ラジオ劇団の音響師 第15話「第13章」
報道は夜を越えて朝まで続いた。白楓放送劇団が見せた一連の暴露は、新聞・ウェブ・テレビの見出しを埋め尽くし、ラジオの周波数さえも騒がせていた。だが透には、それらの喧騒が外套の擦れる音のようにしか聞こえない。耳鳴りが一晩中、彼の鼓膜を微かに叩き続け、祖父の旋律の欠片がまた一つ、確実に遠ざかっていったからだ。
報道は夜を越えて朝まで続いた。白楓放送劇団が見せた一連の暴露は、新聞・ウェブ・テレビの見出しを埋め尽くし、ラジオの周波数さえも騒がせていた。だが透には、それらの喧騒が外套の擦れる音のようにしか聞こえない。耳鳴りが一晩中、彼の鼓膜を微かに叩き続け、祖父の旋律の欠片がまた一つ、確実に遠ざかっていったからだ。
「なんとか、局の内部から足場を作ったわ。法務とも連絡を取ってる。だけど、完全な壊滅には程遠い。設計図の断片は散ってるし、関係者の一部は逃げた。地下へ潜る余地は残してあるよ」
河合の声はいつものように冷静で、だがその背後には疲労の色が滲んでいた。小さな会議室。窓の外はまだ冬の薄い陽射しだ。春野が顔を曇らせ、資料を詰め替えている。中田は机にもたれて、俯いたままの手を握りしめていた。三浦はノートパソコンの画面に映る顕微解析の拡大画像を指で辿りながら、「これは……」と短く呟いた。
テーブルの上に置かれた真空管ラジオの割れたボディ。それに刺さった小さな磁気断片の写真が、スクリーンに拡大表示されている。光の飛び散り方、黒い点の噴き出し方。三浦はその断片を「顕微鏡で見たら設計者の指紋のようなパターンが出た」と言った。指紋という言葉が、室内に冷たい現実を落とす。
「共鳴調律機構って名前は表に出たけど、本当の中枢はどこだろうな。国家ぐるみと言ってもいいぐらい、入り組んでる。スポンサーや局内部の連中の守りは固い。だけど、外にいる一握りの技術者が小型の合図生成装置を作ってばら撒いてる可能性が高い。散逸だよ。分業されてるんだ」
河合の指摘は正確だった。新聞が追い切れない細かな断片を集めると、実際にはいくつもの流通経路と小さな研究グループが、暗黙の了解のもとで合図の生成技術を共有していたらしい。三浦はその痕跡を追って、地方の有線放送やコミュニティFMのログを掘り起こしていた。そこで見つかったのが、昨日の夜に透が窓の外で聞いたあのリズム──雨の足音と同じように刻まれた微細なノイズ列だった。
「局の公式回線だけが危ないわけじゃない。小さな放送局、地域の自前回線、イベント用の簡易送信──そういう“隙”に合図が仕込まれている。放送というより、生活圏の音の中に埋められるんだよ。気づかれにくい形で」
春野の語る声は、震えていた。彼女は何度もラジオに向かって涙を流す聴取者たちの顔を思い浮かべていた。舞台の上では強くいなければならない彼女が、地下で何かに怯えている。だがその怯えは、保護すべき他者の顔を浮かべることで少しずつ形を変えていった。
「泉堂さんは、手厚く保護されている。外部との接触は許されない。だけど、会いたいって人はいて——彼は拒んでる。自分の声が誰かの道具になることを許したくなかったみたいだ」
透はその名を聞いて、胸の奥が締め付けられるのを感じた。泉堂蓮。看板俳優というより、分かちがたい存在だった彼の声は、劇団だけでなく、地方の多くのリスナーにとって寄る辺であった。彼が姿を消した「選択」は、透にとっては正しさの一つの形だった。だが同時に、それは孤独の深さを示す証でもあった。
「じゃあ、我々は何をする? 暴露はした。法の手は入った。だけど残党は動いてる。彼らが小型装置で地域を操るなら、被害は続く」
