異世界転生氷菓子師の辺境伯

異世界転生氷菓子師の辺境伯 第26話「第24章」

冷たい風が、辺境伯の館の石段を舐めていた。レナはその風を首の後ろで感じながら、今したいことを声に出して言った。「水を、取り戻すの。今日ここで、子どもたちに直接渡すのよ」。隣に立っているのはミコ――古い帳面を掌握してきた書記の女、ハル――壊れかけた吐水機を直してきた元井戸守、そして子どもたちの代表であるキア。キアは、空の水瓶をぎゅっと抱えていた。そこには泥やほこりの跡がついている。彼女の手は震えていたが、頬は引き締まっていた。

冷たい風が、辺境伯の館の石段を舐めていた。レナはその風を首の後ろで感じながら、今したいことを声に出して言った。「水を、取り戻すの。今日ここで、子どもたちに直接渡すのよ」。隣に立っているのはミコ――古い帳面を掌握してきた書記の女、ハル――壊れかけた吐水機を直してきた元井戸守、そして子どもたちの代表であるキア。キアは、空の水瓶をぎゅっと抱えていた。そこには泥やほこりの跡がついている。彼女の手は震えていたが、頬は引き締まっていた。

「妨げになるのは、摂政サイロンの衛兵と、彼らが持つ『正当性』だけだ」とハルが低く言った。ミコは帳面をぎゅっと抱えてレナを見た。「文書は揃った。氷河の下流に埋められた管路の図、その上に偽の廃鉱記録。全部、訂正ができる。けれど、証拠だけじゃ人の手は動かない。人が動くには水が要る。目に見える流れが要る」

レナは自分の掌にある小さな布包を見つめた。中にはその日用に分けておいた果実が入っている。最近、彼女は果実を分け与えることを習慣にしていた。分けた果実の甘みを凍らせ、熱や腐敗を短時間だけ吸い取る。その一方で、吸った熱は彼女自身の体温を下げる。独り占めすれば氷菓が人の感情まで凍らせてしまう。頭の片隅には、以前に氷菓を受け取った老人の無表情な顔が浮かぶ。あの一件以来、レナは決して一人で氷を溜め込まないと誓った。今日は、使っても最小限だ。

「摂政は『感情安定』という名目で氷菓を公式化している。欲しいでしょ、って皆に言うつもりだ。市中で配れば『秩序』に見える」とミコが続けた。「だけど、それが本当に秩序を守る手段なのか、彼が恐れているのは声だ。声を奪えば反発は生まれない。声を奪うために、水も、移動も、記録も、色々と預かってきた」

キアが答えた。「でも私たちには水瓶がある。空だったけど、私たちの選択の象徴でもある。もしここで満たせば、見せるだけで全ての嘘が崩れる。人が自分で渡す場面を見れば、服従の理由なんて消える」

衛兵が門のところで列を作り、鉄の鎧が鈍く光った。摂政サイロンは館の二階から見下ろし、下に集まる群衆を冷ややかに眺めている。彼の側には、見せしめとして感情を失った者の一部が並んでいた。あれはかつてレナの氷菓を使った例だ、とミコは言わずに示した。レナはそれを見て体がざわつくのを感じたが、思考を締め直した。今日は無駄な感情に逃げない。

公開討論の場は、空の礼拝堂に即席で設えられた。辺境伯の名を冠して作られた敷石は、遠方から運ばれた赤い氷河の礫で作られている。石の一つ一つに、かつて流れていた水の轍が刻まれているように見えた。レナは壇に上がった。ミコが帳面を開き、ハルが裏の段取りを促す。子どもたちが前の列で空の水瓶を掲げている。市民の目は、期待と不安を一緒に抱えていた。

摂政サイロンは最初に口を開いた。「混乱が続くこの辺境に、秩序を。私の導入した規範は、疫と混乱を抑えるために必要だ。水は管理されるべきだ。無秩序に流れれば、疫は広がる。私たちは最悪を避けてきた。もし皆が私の方法に従えば、安心を取り戻せる」

会場の空気が一瞬冷たくなった。徴収で生活を締め付けられてきた者たちの顔がこわばる。だがキアが壇に飛び出し、水瓶を掲げて叫んだ。「あなたの秩序は、水を人質にした制度です! 私のお母さんは井戸に行けなくなって、夜中に咳をしてた! それで『秩序』って言えるの?」

