を辿る。

「待って」葵がつぶやいた。「この匿名アドレス、数年前に一度接続が切れて、別の中継アドレスに回っている。その中継アドレスの利用者名が──」葵はスクリーンを紬の方へ向けた。「かつて『ナギ』というハンドルで駅周辺の拾得ネットワークに名を連ねていた人物の古い連絡先の断片と一致するログがある」

部屋が、一瞬静まる。凪の顔から笑みが消え、眉が吊り上がった。紬は凪の表情を見ているうちに、胸の奥が鈍く冷たくなるのを感じた。凪は若い頃、拾得物で食いつないでいたことを何度も軽口で語っていた。それが、ベースとして幻市の情報流通に利用された可能性があると言うのなら──。

「それは──古いログだ。俺が使ってたハンドルは確かにある。だが、十年近く前のことだ。誰かが俺の名をパクったり、旧連絡先を悪用したかもしれない」凪は声を荒げるでもなく、しかしその手は震えていた。「俺は今は遺失物課の一員だ。仲買人なんかと手を組むメリットはない。むしろ、幻市に突っ込む側だ」

紬が静かに言葉を挟む。「可能性は排除できない。だが、直接の証拠があるわけじゃない。ログの中継の一致は、誰かが昔の連絡先を中継に使ったか、あるいは情報を流すために偽装したのかもしれない。凪さん、あなたが説明できることを全部出してくれる?」

凪は肩を竦め、唇を噛む。胸元のカバンの紐に指を絡め、目線を落とした。「俺は昔、拾得で飯を食うしかなかった。仲間もいた。彼らは生き残るために汚いこともした。だが、俺はその後、ちゃんと足を洗って課に来た。仲買人と手を組むような真似はしてない。だが、証拠がないと説得力が薄いのも分かる。皆、疑ってもいい。俺が悪いんだ」

石神が顔を曇らせて言った。「疑いをかけるのは簡単だ。しかし、証拠で叩くのが役目だ。紬、葵、鳴海、俺たちはこの可能性を排除するために動く。だが、個人を口汚く攻めるのは避ける。職務だ。理解したか」

紬は頷いた。だが頷いた瞬間、痣が小さく疼いた。写真のプレートと切符の焦げ端が、胸にある不安な手触りを思い出させる。彼女は自分の能力のルールを頭の中で反芻した。対象物に触れる。触れてから三十秒以内に再生開始しないと断片は消える。再生は持ち主と自分だけに共有される。再生の目的が私情での裁定や利益獲得なら使用不可。私情で判定すれば、代償として最近のエピソード記憶が一つ、ランダムに失われる。紬はルールを知り尽くしていた。だが、胸の奥にはもう一つの衝動もある──凪の古いハンドルの件を、直接確認したいという欲求だ。私情か、それとも調査か。線が細すぎる。

葵が鞄から小さな封筒を取り出す。「これ、先日押収した焦げ切符の残骸だ。化学分析で防火剤の成分と一致した。繋がりは減らせない。だが、物理的証拠だけでなく、写真の写りと名簿の一致は政治的に爆発力がある。これを公に出せば、上層部に波紋が広がる。慎重にやる必要がある」

鳴海が目を細めて、紬の方を見た。「紬、あなたが前に言ったことを忘れたかしら。再生は癒しのための道具。裁定のための槌ではない。だが今は、癒しではなく調査の段階だ。私情で誰かを吊るし上げるのは禁じるべきだ。あなた自身が代償を払う羽目になる。分かってるでしょう?」

紬は痣をさすりながら、深く息を吐いた。鳴海の言葉は優しいが、厳しい。責任を取るべき言葉だった。紬は自分で自分を制するつもりだ。だが制することができるかは、知りたい欲望の強さにかかっている。凪の顔に浮かぶ老いと若さの混杂、それを否定したい気持ちが彼女の胸を締め付ける。

「私情は挟まない」紬は声を抑えて言った。「もし私が触れるなら、それは証拠のために、そして公共のためにだ。個人の過去を裁くためではない。それでいいですね?」

石神の目が暖かく見えた。「それでいい。だが紬、お前はその線を越えやすい。なによりも自分の記憶が代償で失われることを忘れるな。失ったものは戻らない」

紬は頷き、深く息を吸い込んだ。葵が封筒を差し出す。焦げた切符は、封筒の中でかすかに黒い粉を散らしている。紬は手袋をはめ、切符の端を慎重に掴んだ。触れた瞬間、痣が鋭く熱を帯び、指先から小さな波状の感覚が身体を駆け抜けた。

「今だ」葵が静かに言った。紬は焦点を定め、忘れてはならないルールを自分に繰り返した。再生は持ち主と自分だけに共有される。目的は証拠の確定。裁定ではない。私情を入れない。

再生が始まると、視界が明滅し、古いプラットホームの空気が紬の肺に滑り込む。風は煤を運び、灯りはちらつく。誰かの足跡が石板に刻まれ、遠くで金属が鳴る。人の声が瞬間的に重なり、火花の匂いが鼻を刺す。だがいつもの「最も大切にした瞬間」は、驚くほど私的だった——子どもが手を伸ばし、切符を握る親の手を見上げる。親の目にある優しさと悲しみが、短く、しかし強烈に紬