異世界転生鉛筆工の王女

異世界転生鉛筆工の王女 第15話「第13章」

ハルは指先の痺れを確かめながら、荒れた作業台に座り直した。暗がりに櫛のように並んだ木屑が、彼女のやりかけの試作を囲んでいた。今してしまいたいのは、ただひとつ――自分で削った鉛筆をもっと多く、確実に作ること。村の子らに一ダース渡して、誰もが自分の言葉で何かを書けるようにしたい。だが、その願いを妨げるものは三つあった。指先の痺れ、自分が触れて書かせることの禁忌、そして王太后が打ち出した「文字登録制度」の影が村を覆いつつあることだ。

ハルは指先の痺れを確かめながら、荒れた作業台に座り直した。暗がりに櫛のように並んだ木屑が、彼女のやりかけの試作を囲んでいた。今してしまいたいのは、ただひとつ――自分で削った鉛筆をもっと多く、確実に作ること。村の子らに一ダース渡して、誰もが自分の言葉で何かを書けるようにしたい。だが、その願いを妨げるものは三つあった。指先の痺れ、自分が触れて書かせることの禁忌、そして王太后が打ち出した「文字登録制度」の影が村を覆いつつあることだ。

「ハル、おはよう。今日もまだ指がつらいかい?」

戸口から村の教師、イレアが身を乗り出して声をかけた。彼女は紙束と名簿を抱え、目ははっきりとした決意で輝いている。背後には手伝いに来た数人の村人が、運搬用の籠を抱えている。

「うん。前より痛む。指が冷たいように感じるんだ。力が入らない」

ハルは言いながら、最近つけたばかりの指包帯をちらりと見せた。イレアの顔が一瞬で曇る。

「それでも、教室は今週から拡げるべきだって評議が決まったの。子どもたちに実用の筆具を配れれば、登録制度にも対抗できる。できるだけ多くの鉛筆が必要よ。あなたに頼めるのはあなただけなんだ、ハル」

彼女の言葉に、背後の村人の視線が釘付けになる。ハルは息を吐いた。自分一人でどれだけ削れるかを、彼女も分かっている。鉛筆一ダース作るのにどれほど時間がかかるか、一本一本を手で仕上げるたびに指の感覚が遠のいていくことも。

「自分で削らないと、あの力は出ないんだ。誰かが削っても、私のことばでなければ効かない。……でも指は悪くなっている」

「だったら、方法を変えればいい。あなただけの手作業を拡張するんだよ。俺に案がある」

黒く煤けた腹巻きをした鍛冶屋の男、トルが前に出てきた。彼の腕は太く、指先は油に染まっている。村の仕事を短縮するための道具を考えるのが生業だ。トルの瞳に浮かぶのは、既に構想の図だ。ハルはその瞳に救いを見た。

「足で回すシャープナーを作れ。ハンドルを握る手の代わりに足で回す。だが」トルは言葉を切った。「お前が削ったと認められるかどうかだ。人の手を使わず、お前自身が作動させるものなら、効力は保てる。俺が金物を作る。お前が踏む。どうだ?」

ハルはその案に希望と不安が入り混じるのを感じた。自分が器具を操作する行為が「削ったこと」になるだろうか。彼女の能力の境界はいつも微妙な線を引いていた。だが、試してみる価値はある。村人たちの顔が期待と焦りで歪む。イレアの手が彼女の肩に触れた。

「無理しないで。あなたの体が一番だいじよ。でも、もしこれで数十本を一度に削れるなら、教室だって始められる」

ハルは深く息を吸い、うなずいた。「じゃあ作ろう。だけど、条件がある。私が踏んで回すこと。誰にも触られないこと。それと……」

言葉を切ったのは、昨日小さな子が差し出した震える手のことを思い出したからだ。目を輝かせながら「ハル、(代わりに)書いて」と頼んだあの無邪気な瞳。あの瞬間、彼女は禁忌の縁に立った。どれだけ救いたくても、他人の手を取って書かせれば文字は刃となり、彼女の指は動かなくなる。あの恐ろしい感覚をもう一度味わうわけにはいかない。

