異世界転生時計師の監察官 第7話「第6章」
朝の光はまだ慌てていた。工場町の路地に差し込む光は薄く、まだ眠りからすべてを取り戻していない。イツキは作業台に肘をつき、油の匂いと金属の冷たさに囲まれていた。今、彼がしたいのは、この町の朝を守ることだ。止まっていた秒針をまた動かし、工場の従業員が自分の食卓に向かえるだけの時間を確保すること。彼の指は懐中から取り出した小さな歯車をひとつだけ回してみる。回転は滑らかだ。直したい時計は、まだいくつも残っている。
朝の光はまだ慌てていた。工場町の路地に差し込む光は薄く、まだ眠りからすべてを取り戻していない。イツキは作業台に肘をつき、油の匂いと金属の冷たさに囲まれていた。今、彼がしたいのは、この町の朝を守ることだ。止まっていた秒針をまた動かし、工場の従業員が自分の食卓に向かえるだけの時間を確保すること。彼の指は懐中から取り出した小さな歯車をひとつだけ回してみる。回転は滑らかだ。直したい時計は、まだいくつも残っている。
「イツキさん?」と声をかけたのは、町の労働者組合の代表を務める女だった。彼女は黒い手袋の隙間から一枚の紙を差し出した。紙の端は震えている。そこには町のいくつかの家族の名前と、先日の合意による「待ち時間」の記録が並んでいた。労働者たちは自らの合意で短い休憩を取り戻した。イツキはそれを守りたい。だが、その紙の端には別の印が押されていた。薄い、役所の印。訪問者の印だ。
路地の入口に立っていたのは、監察局の巡回官だった。肩章の金属が朝陽を受けて微かに光る。彼の横には二人の局員が、黒い箱を抱えている。箱からは、機械のせわしない鼓動のような低い音が漏れていた。箱には真鍮の文字で「時刻徴器」と刻まれている。
巡回官は無表情に手紙を掲げた。封蝋の紋章は見慣れた権力の印だった。「王立監察局、監察官レン=トール。ここは公務で立ち寄った。貴君——イツキ、王立時計塔見習い、だな?」
イツキは作業台から立ち上がり、油で濡れた手を素早く拭った。守るべき人々が背後にいる。男の表情はこちらを見ていないが、声は冷静だった。「我々は、時刻税の適正執行を確認している。最近、この町での『異常な時間分配』に関する通報を受けた。合意と称するものが、法定の時刻流通を乱しているという。」
代表は言葉を継いだ。「私たちは誰かのために時間を盗もうとしているわけではありません。自分たちの短い休みを取り戻しただけです。合意で——」
レンは紙を受け取ると、押し殺すような音を立てて笑った。「合意、だな。法は合意の体裁を守る。しかし、合意の形式だけではなく、その根拠、すなわち時刻配分の『法定枠』に従う必要がある。十三時の規定を忘れてはならない。」
その一言に、一瞬の沈黙が落ちる。町の人々の顔が硬くなる。イツキの心臓も、同じリズムで硬くなった。十三時——彼は名前を聞いたことがある。それがどういう意味を持つのか、今はまだ輪郭しか見えないが、監察局の口から出ると規則は突然、鋭利な刃物のように町の薄い保護布を裂いた。
「十三時とは?」組合代表が問う。声には怒りが混じっていたが、その音色は震えていた。レンはゆっくりとポケットから薄い冊子を取り出し、表紙を開いた。古びた文字が並んでいる。国の政令、時刻法規の写しだ。ページをめくる指先は機械的で、そこに写る文字がまるで鐘を鳴らすように重々しかった。
「十三時は、例外的時刻の規定だ。戦時や流通危機、公共秩序の再編成が必要とされる場合に発動される。十三時の枠組みは、特定の時間帯における時刻の再配分と徴取を合法化する。つまり、国家の必要と認められれば、余暇を含む時刻の流通は制限されうる。時刻税はその運用の一部だ。」
