異世界転生税関吏の迷宮攻略者

異世界転生税関吏の迷宮攻略者 第26話「第24章」

潮のにおいが混じった朝の風が、港の広場に集まった人々の頬を撫でた。ダンは木製の申告台に肘をつき、目の前に並んだ書類と箱を見た。箱の蓋には、共同倉庫の代表名が刻まれている。リア、ハヤト、シロエ、エルン──自分以外にも多くの顔が此処にあることを、ダンは何度も確かめた。守る対象はもう、彼一人の守るべき家族や助けを請う者だけではない。彼らが持つ痛み、望み、日々の道具の重みが、ここに集まっていた。

潮のにおいが混じった朝の風が、港の広場に集まった人々の頬を撫でた。ダンは木製の申告台に肘をつき、目の前に並んだ書類と箱を見た。箱の蓋には、共同倉庫の代表名が刻まれている。リア、ハヤト、シロエ、エルン──自分以外にも多くの顔が此処にあることを、ダンは何度も確かめた。守る対象はもう、彼一人の守るべき家族や助けを請う者だけではない。彼らが持つ痛み、望み、日々の道具の重みが、ここに集まっていた。

「今日で終わらせるべきだ」とリアが言う。声は震えているが、他人を守ろうとする意思が揺るがない。彼女は迷宮内で働かされた者たちの代表で、目の下に深い影を落としていた。ハヤトは漁師の手を見せつけるように組み、エルンは無言で後列の者たちを見渡していた。シロエは、小さな革袋を自分の胸に押し当てている。袋の中には、迷宮出口に貼るための特別な印が一つだけ入っている。これが「出口にない出口印」だと、彼らは信じていた。信じることと、通すこと。その間をダンはどう橋渡しするかを考えていた。

「迷宮伯はもうすぐ来る」とハヤトが低く告げた。広場の対岸に立つ石段の上に、黒い軍旗が翻る。迷宮伯ベルドが来る。彼が来れば、言葉は石のように硬くなる。法は彼の声で形を変え、人々の選択は数に押し潰される。だが、それでもダンは今日の申告を取り下げるつもりはなかった。申告台の横には、空になった通行札が箱のように置かれている。空の通行札は無言のまま光っていた。彼の胸に冷たいものが落ちる。あれは序の小道具ではなく、これから起きることの証人なのだ。

「ダン、説明してくれ」――ベルドが石段を降りてきた。彼の後ろには迷宮伯直属の盾隊が整列している。側近の徴収者が一人、にやりと笑った。ベルドは遠目に見ても威圧的だった。薄く笑っている顔の裏側に、数えきれないほどの命と記憶を秤に掛けた手の形が見える。

ダンは立ち上がり、声を整える。「本日、私は共同倉庫の代表として一件の申告を行います。申告物は——『出口印一枚』。所有者は共同体。必要性は、迷宮の出口の再検証と、迷宮内の記憶破壊に苦しむ者たちの救出のためです。私はこの申告が真実であることを保証します」

ベルドの目が細まった。「共同体が所有者だと? 所有者が人々全員であるなら、誰が本当に必要だと認めるのだ? 混乱を招く。規定に反する」

「規定はここにある」とリアが前に出る。彼女は自らの指で共同倉庫の名簿を差し示した。名簿には数百の署名があり、証言が添えられていた。身体の一部を失った者、小さな子供の名前、牢屋の中で読み上げられた懺悔。言葉は紙にしみ込み、真実を重くしていた。

ベルドは鼻で笑った。「紙切れで人は救えない。申告は個人単位だ。しかも一つの道具である。共同体という抽象は認められぬ。嘘であれば、その結果は皆知っているだろう。石になるという、その呪いをな」

その言葉で、広場の空気がまた一段と冷たくなる。ダンの内側で血が引く。能力の条件は、いつも彼を縛ってきた。申告された荷物に限り、持ち主が本当に必要とする道具を一つだけ迷宮へ通せる。嘘があれば荷物は石に変わり、嘘を申告した者の「大切な物」も同じ重さに変わる。ベルドは彼の弱点を知っている。彼はそれを嗤った。

