異世界転生時計師の監察官

異世界転生時計師の監察官 第3話「第2章」

イツキは、止まった秒針を指先で追いながらため息を吐いた。工場の正面に据えられた大時計の文字盤は、日の出からしばらくしても、そこだけが取り残されたように静止している。針は十時三十分を示すばかりで、細い秒針は一点に貼りつき、まるで息を止めたまま時間を飼い殺しにしているようだった。

イツキは、止まった秒針を指先で追いながらため息を吐いた。工場の正面に据えられた大時計の文字盤は、日の出からしばらくしても、そこだけが取り残されたように静止している。針は十時三十分を示すばかりで、細い秒針は一点に貼りつき、まるで息を止めたまま時間を飼い殺しにしているようだった。

「ここを直せば──」声に出してはいけない欲望が喉を掠める。朝を取り戻したい。子どもたちが路地で声を出し、パン屋が窯に火を入れ、工場の扉がゆっくりと開いていく、そんな当たり前の朝が欲しい。だがイツキは知っていた。自分の持つ職能は道具であり、魔法ではない。塔で教えられた規則が胸の奥で冷たく鳴った。

直した時計にだけ、二人が同意した短い「待ち時間」を記録できる。合意がなければ、取った時間は自分の寿命に等しい代償として跳ね返る──戻せない。言葉での取り決めと、修理者である自分の手が揃って初めて働く、それがイツキの能力だ。

工場の入り口に立つ女が、不満そうに腕を組んでいた。名前はセラ。細い手に油が入り込んだままの労働者だ。彼女の目は眠気で赤いが、矯められたような怒りを含んでいる。周囲には寄り添うように他の女たちも集まっていた。昼夜に回る機械の合間に合間にしかとれない休みを、彼女らは薄い紙切れのように扱われていた。

「修理師さん、本当に直せるのかね?」セラの問いに、イツキは懐中から小さな工具箱を出した。箱の蓋を開けると、中には前世の鉄道時計をいじっていたときと同じ、使い慣れた精密工具が並ぶ。祈るように指を滑らせ、止まった秒針の歯車を撫でる。歯車には見えないほどの細かい傷が入っている。ここを砥ぎ、ここを磨き、ここに新しい歯を埋め込めば動くはずだ。

「直す。だが条件がある」イツキはセラの顔を見据えた。彼女の瞳の先には、工場主の監視台と、壁に取り付けられた黒い小箱──時刻徴器が横たわっている。小箱は真鍮と鉄でできており、小窓からは歯車の回転が見えない。人の労働時間を吸い上げる稼働部がそこにあることを、彼らは知っていたし、恐れてもいた。

「合意を取る。あなたがここで休むことに工場の管理者も同意するか。二人の合意。口約束でもいい、掲示に出す短い紙でもいい。作業を止めるための時間を決めて、その場でお互いに確認する。そうすれば、この時計にはその『待ち時間』を記録できる」イツキの声は震えていなかったが、胸の奥で何かが固まるのを感じた。合意がなければ、自分の体のどこかが一つ減っていくイメージが浮かんだ。それは塔で見た言い伝えが形を取ったような恐ろしさだった。

「管理者が?」セラは舌打ちした。彼女たちは日常的に管理者の言葉で削られてきた。だが、セラの隣で俯いていた一人が顔を上げた。彼女は若い母親で、懐からしわくちゃの紙を取り出した。そこには子供の登校時間や食事の記録が走り書きされている。顔に刻まれた疲労が、短い休みへの切実さを語っていた。

「一度試してみよう。五分だけでも」母親が言った。「子供に朝食を作る時間があれば──」

眼差しが集まり、短い議論が交わされた。管理者が反対するであろうことを誰もが知っていた。しかしここで、町で一番声の大きい男──工場の親方、ミケルが足を止めた。彼は重いコートの裾で砂を蹴り、早口で言った。

「五分だと損が出る。だが三分なら考えてやってもいい」ミケルの声には計算があった。労働の価値は常に数で換算される。だが三分が承認されることなら、合意が成立する。イツキは内心で小さく安堵した。三分ならリスクを最小限にできる。

