異世界転生楽器職人の魔導師 第17話「第15章」
門の鉄格子越しに、フィオは息を吐いた。今、彼女がしたいことはひとつだけだ。仲間を奪還すること。だが扉の向こうを見れば、取り囲む役人たちの表情と、そこに置かれた籠に押し込まれた小さな楽器群が目に入る。楽器は、いつもより薄汚れて見えた。泥がつき、皮の擦れたところからは以前に預かった言葉のかけらがざわめくように思えた。
門の鉄格子越しに、フィオは息を吐いた。今、彼女がしたいことはひとつだけだ。仲間を奪還すること。だが扉の向こうを見れば、取り囲む役人たちの表情と、そこに置かれた籠に押し込まれた小さな楽器群が目に入る。楽器は、いつもより薄汚れて見えた。泥がつき、皮の擦れたところからは以前に預かった言葉のかけらがざわめくように思えた。
「フィオ・リュード、外部の者の差し入れは認められません」
門番の短い宣告は壁のひびのように硬かった。フィオは手提げの布袋をぎゅっと抑えた。布袋の中には、仲間が逮捕される前に彼女の店へ託した楽器が二つ三つ入っている。セリアのクラリネット、アロの小さな笛、マルコの皮打楽器。彼らは、言葉を預けるなら万が一の時に証拠になるとフィオに告げていた。だがその「証拠」には条件があった──預けた者の意思に従わなければ鳴らせない。無理に鳴らせば、フィオの耳はさらに遠ざかる。
「差し入れを──せめて、二言だけでも」フィオは低く頼んだ。彼女の声にはもうかつての高い震えがなかった。失った聴力のせいで、声の抑揚が変わっている。聞く耳を失った人の声は、どこか落ち着いて聞こえるらしい。だが自分の耳に戻されるのは、音がなにより大切であるということだけだ。
門番の短い目がちらりと動いた。向こう側の役人たちにノイズが溜まる。誰かが立ち上がり、籠に肩をつけた。籠の中から、鞴の皮がきしむ音がかすかにしたように感じた。だがそれは、フィオの頭の中の想像だったかもしれない。彼女はまだ聴力を一部喪っている。だから、音を奪われる恐怖は──何倍にも増していた。
「これは──証拠品ではありません。公共の安全のため、一時没収する命令が出ています」若い役人の声は、無機質だった。役人は言葉を削り出す代わりに、命令書を差し出した。インクの匂いは、フィオの記憶に古い楽譜の匂いと重なった。誰かが秩序を手に持っている時、あらゆるものは楽譜のように切り取られてしまう。
「彼らは──尋問を受けているのね?」フィオは問いかけた。尋問という言葉は刃物のように冷たく響いた。彼女は自分がすでに代償を払っていることを知っている。第十二章で、守った楽器のために失った聴力の一部がまだ疼いている。耳鳴りは、夜に彼女を追った。あれは代償の痕だ。もし無理に鳴らせば、その痕は深く刻まれる。
「受けています。何か――証拠はすべて押収しました」門番は肩越しに役人の目を盗むように付け足した。それは脅しでもあり、約束でもあった。彼らは楽器さえ奪えば、言葉は消せるとでも思っているらしい。だがフィオにはわかっていた。楽器に預けられた言葉は、ただ音として鳴るだけではない。誰がそれを預けたか、いつ、どのような同意があったかという手続きが残っている限り、法廷で争う余地は生まれる。問題は、それが制度の目の前でどう扱われるかだ。
拘置所の面会室に入ると、薄い灰色の光がテーブルを斜めに撫でていた。セリアはテーブルにもたれ、口元を押さえて座っていた。腕には細い痕がついている。アロは目を閉じ、空気の中で慢性的な震えを抱えていた。マルコは足を組み、静かに拳を握っていたが、視線は冷たかった。彼らは逮捕された後も沈黙を守るように見える。だが彼らの瞳は、どこかフィオを求めていた。