その声が、他の声を引き出した。ざわめきが波になって広がる。サイロンは眉をひそめ、冷たく笑った。「だからと言って、無秩序に戻せばまた疫が来る。ここは私の判断がいる」

ミコが帳面を前に差し出した。「ここに記録がある。赤い氷河の下に埋められた古い配水管の図。それは自然に損傷したわけではない。ここにある掘削の証拠、ここにある摂政府の発注書――これは私たちのものだ。あなたが水を集め、配ることで、あなたの支持基盤を作ってきた証拠です」

会場の空気が変わった。賛成の声、否の声が混じる。そのとき、遠くで地鳴りのような音がした。ハルが目を見開いた。「今だ。彼らが封じていた弁のひとつが外れた。赤い氷河の下の配管が破裂した。水が動いている」

壇の裏手、修復班として入っていた数人の労働者が、ハルの合図で動いた。彼らは自分たちの工具を持ち、密かに送り込んだ仲間と合流していた。摂政の衛兵が飛び出し封鎖しようとしたが、群衆が前に出た。市民の多くは決定を期待している。水が目の前で動き始めれば、空の瓶が一瞬にして意味を取り戻す。

だが摂政は手元に「代替」がある。彼は銀の箱を開け、緩衝材の中の小箱を示す。「我が府は、感染制御のための氷菓を配布する。これで不安は和らぐ。私たちはこの地を守るための安全を提供するのだ」手のひらで氷菓が光る。あの溶けない飴と似ているが、冷たく透明で、内部に微細な氷の筋が走っている。受け取った者はその場で黙りこくれるだろう――過去の事例が示すように。

キアの顔が青ざめた。子どもたちが自分たちに向けられるその箱を恐れた。ミコは即座に立ち上がった。「それは禁じられた利用だ。あなたは私たちの痛みを『管理』する名目で感情を奪ってきた。私たちはそれを認めない!」

衛兵が前に出ようとしたその瞬間、レナは動いた。石畳に腰を下ろし、布包から果実を取り出す。小さな光が手元で弾けるように見えた。彼女はキアに差し出すと言葉少なに告げた。「一つだけ。みんなで分ける。私のやり方を見せる。私の代償を観ていてほしい」

キアは戸惑いながらも受け取る。レナは果実に指を触れ、その甘みの輪郭を心で感じ取った。能力の発動条件はいつも同じだ――誰かと分け合う果実であること。独り占めは禁忌だと彼女は何度も繰り返してきたから、子どもたちと目線を合わせる。果実の甘みが、表面に薄い霜を作るように凍り付く。そこに、外側から来る熱や腐敗の匂いが吸われるのがわかった。

だが熱を吸うということは、レナの体温が下がるということだ。彼女は手が冷たくなり、肩がぎくりと収縮するのを感じた。息が浅くなる。壇上の空気が彼女の周りで揺れた。ミコが慌てて外套を差し出し、ハルが支えようと寄った。だがレナは首を振る。「少しだけ。みんなで食べて」

キアが凍った果実を齧った。甘さが舌に広がり、すぐに歓声が上がる。だが歓声は長く続かなかった。レナの体温が目に見えて下がる。手の先が青くなり、唇が薄くなっていく。彼女は白い息を吐いた。だがその瞬間、隣で衛兵の一人が目を細めた。彼の顔に微かな戸惑いが走る。感情を管理しているはずの飴とは別の作用だ。レナは氷菓を独り占めるわけではない。場に置いたので、氷菓は人の心を凍らせない。子どもたちの顔には生き生きとした驚きと笑顔が戻った。歓声が、今度こそ会場を埋める。サイロンの唇が歪んだ。

だが代償は確実に訪れた。レナはぐらりと膝を折り、ミコとハルに抱えられた。彼女の頬の色が失せ、震えが深くなっていく。目の前の光が一瞬滲んだ。彼女の手が震え、果実の表面の霜がわずかに溶けて小さな滴になり、床に落ちた。誰かがすぐに毛布をかけ、あたたかい酒を口に含ませる。ハルが静かに怒りを抑えた声で言った。「もう使ってはいけないって言ったのに、レナ……。でも、これで時間は作れた」