異世界転生雨傘職人の王都魔導師 第25話「第23章」
朝の光が薄く差し込む広場で、カイは自分が今したいことを、言葉ではなく手の動きで示していた。磨かれた木柄に触れ、端を縫い直す。それは市民たちの前で行う儀式にも見えた。彼の周りには、修理を教わった人間と、市場の長老、技術者、そして記録を編む若者たちがいた。誰もが静かに待っている。これから白日の下に晒すものが、どれほど危険であるかを互いに知っているからだ。
朝の光が薄く差し込む広場で、カイは自分が今したいことを、言葉ではなく手の動きで示していた。磨かれた木柄に触れ、端を縫い直す。それは市民たちの前で行う儀式にも見えた。彼の周りには、修理を教わった人間と、市場の長老、技術者、そして記録を編む若者たちがいた。誰もが静かに待っている。これから白日の下に晒すものが、どれほど危険であるかを互いに知っているからだ。
「準備はいいか、ジュナ?」カイは低く訊ねる。隣に立つジュナは、まだ若いが目は老いた技術者のように静かだ。彼は布の筒から薄い紙束を取り出し、震える指で広場に置いた台の上に並べた。封印の痕、入庫印、そしてあの逆さの雲の紋章が、幾重にも押されている。
「いい。これで十分だ。供給記録と製造番号、輸送経路が一つに繋がる。名前もある」ジュナの声には、確信と恐れが混ざっていた。
広場の向こう、評議会の庁舎前には黒い制服を着た役人たちが列を成している。列の先には、顔を知られた評議員の一人が冷たい顔でこちらを見下ろしていた。彼の手元には、評議会がこの町に配ったという「雨配給器」の小型模型が置かれていた。逆さを示すその模様は、カイが以前見た黒傘の縁に刺繍されていたものと同じだった。彼はその縁を、無意識に撫でた。縁の糸の乱れが、ある記憶を引っ掻いた――だが、そこは空白だった。指先に触れたのは、ただの痛みだけだった。記憶は、まだ戻ってこない。
「ハク、お前の言う『黒傘』はこれか?」市場の長老ハクが、台に寄せられた黒い一枚の傘を示す。黒傘は長老が持ってきたものだ。幾度も修繕された跡、真ん中に空いた小さな穴、そして欠けた縁には見覚えのある紋章が薄く残っている。
「この縫い目だ、若い頃に見た。向こうの工房印と合わせると、同じ刻――」ハクの声は震えていたが、言葉は正確だった。彼の指先が縁に触れると、集まった人々の顔が瞬時に変わった。繋がった。長い間霧の中にあった断片が、今ひとつの線になった。
ジュナがその紙を取り、広場の中心に置かれた台の上で一枚ずつ読み上げる。供給番号、発注者、配達先。読み上げるたびに、聴衆の怒りと驚愕が膨らんでいった。発注者欄に刻まれていたのは、評議会の高位の者たちの名簿と、庁舎の秘匿口座の移動記録だった。逆さの雲の符号が押された発注書は、ただの実験道具の発注でなく、選別のための配給装置一式を個別に、計画的に届けていたことを示していた。
「これが偽造だって? こんな紙で僕らを動かすつもりか!」評議員の一人が叫ぶ。彼の周りの制服はさらに硬く固まり、端に置かれた模型を持ち上げようとする者もいた。
その瞬間、広場の端で低い音が響いた。空気が震え、小さな水滴がぽつりと落ちてきた。人々の息が詰まる。軍配下の一部があらかじめ用意していたらしい、狙い澄ました一滴だ。小さいが、当たればパニックを起こすように魔力が濃縮されている。それは人々の恐れを直接刺激するように、ひとつの粒子として落ちてきた。
カイは反射的に手を伸ばした。だが台上の傘は修理されていても、開く者の手に託されねばならない。規則はいつも冷たく、厳格だった。「直した傘だけ、持ち主が自分で開いた傘だけ」――それに従うしかない。
