獅子旗の人質 第16話「第14章」
審理の最初の証人が法廷に呼ばれたとき、朔夜は座席の奥で手の中の複製をぎゅっと握りしめていた。裂け目の繊維が薄暗い手のひらでざらりと震える。外の風を受けているのとは違う、織り糸の匂い。凪子が小さく息を吐き、塔士の肩に触れて力づける。明里は書類の束を整え、目を伏せずに法廷の壇上をまっすぐに見つめていた。
審理の最初の証人が法廷に呼ばれたとき、朔夜は座席の奥で手の中の複製をぎゅっと握りしめていた。裂け目の繊維が薄暗い手のひらでざらりと震える。外の風を受けているのとは違う、織り糸の匂い。凪子が小さく息を吐き、塔士の肩に触れて力づける。明里は書類の束を整え、目を伏せずに法廷の壇上をまっすぐに見つめていた。
「名を申せ」と審判が促すと、青年はゆっくりと立ち上がった。顔は痩せ、腕の筋には徴集の痕跡がまだ残っている。彼は声を震わせながら、自分の村がどうやって夜明けに奪われ、どうやって少年たちが列に並ばされたかを語った。朔夜はその声を聞きながら、複製の裂け目に指先をやるべきかどうかを天秤にかけた。触れれば幻視は来る。来れば確証は増える。だが確証一つにつき、何かを失う。
証言は生々しく、聴衆の胸を掴んだ。いくつかの席で涙がこぼれ、赤い帯をぎゅっと握った子どもたちの手が白くなった。明里は青年の話を遮らず、静かに記録者に合図をしていた。彼女の目が一度だけ朔夜に向けられ、合図を送る。朔夜はうなずき、手の中の繊維を軽く触れた。裂け目は細く光り、断片的な映像が彼の胸に滑り込む――夜道の足音、母の皺の入った手、火のない台所の冷たさ。読み終えると、朔夜は胸のどこかが少し薄くなったのを感じた。幼い日の母が歌っていた一節の断片を、ぷつりと切ってしまったように。
「次の方」審判の声が場を戻す。傍らで利権側の代表が小さく笑った。よく手入れされた着物と、鋭く光る眼差しが、やけに場違いに見える。彼はゆっくりと席を立ち、壇上の前に歩み寄ると、静かに言った。
「我が側は別の証人を求めます。塔士殿の師、旗師・烏丸宗助を指名いたします」
その名が法廷に落ちた瞬間、朔夜の心臓が一拍乱れた。塔士の師。あの古い男は、ここ数日、塔士に対して厳しく、しかしどこかで守るような目をしていた。朔夜は塔士側につくはずだと信じていた。塔士の顔が一瞬、蒼くなる。凪子の指先が微かに震え、彼女は唇をかみしめた。
宗助はゆっくりと立ち、年寄りの腰をかがめる癖のない姿勢で前へ出た。その声は低く、会場の空気を抜くように染み渡る。「我が国の旗は長年の業によって守られてきた。守るとは、保つとは、歴史を損なわずに伝えることだ。だが、この度持ち出された『証拠』は——」彼は一つ深く息を吸い、ゆっくりと目を巡らせる。「——作られたものだ。真実の裂け目は不自然で、織り目が押し曲げられている。誰かが意図的に損なわせ、そこに物語を付け加えたのだ。被告側の方々は、感情で人々の同情を買っている。だが工匠として見れば、これは改竄の典型だ」
会場にざわめきが広がる。審判の眉がわずかに上がる。明里の顔が変わる。塔士の目が大きく見開かれ、彼は師に向かって駆け出さんばかりの勢いで立ち上がった。だが宗助は冷たく見下ろし、そこに一刃の断絶を刻んだ。「証拠の鍵となる古文書の頁も、随分と不自然に欠落しているではないか。これが無ければ、こちらはただの主張で終わる」
利権側代理は満足げに微笑み、控えの机からいくつかの写しを引き出した。その中の一枚を示すと、法廷の空気はさらに陰翳を帯びる。署名された文書、勘定の記録、徴募の数と場所を記したもの——どれもが正規の押印と整えられた書式を備えているように見えた。明里がすかさず指摘する。「その写しは出所の確認が必要です。捏造の可能性がある——」