「来てくれたのね」セリアの声はかすれていた。彼女は昔、学者の端くれとして裁判の文書を扱ったことがある。落ち着いた口調の裏に、憤りが混じっていた。「役人は君の店の楽器を没収したそうだ。『衆愚を煽る物品』扱いだって」
「楽器は人の言葉を預かる。人の言葉は罪でも、救いでもある」フィオは答えた。彼女の言葉は自分の耳にどう響くか確認できなかったが、仲間の間には伝わった。アロの唇がわずかに動いた。彼はまだ、声を出すことを恐れていた。
尋問の話を聞くと、彼女の胃が収縮した。役人はしつこく、連日のように尋問を重ね、彼らの意志を崩そうとしている。だがセリアの説明から、さらに重要な一端が露わになった──役人たちは楽器に預けられた言葉を「口供」として差し出すことを極端に嫌っている。なぜなら、それが公の場で流れれば、王府の正当性を揺るがすからだ。
「つまり彼らは、我々の持つ”音の記録”が法廷で使われることを最も恐れている」セリアはテーブルを拳で軽く叩いた。「だから楽器を押収した。だが押収しただけでは、言葉は無効化されない。君が言う通り、同意の有無、預けた日時、目撃者の有無──そうした手続きの痕跡があれば、法廷で争えるかもしれない」
「それを証拠にする方法を探る」フィオは目を閉じ、小さく息を吸った。自分の耳がまた少し遠のいたような気がした。代償は常にすぐそばにある。だが仲間の顔を見れば、選択の重さが増す。無理に楽器を鳴らして真実を暴く手もある。あの代償を二度受けるのだ――それを思うと、指先が冷たくなった。耳を完全に失えば、音の世界で生きてきた彼女の専門性は別の形に変わる。それでも、仲間を守るためなら――という衝動が胸の奥で鳴る。
だがフィオは、自分が以前に犯した過ちを覚えていた。無理に鳴らした楽器の音は、確かに真実を引き出した。だがその代償で彼女は夜の静寂に囚われ、眠れぬ日々を過ごした。あの孤独は、単なる聴力の損失以上のものだった。音を届ける者としての彼女の役割が変質したのだ。だから今回は、強行は選ばない。仲間の同意を尊重する。それを守ることで、彼女は自分の職能を、支配ではなく参加の設計へと変えられるはずだと信じている。
「法廷で争う、というなら、どの書式で提出する?」フィオは訊ねた。彼女は楽器についての記録を得るために、仲間たちと事前に交わした備忘録や目撃者のリストを頭の中でたどった。セリアは肩をすくめた。
「まずは預けられたという事実を確定させる必要がある。口頭だけでは役人が押し切るだろう。だから、預かった楽器と預けた者、それを預けた日時、そして預ける際の状況を証明できる書類が必要になる。公証人の署名か、音楽院の記録。そういった公的な連続性があると、裁判所は耳を傾けるはずだ」
「音楽院にアクセスできればいいのに」アロが小さな声で呟いた。彼は囚われた際、こわばった笑みを一度だけ浮かべていた。音楽院は王府に近い。そこに保存されている楽譜の断片や出納帳は、沈黙法の成立過程と結びつく重要な証拠になりうる。だが近づけば、より強い圧力がかかる。
部屋を出る時、フィオは仲間たちの手を一つずつ握った。皮膚の温度は冷たく、それが生きている実感になった。セリアの瞳が柔らかくなる。「私に任せて。学術的な支えになる人物を探す。裁判手続きの穴を見つけ出すわ」
面会室を離れると、外はもう夕暮れだった。街路には監視棒を持った役人がゆっくりと行き交う。フィオは店へ戻る途中、秘密裏に預けていた同意書の写しが入った小箱を手に取り出した。そこには、楽器を預けた際に交わした、簡素だが確かな言葉が並んでいる。日付、署名、誰が立ち合わせたか――手書きの文字は震えているが、心のこもった証言だった。以前はこんなことを考えもしなかった。だが今は、同意の軌跡が命を救う。
店に戻ると、フィオは常連だった縫い子のエルダに会った。エルダはかつて法廷で書記を務めたことがあ