レンの言葉は一つ一つが冷たい顎をついたようにまっすぐに投げられた。誰かが隣の路地で扉を閉める音がした。工場の煙突がまた少しだけ息をついたように見える。イツキは自分の掌がわずかに震えているのに気付いた。彼の能力は、修理した時計に「合意した短い待ち時間」を記録することができる。しかしそれは、二人の合意がなければならず、合意なしに時間を奪えば自分の寿命がそのまま削られるという代償が待っている。代償は戻せない。彼はそれを知っている。だが、監察局の言葉は彼に別の恐れを植え付けた。国家は十三時を根拠にして、多くを正当化することができるのだ。
「貴君の行為が、全国的秩序に混乱を招くという証拠がある。」レンが黒箱の蓋を開けると、中から規則書とともに、細い金具が入った一枚の板が現れた。金具は小さな歯車と錘を内蔵した機構で、見かけは古風だが、設置された時計の動きを遠隔で同期・調整できるらしい。町のいくつかの時計にこうした徴器が取り付けられている。徴器は単に時間を記録するだけでなく、時間配分を中央へ返送するための鍵だった。監察局の管理する時間の網の目だ。
「これが徴時器だ。これを通じて、我々は各地域の時刻報告を集め、必要があれば時刻配分を再配分する。法に従えば、徴収された余暇分は国家の管理下に入り、時節に応じて再配分される。各地が勝手に『合意』して時間を配分することは、流通網の混乱を招く。」
代表はうつむいた。賃金を取り戻すために奪った時間ではない。奪うつもりでもなかった。だが国家はそれを秩序の乱れと呼び、速度と正確さを求める歯車の律速のために、余剰を摘み取るという言葉を使う。イツキはぐっと唇を噛んだ。彼が提供してきたのは、目の前の人々の短い休息だ。だが今、法はそれを「余剰」と呼んで没収する口実に変えられた。
レンは町を一回り見渡してから、まるで記録を付けるように言葉を重ねた。「異常と認められた行為は調査対象だ。王立塔としての調査が入れば、塔の記録も含まれる。貴君の行為が塔の設備、あるいは塔が保持する時刻規範との齟齬を来すなら、塔からの除名もありうる。」
塔――その言葉はイツキの胸に刺さった。王立時計塔は、彼が学ぶべき場所であり、同時に国の時間を形作る中枢でもある。もし塔の規範そのものが十三時に縛られているのだとしたら、彼の小さな修理はただの反抗に過ぎない。塔の記録に耕された根がある。イツキは視線を落とし、作業台に残された歯車を撫でる。
「私たちにとっては、秩序の維持が何より重要だ」とレンは付け加えた。「だが同時に、秩序は正当な手続きに従って保たれねばならない。貴君が行った『合意』が真に自発的かどうか、またその結果が如何に町全体に影響を及ぼすか。そうした点は調査を要する。」
町の代表が顔を上げ、言い返す。「私たちは『強制』を受けてはいません。毎晩、工場で働く両親たちは——子どもたちに本当の朝を与えたかっただけです。誰かがそれを否定する権利を持つのですか?」
レンの表情に僅かな揺らぎが走ったが、すぐに冷静さを取り戻した。「法律は私情に応えるものではない。時刻配分は国家の問題だ。だが調査は執行前に告知する形で行う。現段階では強制捜査は行わない。だが、塔の記録調査の申請は既に出された。貴君にも協力の意思があるか。」
協力――その言葉は優しさの仮面を被っている。だがイツキには、その裏に塔の古文書庫の扉を開くことが含まれるのだと分かっていた。塔の古文書には、十三時に関する記述があるかもしれない。人々の時間を国家がどう扱ってきたか、忘却をどう制度化してきたか。彼は自分一人でその重みに向き合えるだろうか。仲間たちには、それぞれの仕事と家族がある。彼らを危険に晒すわけにはいかない。
「協力はする」と、イツキは声を絞り出した。だがその言葉の影には、固い決意がある。協力というのは単に監察局の要求に従うことではない。塔の記録を自分の目で確かめ、十三時という言葉がどのように制度化されたのか、その過程を見極めるこ