異世界転生税関吏の迷宮攻略者

異世界転生税関吏の迷宮攻略者 第6話「第5章」

雨が落ちる朝、ダンはいつもの場所に立っていた。迷宮口の石段を背にしているのは、役所の小さな屋根の下に設えられた通関台――木製の台に古いインク壺と薄い紙の山、そして彼の名札がぶら下がっている。名札の縁には前世の癖で磨り減った指紋の跡のような光が残り、彼はそれを撫でるようにして息を吐いた。今、彼がしたいことは一つだけだ。薬を一瓶でも多く、迷宮へ入る必要のある者に通すこと。妨げになるのは、能力の厳しい条件と嘘に課される冷たい罰。守る対象は、今朝も震えながら列を作る人々と、その列の先で青ざめている女と、小さな背中に寄り添う男の子だった。

雨が落ちる朝、ダンはいつもの場所に立っていた。迷宮口の石段を背にしているのは、役所の小さな屋根の下に設えられた通関台――木製の台に古いインク壺と薄い紙の山、そして彼の名札がぶら下がっている。名札の縁には前世の癖で磨り減った指紋の跡のような光が残り、彼はそれを撫でるようにして息を吐いた。今、彼がしたいことは一つだけだ。薬を一瓶でも多く、迷宮へ入る必要のある者に通すこと。妨げになるのは、能力の厳しい条件と嘘に課される冷たい罰。守る対象は、今朝も震えながら列を作る人々と、その列の先で青ざめている女と、小さな背中に寄り添う男の子だった。

「ダンさん、お願いです。これだけは……これだけでいいんです」

女は手に小さな布包みを抱えていた。包み越しに透ける茶色の瓶が見える。中身は抗菌薬のようだ。女の夫──肉の色が失われた瘦せた男が布団に浮かび上がるように座って、腕を悲しげに前に垂れている。彼らの目は必死で、申し込みに来た瞬間からダンに釘付けだった。家族は、迷宮へ行く者が持つ命税の重さで崩れ落ちる。ダンはその現実をこの目で何度も見てきたから、出す言葉が先に決まっている。

「申告してくれ。何が入っているのか、どう使うのか、誰のためかをはっきり書いてください。鍵は正直さです。それがないと、私は通せない」

女は震えながら紙に文字を並べる。字が揺れている。ダンは静かに、それを受け取って読み上げる。内容は「外用薬 三種類 夫の化膿した傷の治療用」。三種類。だが、彼女の手は一つの瓶を人差し指で指している。ダンは目を上げ、女の掌にある包みを覗き込む。指先がほんの少しだけ薬瓶のラベルに触れていた。

「一本だけ、誰かが注射で打つタイプが必要だ。診療所に言われたんです。注射はここになくて、口から入れるやつじゃ効かないって」

ダンは包みの上からでも瓶の形を指先で確かめる。確かに注射器に合いそうな細長いガラス瓶だ。だが、規則は規則だ。彼は能力の限界を常に自覚している。申告された荷物の中から、持ち主が"本当に必要とする道具"を一つだけ迷宮へ通すことができる。ここで「本当に必要」という判定は、ダン自身の目と経験に依る。だが同時に、申告が嘘であれば荷物は石になり、嘘をついた者の大切な物も同等の重さになる――と、噂が走り、そして事実として幾度も示されてきた。

「一つしか選べない。三つだと判断の基準がぼやける。君が本当に必要だと言い切れるのはどれだ?」

女は震える声で答える。「注射の瓶を。注射の瓶を、どうか。口からじゃもう間に合わないと……」

ダンは息を止める。能力の判断は、いつも静かな断絶を伴う。人の言葉だけでなく、目の奥にある本気さを確かめる。彼女の目にあるものは恐れと疲労、だが同時に一種の演技の残滓がある。となりで制限された医薬品が闇市場へ回されることは何度もあった。迷宮へ入れば高価に売れる――彼女が本当に注射を必要としているのか、それとも家族のために少しでも金になる薬を持ち出そうとしているのか。ダンはそれを見極める義務がある。だが、義務と人命がぶつかると、判断は痛みを伴う。

