孵化前の和平使節 第12話「第十一章」
石造りの礼拝所は、外の雨を吸い込むように湿っていた。空気は煤と汗と古い布の匂いが混ざって、息をするたびに胸の奥に何かが引っかかる。柱には古い旗が半分だけ残り、その裂け目が蝋燭の光に揺れていた。人々の体温と声が狭い空間にこもり、私の手に握られた紙の重さを増している。
石造りの礼拝所は、外の雨を吸い込むように湿っていた。空気は煤と汗と古い布の匂いが混ざって、息をするたびに胸の奥に何かが引っかかる。柱には古い旗が半分だけ残り、その裂け目が蝋燭の光に揺れていた。人々の体温と声が狭い空間にこもり、私の手に握られた紙の重さを増している。
私は原本を抱えて、長椅子の端に腰を下ろした。表紙は擦り切れ、端は濡れて波打っていたが、文字の列はまだ読み取れる。ページの隅には、竜の爪で引かれたような浅い刻みと、人間の鋲で留めた跡が混ざっている。二つの手が触れた証だと私は思った。だが今、ここにいる者たちの目はそれを証明書とは見ていない。彼らの多くは、私やラグや卵のことなど知る由もなく、ただ、誰かのせいで家を失ってきた。
「準備はできているか?」と、私の隣に座る老人が問うた。彼は戦火で顔が削られていて、歯茎がむき出しの笑いを浮かべたように見えた。彼の隣には、腕に包帯を巻いた若い竜の斥候がしゃがみ込み、鱗を指で撫でている。近くの柱に縛られている捕虜の兵士たちは、目に怒りを光らせていた。さらに向こうの暗がりには、避難民の女性たちが子供を抱えて唇を噛んでいた。
私は一度、空気を吸い込んだ。言葉を口に出す前に、どれほどの期待と怨嗟が私に向けられているかを考えた。ここにいる誰もが、原本の一節を聞けばすべてが終わると考えているわけではない。だが、誰もがその一節を聞くことで自分の側の正しさを取り戻したいという欲望を抱えている。私が記録官として初めて心底怖くなったのは、その点だ。記すことは世界を変える力だが、記す行為そのものが誰かの希望と絶望を同時に触る。
私は紙をゆっくりと広げ、鉛筆で軽く押さえた。ページの縁に残る古いインクの匂いが、私の記憶のひだをつまんだ。あの夜、殻の中で聞いた音、爆発の瞬間の白い閃光、透の手がどれほど震えていたか——それらが断片的に浮かび、そしてまた離れていく。私は頭の奥にある鎧を引き締めた。感情は伝えるための道具であり、私はその道具を壊さないように扱わねばならない。
「読みなさい」小さな声が前から飛んだ。声の主は若い女の子で、震える指先で私を指す。彼女は村を焼かれ、わずかな食料袋を抱えている。彼女の眼の焦点は紙に釘付けだった。それだけで彼女の信じているものが見える。私は頷き、ゆっくりと最初の段落を読んだ。
「我らは空を共に監視し、地を共に治むる——」
言葉は淡々と流れた。聞いている者たちは一瞬戸惑い、次いで一斉に口を開いた。罵り、嗤い、叫び。誰もが「それは違う」と言った。誰もが「こちらが正しい」と言った。紙の字面は静かだが、それに託された解釈は嵐になる。
「それでも、お前たちの竜が我が村を襲ったではないか!」捕虜の一人が叫んだ。彼は痩せていて、顎の下に黒い煤の筋が残る。彼の言葉は吠えに近く、胸の内に燃える何かを垂れ流すようだった。隣の斥候はそれを聞き、腕に巻いた包帯の先をぎゅっと握った。彼の指先は白く、爪が食い込む。
私は、透を見る。半ば殻から出た身体は椅子に寄りかかり、胸の亀裂の縁が雨で濡れて光る。声はまだ砂利混じりだが、声がある。彼は目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。ここで彼の能力を使えば、私が望んだ「理解」は得られるかもしれない。だが私は、彼の使う力の代償を知っている。あの力は、文字のように人の意図を紙に書き写すわけではない。言葉の背後にある恐怖や要求を一度だけ、相互に届く形へと変換する。その「一度」は、殻のひびを深め、彼の過去の一片を奪う。