「捏造だと?」利権側の男は鼻で笑った。「今の時代に写しすら無効と言うのなら、貴方方は証拠を整える努力を怠ったのだろう。審判官、我々はこれが正真正銘の記録であることを主張します」
言葉は法廷の力学を変えていく。審判は眉間にしわを寄せ、書類をめくる。その間、朔夜は胸の中で何かが薄れていくのを感じた。先ほど触れた裂け目の報いが来たのか、あるいは別の読みをしてしまったのか。忘却の風が顔をなでると、朔夜は小さな音で息を漏らした。幼馴染の絵が、はじかれたように視界から消える。顔の輪郭がぼやけ、名前の響きが遠のく。だがその瞬間、朔夜の手の平に別の知覚が滑り込んできた――法廷内の旗の、息づくような恐れの波。それは、露見の恐怖、利益を失う恐れ、評判を失う恐れ。彼らの胸のうちに常に燃えていた燈火が、今まさに揺らいでいる。
だがその内的把握は法廷では無力だった。朔夜はそっと言葉を発する。「師匠が……嘘をついているわけではないかもしれない。だが、彼の手がどこかで動かされている。恐れが、彼を縫い合わせている」
凪子がうめき声を上げる。塔士の指が机の縁を爪のように食い込ませ、血が出るほどの力で握っている。その手を見て朔夜は、塔士がこれ以上に傷つくことだけは許せないと痛感する。だが裁判の場は、情の場ではない。証拠と手続きがすべてだ。朔夜は自分が見たものの説明を求めるが、ここでは彼の「風眼」が通用しない。触れた旗の幻視は、彼の直観の証拠にしかならない。
明里が立ち上がり、冷静に審判に向かって言った。「我々は古文書の欠落について説明を求めます。頁が無いことは事実であり、その経緯を調査する必要があります。加えて、被告側が提出した資料の出所について、鑑定を請求します。偽証の疑いがある以上、該当の人物を呼び出して裁くべきです」
審判は時計を見るように視線を外した。いくつかの会釈、差し挟む囁き。場内の力関係が微かに動く。利権側は書類の真正性を盾に圧をかけ、被告側は手持ちの証拠の一枚一枚がじわじわと削がれていく感覚に襲われた。朔夜は思わず立ち上がり、声を上げようとしたが、明里が目で止める。彼女の瞳に、まだ戦える余地があるかどうかを測る冷静さがあった。
そのとき、圧の中に紛れて一つの小さな声が法廷の隅で上がった。年老いた女性で、顔に深い皺の刻まれた人が立ち上がり、指で胸元の小さな布片を撫でた。「あの歌だ……」彼女は震える指でその布を指し示す。「あの子たちが、とるに足らぬ時に吹いていた笛の旋律に似ている。私の息子が言っていた。あの音は、徴募を呼ぶ音だ、と」
その証言は小さくとも鋭く場を切り裂いた。法廷内に不穏なざわめきが広がる。利権側の代理はすかさず笑い、薄く言った。「おやおや、それこそが問題です。被告側が『王家の笛の断片』とやらを示して、感情的に同情を誘いました。だがその音が街の徴募信号と同種であれば、むしろ被告側が民の不安を煽ったとも受け取れます。誰がその音を流布したのか。被告側が組織していたのではないか、という疑念が残る」
明里が立ち向かう。「その解釈は飛躍です。街で吹かれる音と、朔夜の持つ断片の関係は、音譜の鑑定で明らかにできます。だが今は——」
「鑑定に時間がかかる」審判が遮る。「本日の議題は徴兵制度と旗の改竄の有無だ。音楽の類似性は別件である」
法廷の言葉は棘を含んでいた。朔夜は胸の内で何かが崩れるのを感じる。人々の記憶と感情が都合よく切り替えられて、法の場では目に見える署名と印が力を持つ。彼が持っているのは触れて得た映像、掴んだ恐れ。だがそれは判決には重さが足りない。
塔士がついに我慢できずに立ち上がり、師の前へ歩み寄る。顔は怒りで紅潮している。だが宗助は動じない。審判は静かに制止を促すが、塔士は師を睨み据えた。「師匠、あな