異世界転生楽器職人の魔導師

異世界転生楽器職人の魔導師 第20話「第18章」

夜の帳が王都を覆うころ、フィオの店は灯りひとつ、細い明かりだけを残していた。机の上には修理中のポルタティブ・ヴァイオリン、皮の当てが外れたポケットドラム、古びた笛の胴。それらに向き合っている手は、力任せではなく、確かなリズムで微調整を続けた。手先だけが今できる仕事だと、フィオは自分に言い聞かせる。耳は――片方は既に遠く、夜の外の声を拾いきれない。だからこそ、今しなければならないことがあった。

夜の帳が王都を覆うころ、フィオの店は灯りひとつ、細い明かりだけを残していた。机の上には修理中のポルタティブ・ヴァイオリン、皮の当てが外れたポケットドラム、古びた笛の胴。それらに向き合っている手は、力任せではなく、確かなリズムで微調整を続けた。手先だけが今できる仕事だと、フィオは自分に言い聞かせる。耳は――片方は既に遠く、夜の外の声を拾いきれない。だからこそ、今しなければならないことがあった。

「証言者は、明日朝に来る。隠れ家からここへ送るように言ってある」

背後から出た声は、マレンの低い囁きだった。彼女は店の隅で古い楽譜の束を抱えている。肩に雨の雫を残しながらも目は熱を帯びていた。フィオの仲間のひとりだ。自分の声を取り戻すために歌を捨てた過去がある。それを誰よりもよく知っているから、今日もフィオの判断を疑わない。

「できるなら、今のうちに準備を整えたい」フィオはそう答えて、修理用の糸を引き締めた。糸が奏でるかすかな震えを指先で確かめると、呼吸を整える。今、守らなければならないのは、証言者の身体だけではない。彼女の言葉を安全に預ける手順だ。内務大臣の力は街の隅々まで伸び、証言そのものを消されることすらある。消されないよう、言葉を入れる器具を作り、同時にそれを守る手続きをつくる必要があった。

店の入口が音もなく揺れた。フィオは顔を上げ、暗がりに立つ人物を見た。リサ。王立図書館の研究員で、古文書を掘り起こすことが生業だ。彼女は濡れたマントを振り払い、紙袋を机に置いた。袋の縁から、古い羊皮紙の端が覗いている。

「これが――」リサの声は震えていたが、言葉は確かだった。「旧王族の証言文書。焼かれず、隠されていたのを見つけたの。書き手は、かつて宮廷で護衛をしていた者。沈黙令が出された当時に何が起きたか、直接を語っているわ」

フィオは紙袋の縁に触れ、羊皮紙を静かに引き出した。文字は薄れ、ところどころに血のような染みが残っていたが、そこに書かれた断片は冷たい真実を告げていた。法は秩序のために作られたと公に語られていたが、ここには別の理由――恐れと隠蔽のための措置だったと明記されている。その一行が、フィオの胸の奥に固く刺さった。

「これを外で明かすのは無謀だ。だが、封じられたままでもいけない」マレンが言う。彼女の指先が震えて、楽譜の切れ端を掴んだ。「証言者を守って、言葉を誰もが聴ける形で残す。それができるか?」

フィオは答えを出す前に、店の隅に置いてある小さなラヴォ・ヴァイオリンを指差した。長い間、誰にも相手にされなかった小さな楽器だ。傷は深く、ネックはひび割れている。だが、形は残っている。

「私が直す。彼女が自分の言葉をここに預けるなら、私はそれを絶対に鳴らさない。鳴らすのは彼女自身か、彼女が明確に望んだ場でのみ」フィオの声には迷いはなかったが、耳の奥で何かが引きつるのを感じた。拒絶されること。強行して鳴らせば、自分の耳はさらに遠くなるという罰の重さが、今も皮膚に残る。代償を払ってまで音を暴きたくはない。

リサが肩越しに羊皮紙を覗き込み、小さく息を吐いた。「問題は、彼女が今口を開けるかどうかよね。捕まれば言わせられる危険がある。あなたの能力は絶対ではない。強制されれば、あなたが犠牲になる」