「誰の手も取らない。そして、もし私が強く痺れて踏めなくなったら、ただちに中止すること。皆で決めて」

村人たちは静かに頷いた。自らの言葉で参加する──それが今回の核心だ。ハルは自分一人の「救い手」であり続けることを拒み、仕組みを作ることを選んだ。

翌日、トルの作業場は木屑と鉄粉で満ち、二人は試作の回転機を囲んだ。ハルは小さな板を用意し、足をかける蹴り板を試しに踏む。最初はぎこちなく、軸が滑り、芯が削れずに折れた。折れた芯の断面が、自分のかつて知った「普通の芯」と違う微かな光沢を放っているのを見て、ハルは手を止めた。あの折れた芯の記憶が、胸を締め付ける。王宮で見つけた、何かが混じった芯の影が蘇る。しかし今はそれを追求する時間ではない。村を守るための道具を、一刻も早く作らねば。

「硬さを変えろ。芯の径も調整しろ。木の溝はもっと深く、安定させてくれ」ハルは紙に図を描き、トルに説明する。指先が言葉を綴るうちに、滲む痺れが返ってきた。ペンを落としそうになるのを堪え、彼女は握り直す。作業は一つひとつが試行錯誤の連続だった。削り具の角度、切削速度、削り粉の除去。トルは金具を叩き、木工職人のマレクが滑らかな溝を切る。

午後、最初の試作品が出来上がった。普通の鉛筆よりやや太く、軸は粗削りだが、目立たぬ手作りの味がある。ハルはためらいながらも先端を慎重に削った。足で回す力は指に負担をかけない。削られた芯の先端が尖ると、ハルの心臓が跳ねる。これで効くのか。誰かに手渡して試すのが正しいのか。イレアが一歩前に出る。

「私が最初に試すわ。子どもたちのためにも、あなたの鉛筆で試したい」

イレアの目は揺るがない。だがハルは静かに首を振った。「私が削った鉛筆で、本人が自分の言葉を書く。それが条件だ。あなたが私のために書いてくれ、とは違う」

イレアは理解している。それでも、彼女は自分の掌に鉛筆を受け取り、紙に小さな一文字を書きつけた。紙の上でその一字が消え入りそうなほど微かに光ったように見えた。ハルは紙の端を掴み、文字を見つめる。文字には特別な変化はない。ただ、イレアの筆致にほんの一瞬、空気が寄り添った。夜に限られた効果が出るまで確証はないが、眠る間、イレアは笑って帰っていった。

その夜、ハルは念入りに記録を取った。足踏み器の回転速度、木材の種類、芯の硬度。数時間ごとに指先の感覚を確かめ、疲労が腰へ移るのを感じながらも、彼女は自分が何を失い、何を守っているのかをひとつひとつ数えた。自分の「筆記の役割」は保存しつつ、それが特権にならない形を編み出す──その思いが、彼女を冷たい夜に駆り立てた。

数日が経ち、村の教室用に五十本近い鉛筆が用意できた。子どもたちの顔が明るくなるさまを見て、ハルは胸の詰まりが少しだけ解けるのを感じた。しかし彼女を覆う不安は消えない。指の痺れは依然として夜毎に深くなり、時折、指先がまるで冷たい鉛のように感じられた。ある夕方、イレアが駆け込んできて、息を切らしながら言った。

「役所からの通達が来た。『文字登録制度』の運用開始が前倒しされるって。登録のための検査官が、来週ここを巡回するらしい」

検査官。ハルの胸が固まる。登録制度では、文字を持つ者と持たざる者が権利を分かたれる。これが制度化されれば、鉛筆で人々が自分の言葉を書くことは、今のような平等な行為ではなくなる。鉛筆を持てるかどうかで移動や労働が制限される。ハルは、鉛筆を配ること自体が王太后の監視対象になりかねないと理解した。

「私たちで回避策を考えよう」トルが低く言った。「検査官が来るときは、工房は閉める。だが登録の期日は待ってくれない。私たちは二重の動きをしなくてはならない」

「検査が来るとき、私が自ら鉛筆を削ることは危険かもしれない」ハルは言った。「でも、もし私がいなければ、誰が削る? 誰も私の代わりに踏めない。皆、自分の言葉で書いてほしい。だから……登録に対抗するためには、分配の工夫が必要だ」

イレア