異世界転生氷菓子師の辺境伯 第7話「第6章」
夜明け前の井戸端は、まだ冷えた息で満ちていた。レナは焚火にかじりついたように手をこすりながら、肩越しに集まった顔ぶれを見渡した。目的は一つ――昨晩、氷菓を食べた老人が突然表情を失った件の原因を突き止めること。妨げは二つ――摂政側の監視が強まり、話が外へ漏れれば村全体が窮地に立たされること。そして守る対象は明瞭だった。咳をする子どもたち、空の井戸、そして氷菓を差し出した者たちの不安だ。
夜明け前の井戸端は、まだ冷えた息で満ちていた。レナは焚火にかじりついたように手をこすりながら、肩越しに集まった顔ぶれを見渡した。目的は一つ――昨晩、氷菓を食べた老人が突然表情を失った件の原因を突き止めること。妨げは二つ――摂政側の監視が強まり、話が外へ漏れれば村全体が窮地に立たされること。そして守る対象は明瞭だった。咳をする子どもたち、空の井戸、そして氷菓を差し出した者たちの不安だ。
「お前は本当に、あの氷菓を作ったのか?」隣に立つミーラが低く問い詰める。顔には怒りと恐れが混じっている。ミーラは村の焼き菓子屋を営む女で、昨夜は自らの店で配った小片を心配している。客の中に例の老人、ハトルがいた。
「いいえ。私はレナです。私は本来、果実の甘みを凍らせるだけで……」レナは自分の手を眺めた。爪先の冷えがいつもより深い。言葉の最後を濁らせたのは、能力を使うたびに体温が下がる感覚がまだ残っていたからだ。
「でも、あなたのやり方を教わったって話よ。あの飴のことも、あなたが言った“少しずつ分ける”って話も」ミーラは続ける。「教えたつもりで終われば良かった。でも、ユラが全部一人で作ったって言うの。彼女は商いを広げたかった。多くを作り、一人で配ってしまった――」
「ユラさん……」レナはその名を思い出す。柔らかな手つきで果実の扱いを学んでいった若い女だ。小さな子どもを抱え、家計を支えるために技術を早く覚えたかったらしい。レナは無意識に、胸の内に詰まった冷気を押し上げるようにして息を吐いた。「行きましょう。まずはハトルさんの家へ。話を聞く。」
彼らは雪を踏みしめて老人の家へ向かった。ハトルは戸外の陽だまりに座っていたが、その顔はまるで彫像のように無表情だ。口元はわずかに開き、視線は遠くを見ているようで、誰の言葉にも反応しない。孫娘の小さな手が彼の袖を引いても、瞳は動かなかった。
「この前に渡した氷菓よ。ユラが……」ミーラが差し出した包みを混乱した手つきでハトルの孫が見せた。包みには、昨夜ユラが焼き印で押したと思しき小さな鳥の刻印がある。ユラの商標だ。レナは刻印に手をかざすようにして見つめ、記憶の断片を結んでいった。
部屋に戻ると、近所のトゥア先生が待っていた。彼は村の記録係で、物事を論理で解く習慣がある。「感情が凍る、という話が本当ならば、物理的な影響と心理的な影響を切り分けねばなりません。まずはその氷菓の残り――あれば。次に、誰がどうやって配布したかの経路です」
ミーラは首を振る。「残りはない。ユラは全部売ってしまったって。分け合う余裕がなくて……売るしかなかったんだって」
レナはふと、床に落ちた紙片に目を留めた。角が焦げていて、そこに僅かな砂金のような粉が付着している。紙片はユラの店から出た包装の端だ。レナはそれを慎重に拾い、息を白くして掌に載せた。指先がその粉に触れると、胸の奥がひくりと冷えた。能力の痕跡を想起させる冷たさだ。だがここで彼女は自分の基盤を忘れてはいけない。発動の条件――“本人が分けてくれた果実”でなければ、能力は真に働かない。勝手に持ち出された氷菓と、彼女が自ら分けた果実から作った氷菓は、同じではない。