「それでも、彼女が預けると望めば」フィオは言葉を切る。「私はその一言を器具に封じる。だが、その器具を安全に保管する手続きが必要だ。証言が公に使われるときは、本人の意思が明確でなければならない。そこで――」彼女は考えをまとめるように指を動かした。「公開の場での『同意の儀式』を設ける。複数の保証人、文書、封印。さらに物的な守り手を置く。あなたたちが証人となってくれるか?」

マレンとリサは顔を見合わせる。短い沈黙の後、マレンが頷く。「私は歌わない。でも、あなたのために立つ。証人になる」

リサもうなずいた。「図書館のネットワークを使う。記録の複写を分散して保管する。もし一つが焼かれても、全てが消えることはない。だが、まずは証言者本人を安全にここへ連れてくること――それには時間が必要」

ふたりの合意がとれたところで、フィオはラヴォ・ヴァイオリンに手をかけた。修理は夜を跨いでも終わるだろうが、儀式に使うほど整えることは可能だ。糸を張り、ネックの割れに薄い皮を貼り、駒を慎重に調整する。指先が仕事に集中するほど、胸の重さは少しずつ和らいだ。こうして手を動かすことで、フィオは自分の使命を繋ぎとめる。

――店の戸口に、小さな足音が近づいた。ドアを撫でるようなノック。マレンが聞きつけ、戸を少しだけ開けると、濡れたフードの影が滑り込んできた。年老いた女性だ。痩せてはいるが、目には確かな意志が宿っている。

「わたしが、ですが」彼女は声を抑えつつ言った。「王宮で働いていました。今は隠れていました。話すべきことが、まだ残っていると感じて……あなたにだけは、預けたい」

フィオはその手を取り、椅子に座らせた。彼女の手のひらは冷たく震えている。証言者が口を極力閉ざしてきた理由はすぐにわかった。恐怖は骨の中にまで入り込んでいる。フィオは問いを浴びせず、ただ静かに待った。言葉をこちらから引き出すのではなく、彼女が選ぶまで待つのが重要だと知っていた。

「私の名は、イルダ」老女は息を整えた。「あなたたちの見つけた文書――それは私が残した。だが、もっと具体的に、記憶の一つを。私の言葉を、誰かが聞ける形で残したい。でも声に出すのは恐ろしい。だから、楽器に預けたいのです。私が二度と立てなくなったときには、この声を誰かが取り出してもいい。……でも、強制されるのは望まない」

フィオはその「望まない」の重みを心で受け止めた。イルダがどれほどの恐怖を抱えているか、想像は難しくない。だがここにいる全員が、自分の意思を持って証言する権利を守るためにいる。フィオはラヴォを差し出し、静かに手を取らせた。

「もし、あなたが望むなら、私が直してここに預けます。この弦も、駒も、あなたの言葉を受け止めるために調整します。だが約束してほしい。あなたが望まなければ、私はそれを鳴らしません。鳴らすことを強いられたら、私は――」言葉が途切れ、フィオは自分の耳に手を当てた。片方の耳から聞こえない風のような暗い空洞を感じる。代償は過去の傷として、今も現実だった。

イルダは手を震わせながら、自分の意思をゆっくりと述べた。「私の言葉は、私が立ち会う場でのみ。私が死んだら、私の弁護士と指名した三人の証人がいる場でのみ――その時に限って、鳴らしても構わない。強制は断固拒否する」

その決定は重かった。フィオは心の中で何度も条件を確かめた。ここで約束されたことは、後に法廷での証拠となる可能性を持つ。だが同時に、誰かがイルダを脅して同意させることもありうる。だからこそ不可逆の安全手続きが必要だ。フィオは提案した。

「儀式を文書化する。あなたの署名を取り、その場で私たち三人が証人として署名する。封をして、印を押す。封印は複数に分けて分散保管する。さらに、あなたが生きている間は、演奏が可能な状況を作らないために――封印を破るには、あなたが自らの意思で三回呟くという合図を義務づ