夢鉱島のセラピスト 第13話「第十二章」
朝はすでに、夢の余韻を吐き出すように薄い蒼で満ちていた。雲海の波間に落ちる光が、砕けた結晶の断面のようにちらちらと揺れる。サイは薄布のベンチに座り、手のひらの上でひんやりと冷えた結晶を見つめていた。指先に伝う冷たさは、かつて誰かの叫びや歌や呟きだったものの残りであり、今は彼女自身がそれをどうするかを選ぶ権利を持っていた。
朝はすでに、夢の余韻を吐き出すように薄い蒼で満ちていた。雲海の波間に落ちる光が、砕けた結晶の断面のようにちらちらと揺れる。サイは薄布のベンチに座り、手のひらの上でひんやりと冷えた結晶を見つめていた。指先に伝う冷たさは、かつて誰かの叫びや歌や呟きだったものの残りであり、今は彼女自身がそれをどうするかを選ぶ権利を持っていた。
ここはヴァルカの簡易記録庫。採掘会社の監視が緩んだこの町では、結晶を燃料にせず保存する案を出した住民たちが、記録の保管と公開を同時に行うための場所を勝ち取っていた。小さな会議卓、汚れた巻物、刻印されたボルトの山。そうした具体物の並びに、サイの胸のなかで渦巻く抽象的な問が重なっていた。彼女はまだ、自分が許すべきか、憎むべきか、そのどちらでも良いのかさえ、はっきり決められなかった。
「出てくるか」
低く、しかし確かな声が背後から差しのべられた。振り向くと、レムがドアの影から歩み出ていた。顔は相変わらず白い。瞳の中には、まだ消えかけの迷いがあったが、彼の態度は昨日と変わらず穏やかだった。サイはそれだけで少しだけ、肩の力を抜く。
「ずっとここにいるつもりか?」レムはベンチの隣に腰を下ろす。空気が小さく軋んだ。
サイは結晶を両手で抱えるようにして言葉を探した。指先にしみる冷たさは、あの夜の灯台の光の余韻のように、透き通っているけれど鋭い。「私は、燃やされたくない。私の声を、誰かの動力にはされたくない。それだけは、最初から思ってた」
「それは、決めていい」レムの声には、余計な励ましが混じらない。彼にはもう、あの律儀な説得をする力が残っていない。代わりに、彼は沈黙を積み上げる方法を学んでいた。聞くことに対して代価を払った者の、新しい慎みだった。
「でも、恨んでいいのかどうか……」サイは肩をすぼめた。「私は、あの日、自分が……って思ってる。もし、私がそうじゃなかったって分かっても、許せるのかなって」
レムは少しの間瞳を閉じた。すべてを知っているわけではない。彼が聞いたものは、サイが最後に抱えた痛みの核であり、外れて見える欠落と、会社側の遠隔操作とが同時に存在していたということだけだ。彼は答えを与えるためにここにいるのではない。答えを自分で探す時間を守るためにいる。
「答えを押し付けない。私ができるのは、選ぶ時間を作ることだけだ」そう言って、レムはポケットから、忘れかけている何かの断片を取り出すようにぽんと、結晶の傍らに置いた。彼が置いたのは、彼らが救った映像の証明としての小さな記録器であり、冷たいガラスの外側に、リュネの夜の一場面がぼんやりと映っている。サイはその光を見つめた。中には、灯台の光が揺れ、作業員の影が走る。
「私はもう、あなたの代わりに憎しみを消したり、代わりに抱えたりはしない」レムは続ける。「でも、聴くことはする。必要なら一緒にいる」
その言葉は、力でもなく慰めでもない、ただ約束だった。サイは息を吐いて、ほんの少しだけ笑った。「それだけで、十分かもしれない」
外の広場では、住民たちが集まっていた。サイの結晶をどう扱うか、公開するのか、島の共有に回すのか、それとも燃料にするか。口々の声は硬かった。誰もが疲労の混じった怒りを抱え、その怒りは現実の食糧と熱と直接結びついている。誰かが結晶を使えば、その一握りの力で数十人の命が暖かく保たれる。だがその力は、サイの言葉や叫びを消費することを意味する。
