異世界転生影縫師の護衛騎士

異世界転生影縫師の護衛騎士 第16話「第14章 欠けた影の正体」

古い裁縫台に座り、セイはいつもの癖で針を持った。燭台の銀明かりが彼の手元をかすめ、針の先を通るのは普通の糸ではなく、黒く淡く光る影の裂け目だった。針を通すたびに空気が薄くなり、足元をなぞる自分の影が確かに軽くなる。肩の奥を冷たい痛みが走ると、彼はそこで一拍止める。代償は今日も現れた。

古い裁縫台に座り、セイはいつもの癖で針を持った。燭台の銀明かりが彼の手元をかすめ、針の先を通るのは普通の糸ではなく、黒く淡く光る影の裂け目だった。針を通すたびに空気が薄くなり、足元をなぞる自分の影が確かに軽くなる。肩の奥を冷たい痛みが走ると、彼はそこで一拍止める。代償は今日も現れた。

「今日もやるのか」

ミラの声はいつもより低く、震えが混じっていた。薄い外套の下に何かを抱え込むようにしている。部屋の隅にはリアンが箱を置き、図版を広げていた。年寄り二人と、ミラの幼なじみの少女も輪に加わっている。外の通りからは子どもの笑い声が消え、代わりに何かをこらえた息遣いが伝わってくる。

「やらないと、また誰かの記憶が抜ける。欠けた影が増える前に、拾えるものは拾いたい」セイは針を引き抜き、布片に並ぶ黒い縫い目を見つめた。縫い目はかろうじて閉じた裂け目だが、縫われた者の瞳には時折、ぽっかりとした穴が見える。あの穴を埋めるために、彼は針を握るのだ。

リアンが箱の蓋を開けると、中で黒い光を放つ指輪がちらりと見えた。黒糸の指輪。共同体の間で見ただけで顔が曇る道具だ。指輪に細い紐が巻かれ、小さな刻印が側面に入っている。リアンは図版を押し出し、そこに描かれた図を指でなぞった。

「これ、調べておいた。指輪の紐は飾りなんかじゃない。影に触れて引き剥がすためのフックが仕込まれてる。儀式の記録の断片にそう書かれてた。移動と記憶の管理、つまり大量移送の器具として使われてるらしい」

ミラの顔色が一瞬で引いた。彼女がぎゅっと抱えていた布の端がわずかに震える。布の隙間に見えたのは、白く抜け落ちた目の写真の切れ端だった。写真の中の子供は笑っているが、目のあたりが光で飛んだように欠けている。

「移動と記憶の結びつきか……」セイは低く呟く。指輪の仕組みを示す図は、生々しく正確だった。影の輪郭に細い鉤を差し込み、特定の部分を引き出して封じる。裁定騎士団の『再配置』は、必要と判断した“部分”を抜き取り、指輪に収める形で行われていた。欠けた影は、そうやって人工的に生まれていたのだ。

リアンが息を吸った。「逆もできるかもしれない。指輪の留め金を緩め、紐の鉤をほどけば封じられた断片を戻せる。ただし、マニュアル通りにやると相当な代償がいる。君の影はもっと薄くなるだろう」

セイの手が針に力を込める。彼の能力は単純だ。信頼した相手の影のほつれを一度だけ縫い、傷ついた動きを支える。代償は毎度、彼自身の影が薄くなること。相手が嘘をつけば縫い目は刃となり、皮膚を裂く。理屈は頭で分かっていても、図の鉤と紐が示す仕組みが「選別された記憶」という現実を突きつけると、怒りが胸の奥で熱を帯びる。

「まずは小さな試験だ」セイは言った。「理性的で、嘘をつく余地がない人とだけ。言葉を合わせ、証人を立てる。僕一人で全部はしない。刃が出ても、僕が受け止めるけど、その分僕の影は薄くなる。皆で、その負担を分けてくれ」

ミラがゆっくりと手を挙げた。彼女の声は震えながらも確かだった。「私がいい。母の名前が抜けてるの。夜になると、そこだけ穴が開いて……もう他人の都合で奪われたくない」