その時、診療所から駆け込んできた青年が息を切らして台の前に倒れ込み、声がひびいた。「ダン! 患者さんが悪化している。注射がないと、もう持たない!」

青年の名はマルック。小さな診療所の助手で、いつも患者の側で寝起きしている。マルックの手は血で汚れていて、額には汗が光る。彼の言葉は正確だ。ダンは包みの中身をもう一度見つめ、心の中で冷たい音を聞いた。規則は、嘘には容赦しない。だが同じ規則に留まることが、人を死なせる場合がある。

ダンは深く息を吐いた。ここで彼が選ぶのは、税の原則を優先することではない。通関士としての彼の一つの信念――最初に助けを求める者を守ること。彼は目の前の申告書を置き、低い声で告げた。

「この場で私が見届ける。君たちが表に書いた三つのうち、本当に必要なのはどれか。女将さん、君がいちばん大事だと言うものを指差してくれ」

女は躊躇しながらも、瓶を指差す。指先が震える。だがダンの中で別の警報が鳴った。もしこの申告が嘘――あるいは誤魔化し――だった場合、包みは石となるだけでなく、嘘をついた者はその代償として自分の大切な物も同じ重さにされてしまう。誰が「自分の大切な物」を帳尻合わせにするか。規則はそこまで冷酷だった。

「これを通すと、万が一嘘だと箱は石になり、その罰は君に返る。家にある大事なものが同じ重さにされる。分かるね?」

女の唇が引きつる。「私の……子供のスプーンが。父さんの帽子が。どれも、これも、大事だけど……」

ダンは頭を振った。罰を受けさせるのは彼の務めではない。嘘を見逃して混乱を生むのも彼の務めではない。ただ、ここで死ぬ人間がいるのだ。彼は目を閉じた。ここでできる選択は一つだけだ。自分の物で代償を負う。代償を自分が受け入れれば、嘘であったとしても、彼らの荷物は石に変わらない。能力の仕様の中に、そういう余地があるかは決められていないが、過去の試験で得た経験は教えてくれていた。能力は「真の必要」を尊ぶ。だが、もし外形上は嘘でも、それを許容するのは管理者の判断次第だ。ダンはその責任を取る覚悟を持っていた。

「マルック、台を少し横にずらしてくれ。私のものをここに置く」

マルックは慌てて動き、ダンはベルトから外していた古い懐中時計を取り出す。銀の盤面は今でも細かな傷で覆われ、母国の港で働いていた頃の時刻合わせの名残りだ。前世の彼が通関台で使っていたものだ。時間を守ること、約束を守ることを象徴する品。ダンはそれを手のひらに置いて、女に向けて見せた。

「これを代わりにしてくれ。もし申告が偽りなら、この時計を私に代わって罰に当ててくれ」

女は目に涙を溜めながら首を振る。「そんなことは……あなたの大切な物を」

「私の大切な物は、ここで止まっていられるものだ。君の家族が止まってはいけない」

ダンの声は低かった。彼は能力を発動させるための手続きをする。通関の儀礼は形式的だ。申告書を台に乗せ、申告者の名を読み上げ、荷物の詳細を確認して印を押す。その印を押す瞬間、ダンは自分の掌を懐中時計の上に軽く置いた。能力は、宣言と眼差しと接触を伴って作用する。彼は息を整え、ゆっくりと赤い印を紙に落とした。印が乾く間に、世界の重さが変わるような静寂が訪れる。

布包みの端から、冷たい波が伝わってきた。マルックが包みを開き、女が指差した瓶を取り出した瞬間、周囲の空気がざわめいた。瓶の表面がざらつき、色が鉛のように暗くなっていく。石。それと同時に、ダンの手の中にあった懐中時計が、音を立てて鈍い音へと変わった。銀の光が灰色に曇り、針は動きを止め、盤は冷たく硬い石のようになった。

「来たか……」

マルックの声が震える。女は後ずさり、裸足で地面にひれ伏した。瓶は確かに石にならなかった。逆に、その石化の影響は彼の時計に向かい、時計がいままさに石になった。空気が重く、鉄のような匂いが鼻を突いた。ダンは懐中時計を握りしめた。指先に伝わる重量は、すでに純粋な金属のそれではない。彼は胸の奥が締めつけられるのを感じた。失うという感覚は、機械の無機的な重み