「三分だ。条件はこれで決まり。互いの同意だ。合意はここに記す」イツキは持っていた薄紙に、工夫して作った小さな印を押した。印は修理を施す際の自分の証だ。セラは親指を差し出し、印に触れる。これが二人の合意の物的証拠だ。イツキの掌に、古い規則の冷たさが落ちてくるような気配がした。合意があれば寿命は奪われない。合意がなければ──

修理の手順は、体に刻まれた動きのように自然だった。小さな歯車を外し、欠けた歯を嵌める。潤滑油の匂いが鼻孔をくすぐる。昔の鉄道時計をいじっていたときと同じ感触だ。微かな振動、歯車同士がかみ合うときの小さなクリック、そして最後に秒針をそっと戻す瞬間の緊張。イツキは深く息を吐いた。

秒針が再び動き出したとき、音だけがその場の雰囲気を変えた。かすかながら確かに「刻む」音がした。機械は呼吸を取り戻し、壁の振動が指先から身体全体に伝わる。工場の扉の内側で、機械の合唱とは違う小さな空気の踊りが生まれた。重い扉がゆっくりと閉じられ、金属の摩擦音が消えた。三分の「朝」が町に降りる。

最初に変化を口にしたのは、パン屋の老女だった。彼女は煙突のそばで、表情を変えて顔を輝かせた。「なんて朝だ」そうつぶやくと、その声が通りにこだました。子どもたちが戸口から顔を出し、猫が伸びをする。路地にいた女たちは、目を潤ませながら深呼吸した。三分間の朝は景色を変え、静かな歓声が起きた。セラの顔からは、ほんの少しだけ硬さが解けた。

イツキはその歓声を聴きながら、胸の奥で冷や汗が背筋を撫でるのを感じた。喜びは確かに生まれた。だが同時に、見張る目があるのも知っていた。工場の角から、いつもは気にしない人物がこちらをじっと見ていた。黒いコートの襟を立て、顔は陽の光を受けて影になっている。監察局の徽章は見えないが、その姿勢が官職に属する者のものだとイツキは直感した。彼は修理が町に小さな朝を返す理由を内心で説明することはできない。説明する必要もない。目の前の人々が膝を伸ばせたこと、それだけで十分だ。

三分が過ぎると、時間はゆっくりと戻された。町の音は機械のリズムに引き戻され、パン屋の老女は窯の脇でまた慣れた仕事に戻る。だが歓声は完全には消えない。小さな違和感と記憶が路地に残った。人々は今、解放され得るという感触を手に入れたのだ。セラはイツキの肩を軽く叩いた。「これを、もっと人に知らせなきゃ」彼女の声には、先ほどの疲れではない何かが混じっていた。

告発か隠匿か。イツキの目は時刻徴器へ向けられた。あの黒い箱を誰かが写真に収めれば、時刻税の存在を証明できる。だが写真を持ち出せば、監察局の目線は確実にこちらに向かう。塔で聞いた噂が彼の頭をよぎる──監察局は秩序を守ると称して、物事を閉じ込める。公にすることは、町を守るための賭けだ。隠すことは、今の小さな勝利を守ることになるが、それは一度に多くの町を救えない。

「写真を撮ろう」イツキは言った。声は小さかったが、路地に集まった顔には一瞬の驚きが走った。ミケルが鼻を鳴らす。「愚かなことを」彼は言った。だがセラは首を振った。「愚かじゃない。知られなければ彼らは続けるだけよ。私たちの朝を取り戻すには、知らせるしかない」

イツキは決めた。写真機は塔の見習いたちが使う記録用の小さな装置だ。正確には「光機」と呼ばれる。露光板に像を写すとはいえ、技術的に十分に発達している。イツキはそれを使う許可を塔からは得ていないが、塔で学んだ操作は体に染み付いている。彼は工場の外壁にある徴器の隙間に光機の小窓を向け、早く押し終えるように手を震わせながら露光を行った。シャッター音は、まるで小さな鐘が鳴