準備は儀式じみていたが、形式は本人たちのためにあった。年寄りの一人が紙を閉じ、低い声で問いの順を確認する。誘導しない、想像を補わない、答えを与えない。証人は互いの目と名を確認し、外に向かって圧力をかけないことを誓った。言葉はセイにとってトリガーだ。相手の声に彼の信頼が触れたときだけ、影は縫える。だから言葉の扱いが全てを左右する。

座の中心にミラが座り、四方に証人が並んだ。誰もが深呼吸をし、ミラはゆっくりと名前を口にした。

「私は、ミラ。ミラ・カレン。母の名は……エラ。父は……」そこで彼女の声が途切れ、目の奥に黒い穴が浮かぶようだった。セイの胸が締め付けられる。彼は針を影の縁に差し入れ、ゆっくりと糸目を作っていった。見えない糸が空間を切る音を立て、影の輪郭が少しずつ閉じていく。彼女の言葉は真実の気配を帯びていた。だが真実と欠落が混ざり合う瞬間はいつだって危うい。

最後の針目が通ったとき、ミラの顔に変化が訪れた。短い言葉が滑り出す。

「エラは市場で布を売っていた。赤いスカーフが好きで…」

年寄りの一人が頷き、部屋に小さな喜びが広がる。だがその瞬間、反対側の年寄りの口が無意識に動いた。「いや、違う。エラは農場で──」と言いかける。言葉は故意ではない。古い断片同士がぶつかり、混線して出たものだった。

セイは瞬時にそれを捉えた。針の中で糸がざわつき、刃の兆候が生まれる。糸目がぎくりと歪み、細く尖る一筋が空間を裂いた。ミラの腕に鋭い痛みが走り、彼女が叫ぶ。その刃は袖を裂き、皮膚に二つの切り傷を残す。血がぽたりと落ちた。反射でセイは刃を掴もうとして手を差し出した。金属とも氷ともつかぬ冷たさが指先を通って、彼の内側を削る。

「セイ!」誰かが薬草を取り、ミラの傷を押さえた。年寄りが布で止血をする。だがセイは手の感覚の代償を即座に味わう。胸の奥から一つの記憶が薄れていく。母親の輪郭、縫い針を持つあの日常の温もり。つかもうとしても、指先に触れるのは空気だけだった。自分が何かを失っていくのを、セイははっきりと感じた。

リアンが慌てて薬袋を取り出し、年寄りたちが治療の動作を始める。ミラは痛みに顔をしかめながら、それでも新しく取り戻した断片に小さく笑おうとする。だがすぐに彼女は申し訳なさそうにセイに顔を向ける。

「ごめん、セイ。私のせいで…」

彼は小さく首を振って、握った手を強く返す。「嘘が飛び交うと危ない。だから予防を徹底しよう。備えはしていたけど、まだ足りなかった。刃が出たときの受け止め方、位置取り、薬草の配置、全てを見直す必要がある」

リアンが指輪の箱を開け、図版を広げて説明を続ける。図は鉤の先端が影の表面に食い込む様子、紐を引く手順、引き出された断片が小さな空間に収まる様を示していた。リアンの指先に図の小さな部分が震える。

「要するに彼らは記憶を選別して封じていた。移動の際に『不要』と判断した部分を抜き取る。指輪はそれを収納する器械だ。ここには封印の留め金の解除方法も載っている。ほどけば戻る可能性はある。ただし、書かれている通りにやれば、縫う側に相当の代償が来る。君の影はもっと薄くなる」

部屋の空気が重くなる。皆が自分たちの中にある欠落を想像し、怒りと恐れが交互に顔を出す。ミラは拳を握りしめ、年寄りは唇を噛んだ。セイは机の上に置かれた黒糸の指輪を見ると、その紐の先のほつれに血のような染みがついているのを見つけた。過去に誰かが奪われた断片が、そこにまだあるという証しだ。

「これを、逆手に取るしかない」セイは低く言った。「封じられた断片を安全に戻すための儀式を、僕たちの手で作る。事前に言葉を合わせ、証人を増やし、嘘が出にくい環境を作る。僕が全部引き受けるわけじゃない。分け合うんだ」

「公開でやるべきだ」リアンが顔を上げる。「隠れてこっそりやると、彼らは裏でまた操作する。広場で、一度に多くの被害者の声を開く。そうすれば隠れられない」

セイは一瞬ためらった。公開は知らせを拡散し、