異世界転生氷菓子師の辺境伯

異世界転生氷菓子師の辺境伯 第20話「第18章」

氷の裂け目の端に立ったレナは、指先の感覚が鈍くなるのを押し殺しながら、仲間たちに向かって短く告げた。「まず水を確かめる。証拠があれば、声が通る。」

氷の裂け目の端に立ったレナは、指先の感覚が鈍くなるのを押し殺しながら、仲間たちに向かって短く告げた。「まず水を確かめる。証拠があれば、声が通る。」

風は冷たいはずなのに、赤く染まった氷の谷からは奇妙に暖かい蒸気が立ち上っていた。蒸気は白ではなく、微かに硫黄に似た匂いを含み、湿った空気が鼻の奥を刺す。アルトが地図を膝に押さえ、顎を寄せて氷床の亀裂を睨む。イヨは薬袋から布を取り出し、何かを包み始めた。傍らにいるマルは、いつもより口数が少ない。彼らはそれぞれ、ここで何を守ろうとしているかを身体で示していた。子どもたちの笑い声、夜に戻る親の目、井戸の底にいる小さな魚たち。レナはそれらを視線の先に集め、決意を固める。

「摂政の印だって見られたら厄介だ」とアルトが低く言う。「監視隊が巡ってる。文書でも、物理的な証拠でも、持ち帰るのは危ないかもしれない。」

「でも持って帰らないと、誰も信じてくれない」イヨが頷いた。「写真もない。文字だけじゃ、遠方の村は動けない。」

議論は短く済ませられた。ここで立ち止まれば赤い氷河の下に眠るものは誰にも知られない。レナは仲間を見渡し、口を開く。「私にできることが一つだけある。果実を分けてくれる?」

イヨは驚いた顔をした。アルトも眉を寄せた。レナは微笑んで見せるが、笑顔は寒さでわずかに震えた。「この能力は、人に分けてもらった甘みを凍らせて、熱や腐敗を短時間だけ吸い取れる。水のサンプルが持ち帰れるなら……でも、独り占めはできない。もし私が全部持っていれば、氷菓は人の感情まで凍らせてしまう。それだけは絶対に避ける。」

イヨは果実を一つ差し出した。小さな赤い実。見れば凍える風にも負けない艶を保つ。彼女はその実を、かつて祝祭のために取っておいたものだと説明する。誰に与えるかは問題ではなかった。与えるという行為そのものが、能力の発動条件なのだ。

レナは実を受け取ると、掌に収めてそっと息を吹きかけた。甘い香りが鼻孔をくすぐる。掌の内で、果実の中心が鈍い光を帯び、透明な薄氷が広がる。氷菓——見た目は飴のように澄んでいるが、触れるとふわりと冷たく、すぐに周囲の熱を吸い始める。だが吸うのは熱だけではない。腐敗の匂いも、微かな雑菌の気配も、その薄い器に留まってゆく。レナはその小さな氷菓をアルミの小瓶の蓋に乗せ、慎重に水面に押し当てる。氷菓は一瞬で白い霧を吐き、蒸気を集めて冷やし、水はゆっくりと透明を取り戻した。

だがその瞬間、レナの体内から温度が抜けていくのを嫌でも感じた。胸の奥が冷たくなり、指先の血が引くように痛んだ。息を吐くと白く、見慣れた世界が遠くなる感覚。アルトが手を差し伸べる。イヨが毛布を広げてレナの肩に掛けた。マルは震えながらも、小さな懐中壺に氷菓のかけらを入れようとする。

「待って、やりすぎないで」イヨは制した。「分けるって約束したでしょ。あなたが一人で抱えるのは危険よ。」

レナは首を振り、唇を震わせながら笑った。「わかってるから、分ける。これは保存のための手段。持ち帰れる時間を延ばすだけ。」

アルトはメモ帳を取り出し、氷の縁に膝をついて観察を続けた。水は透明になったが、表面に赤い粉のようなものが舞っている。指で触れれば、ざらりとした砂鉄の感触。彼は眉間にしわを寄せ、氷床に向かって慎重に声をかける。「あの配管がおかしい。通常の河川の流れじゃない。人工の跡が見える。」

