異世界転生影縫師の護衛騎士 第19話「第17章」
会場は朝の光に薄く震えていた。広場に張られた仮設の壇上は、紐で結んだ布と木製の椅子だけの簡素なものだ。畳める机の上に置かれたのは、証言者の名前が墨で書かれた札と、小さな黒い箱──黒糸の指輪を示すために用意されたレプリカだと、セイは何度も説明した。だが誰もが視線を落とすのは、いつものように彼の影だった。風のない午前でも、その輪郭は薄く、細く、午前の石畳に溶けそうであった。
会場は朝の光に薄く震えていた。広場に張られた仮設の壇上は、紐で結んだ布と木製の椅子だけの簡素なものだ。畳める机の上に置かれたのは、証言者の名前が墨で書かれた札と、小さな黒い箱──黒糸の指輪を示すために用意されたレプリカだと、セイは何度も説明した。だが誰もが視線を落とすのは、いつものように彼の影だった。風のない午前でも、その輪郭は薄く、細く、午前の石畳に溶けそうであった。
「始める前に一つだけ。合意の手順について、もう一度確認します」セイは低く言った。声は広場に反響して、遠くの屋根や窓にぶつかって戻ってくる。彼の隣には、護衛隊長のハヤト、情報屋のマル、そしてミラがいる。ミラは今日は壇上には上がらない。彼女の顔にある微かな緊張が、セイの心に刺さる。
ハヤトが頷き、短く口を開いた。「我々は強制をしない。告白する者は誰であれ、その言葉の責任を自分で負う。セイが『縫う』のは、あくまで動きを支え、体の震えを止め、声が出やすくなるためだけだ。言葉の真偽は、事前の公開誓約と互いの証人で補う」
マルは用意した小さな木札を取り出すと、壇上に立つ者がそれを人前で取り交わす手順を示した。木札には証言の概略が記され、当人が署名した上で、二人の第三者がその場で確認する。公衆の目に晒す。虚偽が出た場合、縫いが刃になる危険を最小限にするため、縫いはその場で解除し、縫い目の所在を記録する。二人の護衛が物理的な間合いを保つ。すべてを透明に、手順通りに。
セイは自分の右手の甲にある小さな黒い痕を触った。以前、裁定騎士団の使いが落としたという黒糸の断片を拾ったときの、燻んだ錆のような感触だ。それを見せることが、今日の争点の一つになる。指先がその痕に触れるたび、彼の影はまた少しだけ薄くなるように感じられた。縫えば縫うほど、影は消える。だが黙っているわけにはいかない。ここで沈黙すれば、制度の暴力が隠れたまま通ってしまう。
壇上にまず上がったのは小柄な女だった。家族を替え玉に出されたと噂されている女性で、手は震えていた。広場の人々は息を飲む。彼女の側には幼い子が立っており、子の目は不安げに左右を見渡している。女は木札に指を置き、視線を上げた。署名が墨で刻まれる。二人の第三者、町会の年長者と商人の証人が名前を言い、書面を見て頷く。その手順は静かに、確かに進んだ。
「私は──私は、王女に替わると告げられたことはない。家族の移動は私たちの意思であった」言葉は短く、確かに聞こえた。セイは立ち上がり、彼女の背中へ向けて静かに手を差し出す。「今、動きが硬い。足が震えている。君の影の端のひとつ、ほつれがある」彼は言葉少なに、しかし冷静に手を下ろした。縫いには信頼が要る。彼女の手が震えるのを止めるだけの確かな信頼だ。女は小さく頷き、彼を見た。セイは目を合わせ、信頼を交換する動作をした。ほんの一瞬。彼女の影が彼の指先に触れるように感じられ、セイは針を空中に落とすような感覚を味わった。
針はいつものように見えない。だが縫いは働き、女の一歩が揺らぐことなく出た。街の誰かが息を吐き、会場に小さな安堵の波が広がる。眼前の子が父の手を強く握り直した。だがその瞬間、壇上の向こうで低い声が上がった。
