異世界転生染物師の探検家

異世界転生染物師の探検家 第8話「第7章」

風が港を渡ると、アオの髪とエプロンの端が波間の紙片のように震えた。彼女は、今すべきことをくっきりと見据えていた──ユウを取り戻す。港のあちこちで広がった噂が真実であることを、昼前の検問の混乱が証明していた。税を上げたというだけでなく、港の出入りを厳しく制し、人を連行していく。連行されたのは、先月アオに助けを求めた漁師の息子、ユウだ。アオはそのとき、ユウの母に「港を失う前に助ける」と約束した。約束は潮のように戻って来るまで待ってはくれない。

風が港を渡ると、アオの髪とエプロンの端が波間の紙片のように震えた。彼女は、今すべきことをくっきりと見据えていた──ユウを取り戻す。港のあちこちで広がった噂が真実であることを、昼前の検問の混乱が証明していた。税を上げたというだけでなく、港の出入りを厳しく制し、人を連行していく。連行されたのは、先月アオに助けを求めた漁師の息子、ユウだ。アオはそのとき、ユウの母に「港を失う前に助ける」と約束した。約束は潮のように戻って来るまで待ってはくれない。

「旗が増えた。色が無い旗ばかりだ」とミナが、アオの工房の前で小さく呟いた。ミナは市場の顔で、理屈より先に体が動く人だ。彼女の両手は朝採りの魚と帳簿の端でいつも匂っている。今日は手に麻の布を握っていた。その布の端にはアオが昨日混ぜた薄藍が残っている。

「検問は港の三つ目の突堤までだって。そこから先は提督の船が常駐してる」ミナが言う。言葉の端に、悔しさと恐れが混じる。だが同時に決意もある。ユウの母はここに居て、出て行けない。連行に抗議する声は潰され、子供は連れて行かれた。アオは手袋を外して、布の端を指でなぞった。自ら染めた布。それがなければ、彼女は誰の感情も潮色として読み取ることはできない。

「やるなら、合意が要る。ユウの母さんにきちんと訊いて」アオが言った。能力があるからといって、他人の心を勝手にあばくわけにはいかない。無断で読めば海は濁る。深く掘れば、アオ自身の色覚が蝕まれていく。そういう代償を知っているから、彼女はいつも誰かの同意を先に得る。だが今は時間がない。だから合意の取り方が、いつもに増して慎重でなくてはならない。

ミナは頷き、目を細めた。「母さん、行こう。ユウに渡す小さな布を、私たちが投げ込めるようにしよう。触れるのはユウ本人で、彼の意思で。私が側にいる。あなたは遠くから潮色を読むんだ」

集まったのは、ミナの他に古株の潜水者ジョスと、小さな帆船の船頭タケルだった。ジョスは海底の地図を杖代わりにして歩き、タケルは港の隅々を知っている。誰もアオの道具にはならない。各自が自分の判断で動く仲間だ。ミナはユウの母の手を握り、声を絞るように言った。

「触るのはユウだけ。あなたが渡すものを彼が掴む。その合意でしか読みません。約束して」

ユウの母は息を詰め、目を真っ赤にしながら小さく頷いた。涙の粒が光を拾うが、表情は一つの覚悟に固まっていた。アオは自分で染めた小さな飾り布を取り出し、手のひらに乗せて母に差し出した。藍の濃さは浅く、塩に濡れた布の匂いと混ざる。

「ユウに渡す方法は?」タケルが早口で訊く。検問を通るには目立たない必要がある。だが提督の部下は目が鋭い。布を投げ入れるなら、相手の注意を逸らす手筈がいる。

「港の灯台の後ろに浮かべるブイを、少しだけ藻で染めて目を引く。そこへ渡すように見せかける」ジョスが提案した。ジョスの案は現実的で、港の浅瀬を知る者の知恵だった。アオは素早く布を補強して、袖の中に忍ばせる。合意の証は目に見える。ユウが触れた瞬間、アオは潮の色を読むことができる。

しかし計画には見えない危険も含まれていた。提督が港での検問を厳格にしたのは単に税率を上げるためではない。彼らは人の移動と記憶を管理するために港を使っている。アオはその支配の長い手を思い浮かべ、喉の奥が苦くなった。だが今はユウを取り戻すことが先だ。