人々は生きるために、誰かの過去を奪わせることを躊躇わないだろう。私はすでに一度、彼が記憶を失うのを見ている。あのとき彼は母の声を忘れた。今それをまた失わせるわけにはいかない。彼がここにいるのは、ただの器ではない。私はそのことを、記録を取る者としても人としても守らなければならない。
「透、私が一人ずつ記録する」と私は言った。声は意外にも確かだった。ざわめきの中で、一瞬静寂が生まれた。人々の目が私に集まり、私の言葉を測った。多くは不満そうに、幾人かは驚いたように顔を上げた。
「どうするんだ、女だてらに」老人が呟いた。しかし彼の声には諦めもあり、怒りだけではなかった。彼は戦いで何度も望みを裏切られている。彼は私が出した方法を試すかどうかを見極めていた。
私は立ち上がり、礼拝所の中央に歩み出た。蝋燭の炎が私の影を長く伸ばし、その先で人々が小さな輪になっている。私は深呼吸をしてから、吟味した言葉を選んだ。
「私は記録官だ。字を書くことでしか、私は世界を残せない。原本を示すことはできる。だが、字だけで──私が日々やってきたことは、字を誰かの手に渡すことだった。それを、ここでやる」私はページを開いて見せた。誰もが近づいてくる。
「一人ずつ話してほしい。あなたが見たこと、あなたが失った名前、あなたが今恐れていることを。私が書く。誰かが後で読めるようにする。原本を一つの証言に頼らせない。複写して、持ち帰らせる。あなたたちの声そのものを分け合うのだ」
小さな沈黙が生まれ、次いで女の子がすすり泣いた。彼女は立ち上がり、か細い声で自分の家族の名を並べた。私の鉛筆は走り、紙面に黒い線が刻まれていく。周囲の者たちの顔は徐々に緩んだ。誰かが誰かの痛みを聞くためには、まずその声が出る場が必要なのだと、その瞬間に私は理解した。
ラグが立ち上がる。彼は大きな体で礼拝所の端から端まで移動し、床に前肢をついて頭を下げた。竜の声で歌い始める。歌は哀歌だった。ラグの声は低く、振幅の深い鱗鳴のように礼拝所の石を震わせた。歌は死者の名を呼び上げる形式を取っていた。短い名が一つずつ、鮮明に唱えられるたびに、周囲の空気が静まる。名は人間と竜を交互に、飽きることなく呼んだ。呼ばれた名が返答になり、聞く者はそれだけで胸の内にある何かを吐き出した。
「ミラ。タル。ナリン。カズ……」ラグの舌が一つの名を転がすたびに、誰かが顔をあげ、それを繰り返す。名の交換が礼拝所の内側に小さな共同体を作る。怒りは鎮まり、代わりに喪の共同作業が始まった。
私はすばやく書き取った。ラグの歌は翻訳の必要がない。名が名のまま胸に残ると、人はその名にかかわる記憶を語り始める。女は焼け跡から取り出した鍋の取っ手のことを思い出し、老人は弟の好きだった紙切れの話をする。捕虜の兵士は最初は黙っていたが、ラグが彼の兄弟の名を唱えると、肩を震わせて泣き出した。
そのとき、礼拝所の扉が乱暴に開いた。土埃と雨と共に黒い外套をまとった数人の男が踏み込み、先頭の者は短剣を振り上げた。部屋の温度が一気に変わる。誰かが叫び、子供の一人が泣き声を上げた。
「ヴェルドの……」囁く声が漏れた。顔を上げると、男たちの胸には見覚えのある軍章が光っている。彼らは原本を奪いに来たのだ。私は体が硬くなった。時間が止まるような感覚の中で、透の横顔を見た。彼はゆっくりと立ち上がり、胸の裂け目を押さえながら私を見つめた。そこに恐れはあるが、それは決断を覆すものではない。
男たちは紙を奪おうと前に進む。若い兵が手を伸ばした瞬間、ラグが割って入った。彼の一振りは致命ではなかったが、十分に威圧的で、兵の動きを止めた。