異世界転生雨傘職人の王都魔導師

異世界転生雨傘職人の王都魔導師 第11話「第10章」

朝の陽が石畳の隙間を斑に照らしているとき、カイは店先の作業台を動かして広場の中央へ出した。ミラが毛払子で服の埃をはらい、セルムが焼きたてのパンを籠に並べながら口をひとつひらいた。

朝の陽が石畳の隙間を斑に照らしているとき、カイは店先の作業台を動かして広場の中央へ出した。ミラが毛払子で服の埃をはらい、セルムが焼きたてのパンを籠に並べながら口をひとつひらいた。

「またか。噂に煽られて、人が離れたら市場が終わるぞ」
「それでも黙ってるわけにはいかない」とカイは短く答えた。手のひらに伝わる木の感触がいつもの安心をくれる。今したいことははっきりしていた——透明に、誰の目にも見える形で修理をすること。噂を消すために証拠を晒し、責任をはっきりさせる。妨げになるのは恐れと密告、それから評議会の影。守る対象は、屋台の人々と、その荷台にいる子供たち、そして傘を手にする者たち自身だ。

「まずは黒傘、一つずつ直して、持ち主自身に開いてもらう。誰が、いつ、開いたかがすべてになる」カイが宣言すると、付近に集まっていた人々の視線がこちらへ向いた。噂を聞いて来た者、店を閉めるか迷っている者、監視らしき者まで混じっている。空気が薄くなる一瞬、ミラが小さく息を呑んだ。

「閉じた傘を検査するという話も回ってる」と、長年の傘客であるアンナが声を潜める。「そのときはどうするの。閉じた傘に触れたら、カイさんも……」

カイはアンナの言葉を受けて首を振る。言葉にするより前に、既に自分のルールが彼の口を形作っていた。「閉じた傘に頼れば、僕の記憶は濡れて消える。だから誰にも、閉じたままで救いを求めさせはしない。開けるのは持ち主自身だ。それだけは譲れない」

声は硬かったが、そこに怯えは混じらない。人々はちらりと互いを見る。密告が増えたという噂は本当らしい。昨夜も、隣通りの露店が評議会に何か報告したという話が走った。真偽のほどはわからない。だが、あいまいさが余計に人の目を鋭くする。カイは店の奥から黒い傘を抱えて出した。最初に見つけたあの傘だ。穴が開いて、縁は擦れていた。見た者の顔が露骨に変わる。

「この穴が、誰かの仕業だって言う人がいる。評議会の印をつけて回したいんだって」と、ある商人が唇を震わせて言った。「うちの屋台の上に落ちた。うちの売り物がすべて濡れた。誰がやったんだ」

カイは傘を掌にのせ、穴の縁を覗き込んだ。穴の中心部、縁に沿って黒い瘢痕のような痕跡がある。触れればざらりとした砂の感触。手が震える。難しいのは、誰かを糾弾することで連鎖が始まることだ。疑いは疑いを産む泥沼だ。だから彼は、泥を掻き出す方法を選んだ——光の下で、道具を見せ、技術を見せ、誰もがその場で答えを見られるようにする。

「今日は修理会を、公然とやる。誰の傘でも持って来てほしい。直す過程を見て、持ち主が自分で開く。開け方や修理の痕跡、全部見て判断してくれ。隠し事はここにはない」カイの声に、ミラが机を並べながら頷く。セルムはパンの皿を二つ持ち、人を呼び込む。アンナは子供たちに声をかけ、圧し出すように人を集めた。

やがて、人垣が出来た。老若男女、売り物を籠に乗せた者、藁帽を深くかぶった者。そこに、閉じた傘を抱えた中年の女がゆっくりと近づいてきた。顔には恐れと怒りが混じっている。彼女は自分の傘を差し出した。

「これを見てくれ。昨夜、私の屋台の蓋が裂けたの。誰かが穴を開けた。評議会のやり方はもうたくさんよ」

カイは黙ってその傘を手に取り、破れた布を広げる。縫い目が切られたように見える部分と、微かな焼けた匂い。彼は顕微鏡のような目で縁を調べ、指先で小さな粒を拾った。それは黒傘の穴の縁に付着していたのと同じ粒子に見えた。掌で擦ると、皮膚に細かな熱の感覚が残る。

