異世界転生雨傘職人の王都魔導師

異世界転生雨傘職人の王都魔導師 第3話「第2章」

朝の露が降りることのない王都のはずれに、小さな屋台群がひしめいている。石畳はいつも乾いて割れ、屋台の布は陽光に褪せている。カイは油を引いた布袋を膝に乗せ、微細な針で黒い骨組みを繕っていた。今やりたいことはただ一つ──市場の屋台の列を守ること。だが舌打ちするような金属音が外から聞こえ、彼の手が止まる。向こう側の広場で、評議会の紋章を掲げた三台の車輌が組み立てを始めている。

朝の露が降りることのない王都のはずれに、小さな屋台群がひしめいている。石畳はいつも乾いて割れ、屋台の布は陽光に褪せている。カイは油を引いた布袋を膝に乗せ、微細な針で黒い骨組みを繕っていた。今やりたいことはただ一つ──市場の屋台の列を守ること。だが舌打ちするような金属音が外から聞こえ、彼の手が止まる。向こう側の広場で、評議会の紋章を掲げた三台の車輌が組み立てを始めている。

「またか……」カイは低く呟いた。彼の腕の内には、直したばかりの黒傘が横たわっている。前の夜、見つけた穴の空いたその傘を何とかつなぎ合わせたものだ。骨は折れていない。布の黒は、あの穴があったからこそ余計に目立つ。彼はその傘を棚の陰に押しやり、針をもう一度通した。

「カイさん、外に来てくれ!」屋台の一人、ミナが叫んだ。小さな体に泥がついた兄弟を抱え、顔をさっと覆っている。近くの空気にわずかな震えがあった。人工雨の粒子が、遠くから運ばれてくる風に乗って見えない流れを作っている。

カイは針を押さえて立ち上がる。屋台を出ると、評議会の車輌から放たれた小さな滴が、石畳に落ちてはひかりを散らしている。人々は列を成し、番号札を握りしめる。配給係が指差すたびに、誰かが前に進み、選別された者だけが短時間その滴に近づいて歩き回った。滴は普通の雨とは違い、光る粒に似ていた。肌に触れるとひんやりとするのではなく、記憶や感情の端をくすぐるような重さがある。

「これ、実験だろう?」隣の魚屋がつぶやく。「どの家に配るかを調べてる。誰が安全で誰が危険か。選ぶための――」

カイはその言葉に怒りが火のように膨らむのを感じたが、すぐに顔をひきしめた。目の前には子どもたちがいる。評議会の実験がどうであれ、目の前の濡れた子らを放ってはおけない。カイは店の内に戻り、針箱から幾つかの簡素な傘を取り出した。どれも彼の手で補修したものだ。布の縫い目を補強し、芯の継ぎ目に薄い金属を差し込んだ。機械ではない、職人の目と手による仕事だ。だがここが肝心だ──直した傘は、持ち主が自分で開いたときにしか働かないということ。逆に、閉じた傘を頼りにすると、僕の記憶が「濡れる」。その代償を彼は胸の奥で常に感じている。

屋台の隅に寄せられた子どもたちは、配給所の係員を恐れて縮こまっている。彼らの恐怖は単純で、空から落ちる小さな粒がどこに落ちるか分からないということだ。カイは傘を一つ取り、ミナの弟に差し出した。

「自分で開けてごらん。僕が開けてあげるからって頼むんじゃない。自分の手でね」カイの声は低く、でも揺るがなかった。

少年は戸惑い、指が震えた。周囲の大人たちは怪訝そうに見つめる。傘を取っても、自分で開くのをためらったとき、カイは自分の手先がひんやりするのを感じた。もし彼がその傘を代わりに開けば、効果は出ない。いや、出るどころか──閉じた傘を頼るという行為は、彼自身の記憶を濡らす危険がある。指先に走るその感覚はいつもと同じ、濡れた粘土の匂いのように、思い出の接着剤が溶けていくような静かな恐怖だ。過去にどれほどの記憶が消えたのか、彼は数えきれないほどの穴を胸の中に抱えている。それでも、その代償を受け入れて誰かを救うことがあるのも事実だ。だが今は、自分の記憶を次から次へと失うわけにはいかない。記録がなければ、この先の戦いの理由も、方法も人々に伝えられない。

