異世界転生塩田守の商人王

異世界転生塩田守の商人王 第12話「第11章」

夜の風が、塩田の畝を低く撫でていった。ルカは泥のついた長靴を抱え、荒縄を巻いた手を見つめたまま、隣に立つミナに声をかけた。

夜の風が、塩田の畝を低く撫でていった。ルカは泥のついた長靴を抱え、荒縄を巻いた手を見つめたまま、隣に立つミナに声をかけた。

「今したいのは、あの斑を広げさせないことだ。白いのがどこから来るか突き止めて、張り替えを済ませる。見張りはどうする?」

ミナは両手を腰に当て、冷えた空気に小さく吐息を混ぜた。夜更けの畝は、昼間とは別の顔をしている。塩の結晶は月明かりを受けて銀色に輝くが、ところどころに浮かぶ白い斑はまるで蟲牙のように妬けた白を放っていた。

「三班に分ければなんとか。子供らは夜のことに慣れてないが……」ミナの声は抑えられていた。「あの小瓶の件もある。誰かが持ち出してしまったんだろう。村外へ――商会の手先かもしれない。」

ルカの胸がざわりとした。数日前、自分の小屋の暗い棚にしまってあった小さなガラス瓶――甘い匂いのする塩が入っていたそれがなくなった。あの瓶は、ただの見慣れぬ塩ではない。過去の話とも結びつく、村人が避けてきた「禁忌」の名残りであり、ルカは理由もなく惹かれ、誰にも見せず手元に置いていた。誰かに持ち去られたということは、意味を変える。

「商会が絡むなら、直接殴り込みに行けって言うやつも出てくるだろうけど」隣にいた老職人エンリが、灰色の顎髭を動かして笑った。「俺は土を掘り返して直す方が得意だ。眉唾な噂で刀を振るうのはやめたほうがいい。」

村の守る対象が何か。ルカはそれを何度も考えてきた。飢えに喘ぐ者たち、夜も昼も塩を求めて歩く老婆や子供、そして、最初に彼を頼ってきた家族たち。商会が塩を配給で縛り、声を奪い、記録を消す中で、ルカは塩を検査し分かち合うことで彼らを守ろうとしている。だが、守る手段が誤用されれば塩田は枯れ、彼自身の舌は味を失う。そういった制約は常に胃の奥に結びついた石のようにあった。

「売ってしまえば金にはなる」若者のルイが不機嫌そうに口を挟んだ。「あの甘いの、商会が高く買うって聞いた。金があれば食い物だって買える。今は――」

ルカは冷たく笑わなかった。ルイの顔を見つめ、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「売買だけに使うと、塩田が枯れる。それで、俺の味覚が消える。誰かが金に釣られて売ったら、その報いは村全体に跳ね返るんだ。今、君らが食べ物を手に入れるために売るなら、明日にはもっと大きな飢えが来るかもしれない。俺の言うことを信じてほしい、とかじゃない。みんなで守る仕組みを作ろう。代わりに、今の分を分け合う方法を考えよう。」

ルイの手が震えた。食い物の匂いを胸に抱える若者にとって、金という即効性のある答えは容易い。村を守るための手間と苦労は、彼にとって遠回りに見えたのだ。だが、ルカが提案したのは威圧でも命令でもなかった。夜の見張りの役割、枯れかけた畝の補修、塩の配分を決める小さな会合。どれも参加できる余地のある案だった。

「夜間の増員を頼む。俺は塩田の枯れた部分を直す。もし白いのがどこかで撒かれているなら、そこを掘り返して新しい土を詰める。ミナ、エンリ、ルイ、今夜は一緒にやってくれ」ルカは言った。

ミナは頷いた。エンリは黙って鞄から古い道具を取り出す。ルイはしぶしぶ肩を竦めたが、行動を選んだ。仲間はルカの道具ではなく、それぞれの顔をして決めたのだ。

彼らが夜の畝を歩き始めたとき、月は雲に半分隠れ、風は冷たく湿っていた。白い斑は明確に見えた。光を入れたらまるで粉砂糖を撒いたように見えるが、表面は粉ではなく薄い膜のように張り付いていた。踏むと、粉雪のように崩れるのではなく、べたついて指に残る。匂いは塩のそれに混じり、酸っぱいような匂いがした。