議論はいつまでも噴き上がりそうだったが、最終的に合意に至ったのは、膝の皿をぶつけ合うような生臭さのある決着ではなく、静かな手続きだった。代表者五名が選ばれ、サイの意志が確認されるまで結晶は封印される。封印の方法は粗末だが象徴的だった。木の枠に、住民たちが持ち寄った布切れを縫い込み、そこに結晶を包んだ。布には、各自が望む言葉や名前を染み込ませることができるという。言葉は形を変えるが、ここでは「語りの保護」と呼ばれた。
ユノが手続きを技術的に補助した。彼は結晶の振動を耳で確かめ、記録としての情報を切り離す装置を作った。夢炭は、その結晶自体が記憶の器ではあるが、同時に燃やせばエネルギーに変わる。ユノの器具は「再生しない記憶の記録領域」を切り出すという原理で動く。彼は指先で結晶の側面を撫で、低音の余韻を確かめながら言った。
「燃やすときは、波形をぶっ壊してしまう。ここでは、波形を保存しておく。必要なら誰もが聴けるけど、動力としては使えないようにする仕掛けを入れる」
技術的には荒削りだが、彼の確信は強かった。ユノは、自分の耳が失われかけた経験から来る執着を持っていた。聞くという行為を守るために、自らに残された限りの方法で結晶を守ろうとした。
住民代表が布を縫い込み、ユノが保存器具を当て、ミナが外の見張りを務める。手は動き、言葉は少なく、だがその合意は確かだった。結晶は木箱に入れられ、古い役場の帳面に「サイ・保管・公開用」と墨で書かれて重ねられた。これが法律になるわけではない。だが小さな島の自律的な取り決めとしては、初めての試みだった。
サイはその間、ほとんど何も言わなかった。自分の声がどう扱われるかを、遠巻きに見ているだけだった。だが箱が閉じられるとき、彼女は立ち上がり、箱の蓋に指を置いた。冷たさが板を通じて手のひらに伝わる。
「私は……」と言いかけて止まり、深呼吸する。言葉が出ないのは、怖れではなく、重みを測っているからだった。やがて彼女は続けた。「私は、私の声を燃料にしないでほしい。誰かのために使われるなんて、最初から違う。けれど、それは復讐を放棄する意味じゃない。誰かを憎むことは、私の選択だ。誰かが私の憎しみを使って騒乱を起こしたり、誰かに押し付けたりするなら、それは別の話だ」
言葉は短かったが、そこには慎重な強さがあった。彼女は自分の中にある憎悪を、そのまま消し去る気はないと告げた。憎しみは自分のものとして残る。だがそれを他人の手で転用されることは拒む──その二つを同時に選ぶことは、彼女にとっては矛盾ではなかった。サイは初めて、自分の痛みを「扱い方」ごとに区切ったのだ。
人々は静かに頷いた。すべてが納得したわけではない。ある者は顔をしかめ、ある者は胸を張った。だが一つだけ確かなことがあった。サイの選択が尊重されるという合意は成立したのだ。
「証言として残すなら、私は残るつもりだ」サイは最後に言った。声は薄かったが揺らぎはなかった。「でも、それは誰かが私の代わりに答えを出すという意味じゃない。私がここにいる限り、私は自分の言葉で語る。必要なら、私はここで見守る」
その言葉の重みを、レムは静かに受け止めた。彼の胸の中では、前世の何かが風に吹かれて消えていくような感覚があった。母の顔を思い出せなくなった悲しみは、まだそこにある。だが同時に、彼には新しい輪郭ができていた。忘却は代価であり、忘れてしまったことがその価値を損なうわけではない──それを仲間が守るという約束がある。
「母の顔を、失ったんだ」その告白は前もってしたものだが、サイの選択を聞いた後で再び、彼は言葉を付け加えた。「まだ、たまに顔を探して手だけを触る。見えないけれど、存在の輪郭は残る