「僕が調べる。化学的にってほどではないけれど、簡易検査なら」トゥアは近くの薬草箱を開け、硝子瓶と炎に使えそうな小さな鉄片を取り出す。彼の目は熱を帯びている。村にとって何が最善かを考える人だ。ミーラは動揺した声で、ユラの店の位置を教えた。ユラは昨夜から姿を見せていないらしい。
「ユラさんを探す前に、まず氷菓の現物をいくつか集めましょう」レナは言った。「もし可能なら、同じ型で作られた他の物も。比較してみる。私が以前作ったものと同じか、何か混ぜ物がされたかを確かめたい」
「でも、そのためにはあの能力を使うのか?」ミーラの声は震えた。「あなたがやればまた体温が下がる。昨夜も無理をしてたじゃない、レナ」
彼女の言葉は的確だった。レナは体の芯にある疲労を感じていた。能力を使うたびに、彼女の手足は粟立つように冷たくなり、喉が締めつけられるように重くなる。そして誰も気づかない段階で、感情が遠のく危険があった。独占すれば氷菓は人の感情を凍らせるという禁忌――それを現実にしてしまったのは誰か。だが、彼女が使わなければ真相は闇のまま残る。
「最小限にするわ」レナは静かに答えた。「一回だけ。検査用に少量を溶かして、その冷却作用と成分の移行を見ます。誰にも長時間食べさせない。ユラの作った物は回収する。もし私の名前が出るなら、説明する準備はある」
トゥアは頷き、ミーラは靴紐をきつく結んだ。彼らは三人でユラの店へ向かった。雪が木の枝を震わせる音だけが、道行く中の唯一のBGMだった。
店の戸は薄い板で閉じられていたが、中の残り香が外へ漂っている。干し果実の甘い匂い、それに混じる薬草らしき香り。レナは扉を押し開け、慎重に足を踏み入れた。棚には空の箱と、半分食べられた氷菓の屑が散らばっている。屑の中に、小さな黒い粒が混じっているのを見つけた。溶けない飴を思わせる、頑丈な琥珀のような破片だ。
「これだよ」ミーラが指を差した。「この粒、普通の氷菓には入らない。ユラはこういうのを混ぜてたの?」
レナは破片を慎重に拾い上げ、息をひとつ吐いてから掌に沈める。掌の温もりが触れると、その破片はわずかに艶を変え、奥に潜む甘みの層が顔を出した。舌先に残る感覚を想像すると、レナははっとした。これが“溶けない飴”の断片ならば、単純な糖だけではない。何か保形性を高める成分、あるいは熱と腐敗を遮断する添加物の跡だ。
「誰がこの飴を渡したのか、調べなきゃ」トゥアが言った。「包装の切れ端に何か印は?」
レナは焦げた紙片を再び凝視した。そこにはかすかな紋章――鳥の刻印に似ない何か、扇のような形が押されていた。だがその下に少しだけ残る赤い漆のようなものが、彼女の目を釘付けにした。赤は血の色ではなく、もっと乾いた、焼き付けられた印だ。
「これ……摂政の事務所が使う封印の色に似ている」トゥアが呟く。「でも、ここでそんなものを――」
「それを広めたのがユラであれば、ユラを責めることは簡単よ」ミーラが怒りを押し殺すように言った。「でも、もし外からの圧力で配られたものなら、私たちは別の局面にいる。誰かが“感情を鈍らせる”ことを望んでいるのかもしれない」
言葉は冷たい石のように沈んだ。レナは手の中の飴の破片を見つめた。彼女の能力は果実の甘みを凍らせ、そこに蓄えた“冷”で熱や腐敗を吸い取る。だがその冷は、彼女が独りで多くを作り出すか、誰かが一手にそれを握るときに、人の感情まで奪う性質を帯びる。昨夜、ユラが多くを作り、一人で配ったという事実が重くのしかかる。
「ここで実験しましょう」レナは提案した。「私が能力を使って、ユラの氷菓の一片を“解凍”するように熱を吸わせてみる。中に物理的な異物があるか、あるいは単なる糖と果実の組み合わせかを見極めたい。ただし条件を守る。誰か、自分の果実を一つ分けてくれる?」
一瞬の静寂の後、小柄な村娘が手を上げた。彼女は市場から戻ってきたばかりで、手には凍ったリンゴが一個。リンゴを差し出すと、レナ