彼らは氷の裂け目に降りてゆく。亀裂は深く、側面には管の残骸が埋まっていた。鉄の輪っか、陶の破片、そして何より驚いたのは、帯金で留められた古い栓だった。栓には薄い銅板が打ち付けられ、そこには洗練された刻印が見える。摂政の印章——辺境伯領の紋章に似た図。アルトが指でなぞると、金属は粉を吹いて崩れたが、印はまだ読めた。

「兵糧——だな」イヨが低く言った。「水が兵糧として管理されてた跡。ここで給水を止め、必要なところへ流すための仕組みがあった。」

レナは氷の底に残る一枚の帯金を拾い上げると、冷たさが体を突き抜ける。掌に伝わる冷気は筋肉を固くするが、彼女は力を込めて文字を読み取った。古い記号が並び、日付と配分量らしき数字が並んでいる。その脇に、見覚えのある筆跡があった。それは辺境伯家の役人が用いる書体に似ていた。

「ここは、ただの自然の現象じゃない」アルトが言った。「誰かがここを切り替えて、水を蓄え、必要な時に放出していたんだ。だが、なぜ赤いんだろう?」

マルがしゃがみ込み、手のひらに赤い砂を取って見せた。「血みたい。でも暖かいんだ。冷たいはずなのに……」

アルトはその砂をルーペにかざした。粒の一つ一つが金属質に光り、酸化物のにおいがした。長い年月、鉱床近くの採掘と排水が混ざって氷が赤く染まっているのだと、彼は結論づけた。だがその鉱毒が何百年も前からあるのか、それとも誰かが人為的に混ぜたのかは別問題だ。レナは爪で小さな紙片を掻き取り、布に包んでポケットにしまった。

降りた先の空洞には、小さな部屋があり、かつての貯水槽の跡が残っていた。陶の管は整然と並び、壁には数字と記録が残されている。いくつかの瓶の中には、乾いた粥のようなものが残っていた。粘土の破片の裏には短いメモ——配給先、量、受領印。受領印の多くは役人の名だが、その中に、摂政の側近として知られる人物の名前があった。レナの心臓が跳ねる。

「これは……裁判資料だ」アルトが息をのむ。「これが外に出れば、辺境伯のやり方が明らかになる。水が兵糧に変えられていた。村々から水を吸い上げ、貯め込み、必要な人にだけ与えてきたんだ。」

「それを説明するには、もっと確かなものが必要」イヨは慎重だった。「ここにあるものだけで十分かもしれない。でも監視が厳しくなる。私たちが持ち帰れる状態かどうか」

レナは肩で息をした。胸の奥の冷たさは収まらない。能力の代償が身体を蝕んでいるのを感じていた。もしここでさらに氷菓を作れば、彼女の感情そのものに氷を打ち込む危険がある。彼女は仲間に向かって告げた。「私が全部やるわけにはいかない。証拠を一つだけ持ち帰る。あとは、あなたたちの手で写し取って。アルトは写しを作り、イヨは保存法を指示して。マルはこれを持って村へ走る。私が持ち帰るのはこれだけ。」

アルトは手を伸ばし、ほこりにまみれた革の帳面を慎重に取り上げた。ページは脆く、触れば崩れそうだった。だが最初のページにはその配分表の見出しが残っていた。彼は目を輝かせ、神妙に囁く。「これを持ち帰って、周辺の村と照らし合わせれば、摂政のシステムがはっきりする。」

イヨはレナの手を取り、冷えた手の甲を温めるように抱いた。「無理はしないで。本当に。あなたがいなければ私たちはここまで来られなかったけど、これ以上はあなたの体が壊れる。」

レナは小さく笑い、黙ってうなずいた。彼女は自分の体温を戻すために簡単な湯を沸かした。木の実の乾いた芯を燃やし、アルミの小鍋に水を入れて温める。だが火を煽るほど彼女の手は震え、湯気が上がる隙間から体温がさらに奪われることを恐れた。イヨが湯を受け取り、レナの首に当てた。皮膚がじんわりと温かくなり、冷えが少しだけ退いた。

その時、暗い空洞の入口で音がし