異世界転生時計師の監察官

異世界転生時計師の監察官 第20話「第18章」

イツキは、薄暗い裏路地の小屋で、今すぐしたいことを口にした。戦術でも策謀でもない。被っている帽子をぎゅっと掴んで、目の前に座る仲間たちを見渡しながら、ただ一言——「守る」。

イツキは、薄暗い裏路地の小屋で、今すぐしたいことを口にした。戦術でも策謀でもない。被っている帽子をぎゅっと掴んで、目の前に座る仲間たちを見渡しながら、ただ一言——「守る」。

「監察局の手が伸びてきている。次に逮捕されるのは誰でもおかしくない」。ユラが震える声で言った。彼女は工場町の代表で、労働者たちの署名運動を支えてきた。一枚の紙を握りしめている指に、まだ判子を押したインクの匂いが残っていた。

「ここで皆を隠しておくわけにはいかない」とルーヴァが続ける。白髪を後ろへ束ねた老職人だ。彼の手は依然として油に染まり、長年刻んだ細かな傷が残っていた。ルーヴァは眼鏡越しにイツキを見た。「情報を守るだけじゃ足りない。ネットワークを作る。壊されにくい、分散化された修理網を——」

イツキは自分が今したいことを、頭の中で整理した。仲間の命を守ること、公開した証拠や合意文書を安全に広げること、監察局の摘発から市民を守るための物理的・制度的な『防御』を築くこと。外には監察局の巡回車の音が遠くで低く響いている。窓の外の街灯は時刻徴器の発する青白い光で輪郭を切られ、そこから配達される命令が町を巡るように見える。

「時計を直して、合意を記録するのは君の仕事だ」とベルクが言った。若い職人だ。彼の目は鋭く、だが震えていた。「だが一人で背負わないでくれ。君が消耗したら、次がいない。僕らも直せるように訓練が必要なんだ」

言葉の端々に、これまでの戦いの代償が隠されている。イツキの左手の甲には、短く白い毛が混じり始めていた。夜の合間に現れる痛みは、彼が何度も無理をした証だ。それでも彼は、能力を濫用する気はなかった。自分の能力は規則に縛られている——自分で直した時計にだけ、二人の合意した短い待ち時間を記録できる。合意なしに時間を奪えば、自分の寿命が同等に削られる。戻せない。何よりも、それは彼が守る対象である共同体の主体性を奪うことになる。

「分散修理網か」イツキは低くつぶやいた。唇の先に、いつもの油の匂いが残る。「やるべきだ。だが方法は慎重に。修理の技術を教えるだけじゃなく……修理した時計を持つ人たちに、待ち時間合意の書式を渡す。合意のプロセスそのものを、時計に埋め込んでおく。監察局が記録を改竄だと騒ぐなら、我々は真正の合意を示せる準備をしておく」

「でも監察局は『記録の改竄』で既に動き出しているんだよ」ミハイルが吐き捨てるように言った。情報屋だ。彼の声に苛立ちと疲労が混ざっている。「逮捕は増えている。先週だけで三人の職人が拘束された。拷問で署名者の名前を吐かせようとしている。書類を偽造してるって言いがかりをつけてね——」

窓越しに遠く、街の方から叫び声が聞こえた。肝を冷やす瞬間、四人のうち二人が立ち上がる。ユラは黙って帽子を被り、ルーヴァがバッグから木箱を取り出した。その中には小さな歯車、軸受け、薄い紙の合意書が整然と並んでいる。イツキは箱を受け取り、指先で合意書に目を落とした。そこには簡潔な文言と署名欄、そして空白の時間欄がある。署名する人物同士が書き合う時間——それが彼の作る『待ち時間』を機能させるための合意だ。

「まずは訓練だ」イツキは言った。「直せる人を増やす。合意の手続きと、時計の中に合意を刻む方法を標準化する。監察局がどんなに言葉を変えても、現場に蓄えられた合意は消えない。若い者たちに、誰が何のために時間を使うのか、選ぶ力を教えるんだ」