夕暮れに近づき、四人は動き出した。ジョスは浅瀬のブイを藻で薄く染め、そこに小さな結び目を作っておく。タケルは小舟を巡らせ、ミナは市場の喧騒で注意を逸らす小さな騒動を起こす。アオは布を胸に抱え、心の中で呼吸を整えた。色覚がすでに薄くなっているのを彼女は感じていた。遠景の藍が沈んだように見える。読むたびに、確かに何かが減っていく感覚がある。

「行くわよ」ミナが合図を送る。小舟は静かに夜の水面を横切り、提督の停泊する船の陰へと回り込む。提督側の見張りが二人、銃を持って突堤に立っている。夜風が強く、見張りの旗は色のない白布一枚である。アオはその旗を見て、腹の底が冷たくなった。色を消すことが支配の象徴なのだと、目の前に示されているようだった。

小舟が接近する間、タケルが低い声で囁いた。「こっちの流れを使う。目を引くのはジョスのブイだ。そっちを見張りが見ている間に、あの側の小舟へ紐を投げ込め」

合図でミナが市場に向けて大声を上げ、数人がその方へ走り出す。見張りは一瞬目を向け、ブイを見つめる。アオはその瞬間に布を取り出し、小さく結んで重りをつけた。ユウのいる船は甲板の上で動揺している。提督側の命令に従っている監守の目は、やはり人の管理を容易にする機械のように冷たい。

アオは布を思い切り投げた。風に乗って、それは薄く弧を描いてユウの船の甲板へ落ちた。誰かが拾った。小さな手が布を握りしめる感触が、アオの胸の中に直接伝わる。ユウの触れた瞬間、アオの世界は一瞬震えた。潮の色が押し寄せる──息の速さ、水の冷たさ、恐怖の鱗粉。だがそれは薄青と灰色の渦であり、混濁と支配の匂いが混ざっていた。

「ユウ、触ってくれたら読める。あなたの気持ちを教えて」ミナの声が甲板越しに聞こえる。ユウは布を握りしめたまま口を開き、かすれた声で何かを呟いた。合意の合図が取れて、アオは潮の色をより明確に掬った。だがそこには深い層があり、引き出せば彼女の色覚をさらに削るだろう。ユウの恐怖は単純ではない。彼の中には、恐れを超えた何か、記憶のかけらが薄く青く溶けていた。それは泣き声のように静かに流れ、彼のまぶたを濡らしていた。

アオは一瞬躊躇した。読みを浅く留めるか、深く掘って航路の情報や監守の配置を知るか。後者は救出を確実にするが、アオの視界はさらに失われる。彼女はユウの顔を思い浮かべた。まだ子供だ。港で生きるには知恵が必要だが、子供にはまだたっぷりの未来がある。ユウの母の願いが、アオの胸を突いた。

「深く。いけるだけ掘って」ミナが耳元で言った。彼女の声は震えているが、決意は固い。ユウの母の手が更に強く握られる。合意はここにある。

アオは海の潮色の層を掴むように、意識を伸ばした。布に触れた者の隠した感情は、まるで潮の流れが色を帯びるように見える。ユウの恐れの下に、誰かに奪われた夜の記憶が眠っていた。彼は甲板の下で、何度も尋問のようなことを受け、海の図面の一部を消されるような体験をしていたのかもしれない。詳細が、色として彼女の内側に押し寄せる。岸のライトの光が、アオの目に不自然に鈍い影を投げた。藍が、藍でなくなる。

「行くわよ」アオは吐息とともにそれを引き抜き、仲間に囁く。潮の色が示したのは、船の脇にある小さな隙間。船員が一瞬手を離す時間の長さ。甲板の下にある縄梯子の位置。監守の背中の向き──すべてが紙に書かれているようにアオには見えたが、その代わりに彼女の視界からは深い青が消えていた。色が抜けていく痛みは、刺さる石のように鋭い。

小舟は静かに忍び寄り、タケルが縄梯子を引き上げる。ジョスが甲板の下へ手を伸ばし、ミナは市場の方で更に大きな声を上げて見張りを完全にそらす。アオの指先は震え、目の前の世界の一部が灰色の膜で覆われる。だが彼女は読みを続け、最後の