少年が小さく息を吐き、ぎこちなく傘のつまみをつかむ。布がぱちんと開いて、彼の頭上に小さな屋根ができる。そこに一粒の魔力雨が落ちてくる瞬間、傘の内側の縫い目が光った。滴は少年が一番恐れていたもの――暗闇の中で母に会えなくなる感覚、夕食が来ない寒さ、そして見知らぬ人に取り残される不安──が形になったもののように虹色に揺れ、傘の端で弾かれた。弾かれたその一粒は薄い円形の静寂を作り、その内側では風の音が消え、空気がふっと暖かくなった。少年は驚きの声を上げ、周囲の人間も同じように息を呑む。

「見たか?」ミナが目を丸くする。少年は小さな笑みを浮かべ、目を潤ませながら傘をぎゅっと抱きしめた。

効果は短い。弾かれた一粒が作る安全域は数秒、広くても数歩分の空間しか保たない。しかしその数秒で、向こう側の屋台から水を引いた鍋や陳列品を移動させる余裕が生まれる。幾人かの商人がそれを悟り、カイの店に次々と傘を持ち込んできた。カイは黙って縫い直す。だが、ここでもう一つの事態が起きる。評議会の係員が市場の通りを回って、誰に何を渡しているかを細かく記録し始めたのだ。彼らは手に持った小さな石板に、配給した者の名、年齢、職業、配給の回数を書き留める。顔つきは冷たく、計測器を使って人々の動きを解析するように不審な視線を投げる。

「実験のサンプルを取っているんだよ」魚屋の男がぼそりと言った。「同じ条件で誰が生き残るか、誰が戻ってくるか。配給はただの観察だ」

カイの腹の中の怒りは、先ほどの静かな焼けるようなものから、鋭い注射のように変わった。人を観察台に乗せるのか。空を道具にして、人の不安を計るなんて。だが市場の安全のためには、ここで大声を上げて政府に抗議しても何が変わるわけでもない。目の前で濡れる子どもをいくつ救えるか。それが彼の基準だ。だから彼は裁縫針を握り、次の傘の縁を叩いた。

そのとき、広場の高台に立った白い布の男がカイの方を向き、手を挙げて合図を送った。彼は評議会の代理人らしく、徽章を胸につけている。周囲の係員が歩み寄り、カイの店の前で立ち止まった。

「あなたがこの市場で傘を配っている者か。直し方は独自の式か?」男の声は事務的だった。

カイは黙って傘を床に戻し、相手を見上げた。尋ねる人は多く、しかしその顔にあるのは単なる好奇心ではない。計画の匂いがする。カイは緊張を押し殺して、ゆっくりと説明した。直し方は職人の流儀だ。傘は元の形を尊重し、持ち主が自分で開けたときにだけ、そこに宿る恐れの一粒を弾く。彼はそれを隠そうとはしなかった。嘘はしない。相手がさらに詰問する前に、彼は続ける。

「だが、もう一つ。閉じた傘に頼ると、私の記憶が濡れて消える。だから私は、誰かのために傘を閉じて使うつもりはない」

代理人の顔が一瞬硬直した。周りの人々が耳をそばだてる。係員の一人が紙片をめくる音がした。

「記憶が消える、か」男は低く笑った。「興味深い。では、その効果は我々の実験に利用できるかもしれない」

その言葉が錆びた釘のようにカイの心に刺さった。利用できる──人の記憶を濡らす特性など、彼らは道具にして差別の道具に組み込むつもりだろうか。カイの手が、小さく震えた。だが彼は少年を見た。少年の目にはまだ驚きと安心が混じっている。ここで言い争いをしている余裕はない。

「うちの子らを優先でよこせ」ミナが前に出て、大きく口を開く。言葉に迷いはない。「この市場の子たちは、配給番号なんかいらない。誰かが命を差し出すような計画なら、私たちが選ぶ」

市場にざわめきが広がる。人々は一斉に評議会の係員を睨む。代理人は一瞬その様子を眺めてから、皮肉な笑みを浮かべた。

「では見せてもらおう。あなた方の“選択”がどれほどのものかを」そう言うと、彼は手を振り、傍らの係員に命令した