ダンは見えないところで、懐の中を触った。そこで握りしめているのは、かつて自分が一度だけ犠牲にしてしまった時計の欠片ではない。あの日、彼は子供の命を救うために最愛の時計を石に変えた。壊れた機械は石の質量を帯び、今は共同倉庫のガラスケースに置かれている。だから、ベルドの言葉は彼にとって昔の傷をえぐる。だが今日は違う痛みを選ぶ。彼はもう、躊躇しないつもりだ。

「共同体が所有者です。ここに署名があります。『出口にない出口印』は、迷宮の出口が人の選択で再生されるために必要です。私が代表して申告を行います」ダンは言った。言葉は震えたが、嘘ではない。共同倉庫の人々は実際に出口の回復を必要としている。迷宮の内部で改竄された出口印や記憶に苦しむ者たちがいる。その回復に、あの印は不可欠だと彼は信じた。

ベルドは冷笑する。「よろしい。ならば申告を通すか通さぬかは迷宮の鉄の掟に委ねられる。だが申告が我が伯の法に触れると判断されれば——そなたは代償を支払うことになる。ここで吶喊して良い。公正な場だ、と民は思っているだろう。だが我が法は我が刃だ」

その瞬間、盾隊が一斉に前に出た。だが広場の片隅で、小さな鼓動が鳴った。エルンが前に出て、壁に打ち付けられた空の通行札を掲げる。空の通行札は淡い光を帯び、そこに刻まれた穴が風を通している。エルンの声は低く、硬かった。

「この通行札が空であったから、どれだけの者が出口の付与を拒まれて死んだか。これがただの紙切れだというのか。民が自らの言葉でこれを満たすために——私たちは今日、選ぶ」

ベルドは指を鳴らす。「ならば選べ。だが選択は秩序を壊すならば破滅を招く。そなたらの選択は、そなたら自身の喉を斬ることになるかもしれぬぞ」

「それは我々が決めることだ」シロエが言った。彼女は小袋を差し出す。中の印は薄い金属でできていて、一見して力があるとは思えない質素なものだ。しかし、彼女の指先が触れると、印はわずかに振動し、周囲の空気に記憶の匂いを撒いた。シロエは迷宮内で泣き叫ぶ仲間の声を聞いた者だ。印の在り処は記憶の回復に結びつくと言われていた。真偽は不明だが、彼女はそれを必要だと感じている。真の必要性は、紙の署名だけではなく、指先の震えで示されるのだ。

ベルドは鋭く言った。「では証を出せ。そなたらの証言が真実ならば、我が裁きは及ばぬ。虚偽と判断すれば、そなたが申し出た代償を受けさせよう」

ダンは申告台に戻り、深く息をついた。申告は既に届いている。形式的にはこれで申告は行われた。あとはベルドか、その直属官が嘘だと宣言するか、受け入れるかだけだ。だがベルドは法の外で圧力をかける。彼のやり方は、恐怖や買収、記憶の改竄を駆使して真実をねじ曲げる。彼はすでに多くの証言を奪っている。だからダンは最後の賭けをすることに決めた。

「聞け、皆」ダンは声を上げた。彼の言葉は広場の隅々まで届く。「我々はここで一つの申告を行った。共同倉庫の所有として『出口印』を申告した。だが、その効力を持たせるためには、この印を迷宮の核心、出口の前室に通す必要がある。私の能力は——申告された荷物の中から、その持ち主が本当に必要とする道具を一つだけ通せる。しかし、たった一つを通すために、私は自らの代償を受け入れる」

広場の空気が一瞬、止まった。ダンは懐から小さな布包みを取り出す。そこには、彼が数年前に誰かを救うために残した最後の「大切な物」が入っている。今は傷ついた銀板に見えるが、それを手にしたとき、ダンの胸は重く締め付けられた。彼はその物を法の前に差し出す。

「私は、この布包みを代償としてここに置く。もしこの申告が虚偽と認められ、その荷物が石に変わるなら、この包みは同じ重さに変わることを私は受け入れる。それでもなお、我々は選ぶ」

誰も彼を止めなかった。リアが唇を噛み、ハヤトがゆっくりと拳を握った。エルンはうなずき、シロエは目を潤ませた。彼らはもはや命令される者ではな