「開いて!」ミレが隣の商人に叫んだ。ミレは市場の組織者で、カイの言葉を待たず、自分の修理済みの傘を自分で開いた。続いて数人が、それぞれ自分の傘を開いた。生業の手で自ら傘をひらく音が、広場に規律を生む。布が空気を裂く乾いた音。開かれた傘は、それぞれ持ち主の恐れを一粒ずつ弾いた。小さな安全の領域が点のように生まれる。落ちてきた一滴は、ミレの傘の縁で静かに弾かれ、弾かれた水玉は空中で砕けたように消えた。人々の肩にかけていた緊張が、ほんの少し解けた。
「開いたということは、自分の恐れを自分で受け止めるということだ」カイはぼそりと言った。自分自身は何もせず、傘の縁の細工を確認するだけだった。能力が発動したのは、修理したのが彼の手によること、そして傘を開いたのがその持ち主自身であったからだ。彼がただ修理を授けたに過ぎない。
だが、その一瞬、評議会に属する者の一人が手にした折り畳みの閉じた傘を振りかざして群衆に突っ込ませようとするのを見逃さなかった。閉じた傘。一見無害なそれは、カイにとっては忘れたくても忘れない呪いを呼ぶものだ。閉じた傘に頼るということは、彼の記憶を濡らして奪う。彼は過去に、それが代償としてどれほどのものを奪ったかを知っている。記憶は刃のように削り取られた。だからこそ、彼は自分の手で閉じた傘に触れようとは決してしない。
「やめろ!」カイは声を上げたが、叫びは細い。だが、その細い声に呼応して、リオが前に飛び出した。リオは以前、閉じた傘に頼って記憶を失った一人だ。だが彼は消えたままの記憶から共同の記録を頼りに自分を繋ぎ直し、今はカイの右腕となっている。リオは、閉じた傘を持った役人の腕を掴み、路面に叩きつけた。傘は床にころがり、無造作に開いてしまった。その瞬間、カイの胸の奥で凍っていた何かが音を立てて崩れた。
意外にも、閉じた傘が地に開いたことは、彼の記憶を奪わなかった。代償は「頼る」行為にある。誰かが自らの意志で開けば救いとなるが、頼られるために差し出された閉じた傘は別だ。リオの行為は、暴力の先取りを避け、市民の自律を守るための行動だった。そしてその行動が、評議会側の妙な策略を暴いた。役人の手にあったのは、偽装された配給証だ。封筒を破いたリオの指先から、薄紙の内側に評議員のサインがぼんやりと現れた。ためらいながらも、ジュナがそれを拾い、広場の光の下で読み上げた。
そこに列挙された名は、過去に誰もが噂で聞いたが決して証拠と結びつけられることのなかった名ばかりだった。ある者は都市の富を操り、ある者は労働者の移動を制した。読み上げると、市場の人々の顔が変わる。嘘が突如として真実の皮膚を引き裂き、内側にある黒い臓腑をさらけ出した。
「お前たちは何を想像していたんだ?」ミレが叫んだ。顔を真っ赤にして、彼女は台の上に置かれた紙を掴む。彼女の手は震えているが、声には揺らぎがない。「私たちが雨を待つのを許してくれたのは、慈悲でも慈善でもなかった。移動させたのは都合のいい集め物だった。彼らは空から人を選んでいたんだ!」
集まった群衆の間で静かな怒りがうねりになって広がった。誰かが「嘘だ!」と叫び、また別の者が「見せろ!」と応じる。争いを煽るのではなく、カイは手を挙げた。静けさを求める行為だ。彼の目は、いつも正面に立っている評議員の顔を探した。
評議員のうち数名が、自らの名前が挙がったことに気づき、互いに視線を投げ合った。内部に亀裂が入る。無理やり支配を維持してきた者たちにとって、名が挙がることは死だ。だが彼らはすぐに反撃の体勢を整えようとした。真っ先に、庁舎の正面に立っていた長老格の男が馬鹿笑いをした。
「証拠だと? 書類は誰でも偽造できる。立証責任はそちらにある」彼は冷たかった。だが、その言葉は空回りした。なぜなら、ジュナが持ってきたのは単なる一枚の書類に留まらなかった。彼は同時に、供給箱の木箱に刻まれた製造番号と、運送に使われた船の航海日誌を提示した。日誌の筆跡は