「偽証だ!」裁定騎士団の陪従らしき男が叫んだ。彼の声は挑発的で、広場の端に置かれた一群の黒い装束の人物たちと目を合わせる。彼は壇上に一歩踏み出し、杖を叩きつけるようにして言葉を畳み掛けた。「この女は、我が団に雇われた者だ。我々は替え玉の実行を止めている! この者は嘘をついている!」
ざわめきが走る。女の顔色が一瞬にして変わった。子が口をつぐみ、母の手をもっと強く握る。第三者の一人が急に顔を背け、汗が滲む。セイの手に、縫いの感覚の違和感が刺さった。針先が冷たく振動した。目に見えないが針がもし刃ならば、それは今、衣に触れているように鋭い。彼は直感した──誰かがこの場で虚偽を仕立て上げ、矛盾を生ませようとしている。
「その証言を裏付ける証拠は?」ハヤトが割って入る。だが男は笑った。「証拠などいらぬ。群衆の記憶があれば足りる。混乱を避けるために、我々の任務は正義だ」
セイは心の中で針を引いた。縫い目が刃に変わる条件は「嘘」だ。彼は今、女の言葉と面前の状況を照らし合わせた。女は真実を語ったのか、それとも操られているのか。先の第三者の一人が顔を背けたのは、恐怖か、それとも別の理由か。彼の影は薄く、判断力の端が常よりも滑りやすい。縫えば縫うほど、自分の影が蒸発していくように感じる。だが、縫わずに見殺しにする選択肢はなかった。彼女の足はもう三度、固まりかけている。
「ここで確認します」セイは声を張り、壇上に向き直った。「この女が発言したのは、自分の意思ですか。今、ここで、干渉や脅迫はありませんと誓えますか」
女は答えた。「誓います」震えながらも、言葉に確かさがある。それを聞き、セイの胸の中で何かが緩む。だが声の端に小さな不自然が残る。彼は目を閉じ、縫いを入れるときと同じ集中を呼び戻す。心の中では数えた。信頼の交換、目線の合意、第三者の確認。手順を踏めば、嘘は生まれにくくなる。だが、外部からの操作があるならば、手順だけでは万能ではない。黒糸の指輪に触れた経験が彼の脳裏を掠める。あの器具は影を改変できると噂されている。もし今日それが使われれば、縫いは刃になり、味方を切り裂くかもしれない。
壇上脇の影から、突然、鋭い声が飛んだ。「我が団は、証拠を提示する!」黒装束の一人がゆっくりと黒糸の入った箱を開ける。箱はこぢんまりしていて、蓋の内側に紋章が刻まれてあった。黒糸の切れ端が光を吸っている。会場が一瞬にして静まる。黒糸の影響力がここにあることを、誰もが知っている。
それを見て、女の表情が凍った。子どもの目が泣きそうに光る。第三者の商人が青ざめ、口を押さえた。セイは本能的に手を伸ばしたが、同時に手の中にある縫いの責任を思い出す。もし彼がここで誰かの影を縫ったまま、相手が薄い偽証に巻き込まれたら──縫い目は刃に変わる。刃は誰を傷つけるか、いつ関係なく、そこにある。彼は仲間に目を送った。ハヤトはすでに周囲の間合いを狭め、護衛が群衆の流れを制している。マルは指で合図を送った。ミラはじっと遠くを見つめている。
裁定騎士団側の男は箱から黒糸を取り出し、それを示すようにして言葉を紡いだ。「この糸は、影の改変に使われた。被害者たちは自らの記憶を消し、移動を受け入れたふりをするように作られた。我々はそれを黙認して取り締まってきたのだ。証拠はここにある」
彼の言葉は巧妙だった。真っ向から制度を擁護する代わりに、彼らは自らを改革者として見せかけた。混乱を生むための一手だ。群衆の中に不安が広がり、誰かが小さく叫んだ。「糸だって? 影をいじったのか!」
セイは知っていた。黒糸の指輪、あるいはその断片は影を改変する技術の一端に違いない。だがそれをここで彼らに見せるのは、逆効果だった。人々は恐怖に駆られれば、真実よりも安全を選ぶ。裁定騎士団はそれを利用する。彼らは偽証を立て、混乱を作り、縫いを刃に変えさせる。彼らが望むのは、縫いが「危険な力」であるという認識を公的に作ることだ。そうすれ