「これ……焦げた粉の一種だ。普通の摩耗じゃない」カイの声が通る。人々の間にざわめきが走る。誰かが、「評議会のやつらの研究室の粉に似てる」と小さく囁いた。その言葉を聞いた瞬間、周囲の空気が変わった。疑惑は喚起され、同時に恐れも燃え上がる。

「証拠を示すんだ」と、セルムが低く言った。「隠しておくな。公の場で見せろ」

カイは頷き、修繕道具を取り出した。鋏、糸、パッチ、それから小さな器に入った清浄粉。いつもより丁寧に、ゆっくりと作業を始める。彼の指は躊躇なく動き、糸を通す目が確かだ。人々は息を呑んで見守る。カイは言葉で修理法を解説しながら、作業を進める。「補強はまず縁から。雨の引力が一番かかるからね。生地の下に小さな帯を入れて、縫い目は二重に。ここで重要なのは、手で引っ張る方向を見ること。逆方向に力をかける痕は、人為的な切断の可能性が高い」

彼の手つきを見ているうちに、集まった者たちの顔から少しずつ険しさが和らいでいく。技術が目の前で機能するのを見れば、噂はただの言葉であることがばれてしまう。だが、噂は簡単には消えない。修理が進むにつれて、誰かが声を上げた。

「いつもの黒傘と違う紋がある。ここに、かすかな刻印——」その声は評議会の制服を思わせる紺布の一片を見たと叫ぶ者に続く。「見ろ、矢印のような模様だ」

その指が示す先に、確かに刻まれたような痕跡があった。小さな円と、その中心から四方に伸びる溝。誰かが意図的に刻んだとしか思えない。集まった人々の目が恐怖と怒りに染まる。カイはその刻印に指を触れた。冷たい金属の感触が手のひらを冷やす。

「これが評議会の記号なら、やっぱりあいつらが……」誰かが喚く。

その時、広場の端から声が響いた。紺色のバッヂを胸に付けた小太りの男が、威圧的に歩み寄って来る。彼の後ろには二人の制服姿の者が控え、さらに遠方には評議会の標章をつけた紙片が風に揺れている。群衆のざわめきが一瞬静まる。

「ここで公開の検査を行う。我々の命令だ。すべての傘を五分間閉じて提出せよ」男は声を張った。その命令には徴収とも取れる強さがあった。誰かが目を細め、誰かが震える。ミラがカイの袖を引いた。

「開けちゃダメ、カイさん。閉じるって言ってる」

カイの胸に、昔の店での光景が浮かんだ。閉じた傘を寄せ合い、誰もが目を背けたあの日のこと。閉じた傘に頼る行為は、彼にとってはただの物理的な動作ではない。ルール違反は、記憶の喪失という代償を伴う。だがここで命令を拒めば、評議会の手が市場に及ぶ。カイは周囲を見渡した。子供たちが露骨に怯えている。パンを売るセルムの手が固まっていた。

「我々は傘を閉じない」カイは静かに言った。「検査なら、ここで開けたまま、皆の目の前でやってください。誰にも閉じさせない」

検査官の顔がひるむ。彼は指示を出す手を一瞬止め、腹立たしげに眉を寄せた。「無礼だ。これは公共の安全のための措置だ。協力しない者は規制の対象に——」

声が怒気を帯びたとき、アンナが前に出て両手を広げた。「あなた方は安全のためと言うけれど、閉じさせることがどんな結果を生むか知っているの? 知っているなら、そんなことはさせられない」

その声に騒ぎが戻る。しかし、検査官は軍令のように冷たく、群衆の混乱に乗じて傘を押し取りにかかった。誰かが取りかかろうとした瞬間、ミラが叫んだ。

「やめて! 持ち主の手で開くって言ったはずよ!」

押し合いが始まる。検査官の一人が片手で傘の柄を掴み、ひっぱる。だが傘は持ち主の手の中にあり、取れない。混乱の渦中で、場の一角から低い音がした——一滴が空から落ちて来た