仲間たちは頷いた。しかしその時、外の空気が震えた。木の扉を軽く叩く音がし、続いて低い声が聞こえる。「ここにイツキ・アルハンはいないか?」外からの問いに、何人かの脈拍が跳ねた。監察局の下っ端が訪ねてきたのだ。誰かが通報したのか。ミハイルの顔から血の気が引く。

ルーヴァが箱をバサリと閉じる。「隠す場所は用意してある。だが話し合いは拒めないぞ。彼らの目に、我々が何をしているか見せてはならん」

「見せないつもりだ」イツキは落ち着いて言った。「だが証拠を持たせるべき相手には渡す。逃げるための待ち時間を使うのではない。合意を守るための時間だ。誰かが問われた時に、黙らないでいられる時間を——」

扉の向こうで足音が止まった。沈黙が室内を満たす。イツキの手は、いつもの革の工具箱に触れていた。工具箱の底には、自分が直したという確かな証を刻んだ小さな印章と、いくつかの修理済みの懐中時計が入っている。彼は心の中で、使用の条件を素早く復唱した。自分が直した時計であること。双方の合意が書面であること。合意は本人たちの意思であること。これを守らねば、寿命を削る——それだけは絶対に避ける。

扉が開いた。二人の監察局員が影を落とす。肩からぶら下げた装置が昼間の光を反射して、時計塔の光と同じ青い色を放っていた。彼らの一人は名札を掲げず、冷たい眼差しだけが印象的だった。

「我々は通報を受け、監察局の指示で立ち寄った」短い挨拶の後、監察局員は辺りを見回した。「最近この地区で記録の改竄と、非承認の時間操作が報告されている。協力者はいるか?」

ルーヴァがゆっくりと頭を下げた。「我らは職人だ。直し、手入れをするだけだ。法律がどう言おうと、時計をいじることに罪はない」

監察局員の一人は鼻で笑った。「法律は我々の味方だ。十三時の規定に従わぬ者は、秩序の敵だ。だが——」彼の目がイツキに鋭く向いた。「イツキ・アルハン、お前の名は聞いている。お前の能力が関係していると。ここに隠れているのか?」

緊張が部屋を包む。ユラが小さく呟いた。「やばい……」

だが、扉の向こうで別の影が動き、監察局員の注意を引いた。外からの叫び声に引きつけられた隙を狙って、ミハイルが一瞬の動きを見せ、背後の窓を薄暗く開けた。イツキの脳裏で選択肢がざわつく。ここで能力を使って彼らを瞬時に逃がすことも可能だ。だが彼には躊躇があった。合意を示す時間がない。無断で人々の時間を止めれば、自分の寿命が奪われる——それは共同体が選ぶ行為ではない。

「イツキさん、お願い!」ユラが飛び出しそうになったのを、ベルクが腕を掴んで止める。「この場で何かをすれば、皆危ない。待て!」

監察局員の影が部屋に踏み込む直前、ルーヴァが小さな紙片を差し出した。「ならば見せよう。私らの仕事と、その正当性を」

紙には、これまで交わされた合意の控えと、その日時、署名が並んでいた。監察局員は眉をひそめ、書類を手でめくる。そこには確かな複数の署名、人々の住所、そして合意に至るための手続きが明記されていた。紙はだが、監察局にとっては売り言葉にしかならない。彼らはそれを「捏造」と断じるだろう。だが、時間が稼がれた。

監察局員は紙を片手で押し戻し、静かに言った。「調査は続ける。君たちは我々に協力する義務がある。非協力は拘束を意味する」

足音が去り、扉が閉まると、室内に重い溜息が落ちた。誰もが気を抜かず互いを見合う。ミハイルは小声で、「駆け足で済む仕事じゃない」と言った。「これからはどこでどう動くか、皆で決める。情報を分散させ、経済的にも自立させる。合意のための書式を皆の手に渡す。法廷に出す証拠を複数の場所に預ける。最悪、拘束されても入れ替えで続けられるように」

イツキ