「感触が違う」ミナが手で触れて、体を引いた。「塩の粒じゃない。薬か何かの残り――」

ルカは息を飲む。自分で整えた塩田の塩だけが示す力――水に溶かせば隠れた毒や腐敗を浮かび上がらせる効果――が、ここではどう働くのか。だが、能力を使うには条件がある。自分の塩で、かつ水に溶かして検査しなければならない。そして重大な禁止事項と代償、塩を売買だけに使うと塩田が枯れ、彼の味覚が消えるというルールが常に影を落としている。今は売買の話が村でうずまいている。薄れていく味覚は、いつその刃を村に向けて跳ね返すか分からない。

「とにかく水を汲もう。溶かしてみる」ルカはすぐそばの古井戸に向かった。井戸の水は季節のためかやや浅く、石の縁は苔で滑る。ルカは掌に塩をとり、すぐに水面に投げ入れた。甘くない、自分の塩の結晶が水に溶けると、表面がゆっくりと波打ち、静かに色が差した。水の奥から、薄い灰色の膜がふわりと浮かぶ。数秒でそれは成長し、やがて小さな塊となって、腐敗した皮や黒ずんだ藻のように見えた。

「腐敗が混じってる。井戸が汚染されてる証拠だ」エンリが顔を曇らせる。「これを飲めば病気になるだろう。子供たちに飲ませてはいけない。」

ルカの能力は検査用の器具ではあった。だが検査結果を見せることは政治的な意味を持つ。商会の配給塩と村の水の間に差があることが分かれば、人々は動く。だが動きは常に曲がれる刃を伴う。能力を示すために自分の塩を使いすぎれば、ルールの禁止に抵触するリスクもある。ルカはできるだけ少量だけ使った。指先の結晶一つ分で十分に、汚れを浮かび上がらせることができた。

「まずは口頭で通告しよう。井戸は封鎖、飲用の補給は別の井戸から回す。村の役員に説明してくる」ミナは動いた。彼女は言葉を選ばず、淡々とした口調で自分の役割を担った。村の生活は人々の判断によって動くべきだという信念が、彼女の歩みに表れていた。

戻ってくると、遠くの塩溜まりに小さな人影があった。懐中灯を持った二人がせかせかと動いている。近づくと、そのうちの一人が小さな袋を握りしめているのが見えた。ルカは直感でその袋の中身を見抜いた。甘い匂いのする塩の匂い。盗まれた小瓶がここにある。

「そこで何をしている」ルカが声を掛けると、二人はぱっと動き、袋を隠した。若い男は口調が荒くなり、言い訳を探した。

「あ、あれは……家で使う分を持ってきただけだ!売るつもりなんて――!」

ルカはため息をついた。目の前の男の目に浮かんでいるのは恐れと欲望が混ざった色だった。飢えは人を追い詰め、最短距離の解決策を選ばせる。だが売買だけに使えば、塩田が枯れ、自分の味覚が消えるというルールがある。ルカはそのことをはっきりと言った。

「売ったらだめだ。少しならって言うかもしれないけど、少しが積み重なれば枯れる。俺の舌が失われるだけじゃない。ここで暮らす全員の糧がなくなる」

男は目を伏せた。彼の手は震えている。ルカは袋を取り上げ、中身を確かめると、瓶はひびが入っていた。小瓶の中身は少し減り、底に残った甘い結晶が銀色に光っている。

「これをどこで手に入れた?」ルカは静かに尋ねる。問いの中に非難はない。呼吸が荒いのは男の胸だ。

「町の行商が……高い値段で買うって。家が飢えてて、金が必要で」と男は言った。声が割れた。「でも――売ってるのを見たとき、俺は――」

その瞬間、遠くで鳴き声のような、低い爆ぜる音がした。皆が空を見上げる。塩田の向こう、以前には無かった白い斑が、一夜にして数尺分広がっている。風に乗っ