中田が低く言った。彼の声は、自分の過去の重さを知っている者の音だった。舞台上の事故で負った罪悪と隠蔽の記憶が、いま新たな贖罪の場を求めている。彼は目を閉じ、しばらくしてからゆっくりと決意を吐き出した。
「俺は、現場を守る。誰かを守るために必要なら、舞台の裏で体を張る。もう逃げない」
その言葉に、場の空気が少しだけ柔らかくなった。河合は資料をまとめ、三浦は解析の続きを誓い、春野は案内係として地域の声に耳を傾けると申し出た。だが透は、その輪の中で自分の出来ることの限界を思い知らされていた。余音読む──透の能力は相変わらず限定的な条件を必要とした。人の声か残響が生む閉鎖空間でなければ働かない。雑音が支配する現場では誤読の危険が増える。何より、深読みを重ねれば重ねるほど、彼は自分の音の記憶を削ってしまう。
「僕にできることは、直接的な攻撃じゃない。聴取者の反応を予測して、避けるべき放送時間帯や地域を割り出すこと。あと、被害の出そうなコミュニティへ事前に情報を届けること——でも、そのために個人の心の奥を無断で覗くことはしない」
透は断言した。自分に課した禁忌、精査使用の禁止を思い出す。生放送の夜、彼は最小限の越境を行った。あの夜の代償は今も彼の中を爪で引っ掻くように残っている。だが今回は違う。今回は守るべき対象が明確で、かつ公共性を優先する行動なのだと、自分に言い聞かせる。
三浦が画面を切り替え、小さな波形を示した。それは、いくつかの地方放送ログで一致した微細な高調波の並びだった。短く、分散したパルス。独立した装置から放たれているとしか思えない形だ。
「これは小型だ。送信出力も低い。目立たないように調整されてる。だけど複数の地点で同じパターンが検出されてる。この散逸のされ方が問題だ。コストをかけずに広域をカバーするには最適なんだろう」
「じゃあ、そこを潰すにはどうする? 頭を抑えるのか、それとも装置の製造ラインを潰すのか」
河合の問いに三浦は眉を寄せる。「製造ラインってほどではない。設計図は断片化されてる。小さなファクトリー、ガレージ、出張修理屋的なところ。探し出すには、地域に入って聞き取りをして、ログを突き合わせるしかない。夜の散歩みたいに放送の周波数を測って歩くんだ」
春野が少し笑った。笑いは苦い。彼女はすぐに表情を戻し、「私が行く。舞台を離れて、地方の支援公演も兼ねて回れば顔も立つ」と言った。その決意は舞台屋としての直感と、守るべき人々へのまなざしから来ていた。
だが、透の心には別の思いが浮かんだ。外に出ること、足を動かすことは今の彼にも出来る。だが直接的に装置の製造現場へ踏み込むのは、中田や三浦の仕事だ。透には余音読むという特殊な役割がある。人の声と残響から感情を読む。だが人の心の奥深くを無断で剥ぐことはしない──そう誓った彼は、この先どれだけの誘惑に耐えられるのだろうか。
「僕は、行くよ。けれど違う形で」透は言った。「現場で音を集める。声と反響を録る。聴取者の安全が第一だ。だから、誰かの内面を暴くことなしに、合図の有無を調べるんだ」
その提案は懐の深い妥協だった。春野はうなずき、中田は「よし」とだけ言った。河合は資料を閉じ、重たく息を吐いた。
「一度は表に出たけど、影は消えてない。だから今度は、地上に残る小さな光を一つずつ潰す作戦をする。局の監査だけでなく、コミュニティベースでの監視網を作る。三浦は技術的ツールを。河合は法的抑止を。春野は声を、僕は音を。中田は現場を守る」
会議は固まった。だがそれは始まりに過ぎない。外では風がゆるやかに街路灯を撫で、遠くの商店のスピーカーからは朝の天気予報が流れてくる。透は窓ガラスに映る自分の顔を見た。そこに刻まれているのは疲労と決意の混合だった。耳鳴りは止まらない。胸の中の欠落は埋まらない。
「泉堂さんには、いつか伝えたいことがあるんだ。