異世界転生硝子工の発明王

異世界転生硝子工の発明王 第23話「第21章」

会議所の石段に座るユイの手は、箱の角で少しだけ震えていた。木綿の手袋越しでもわかる。箱の中には、薄い緑と藍の縞が入った長方の硝子板が、麻布に挟まれて眠っている。ユイが吹いたものだ。彼は今、それを、公の場で「見せる」つもりだった。望みは簡単だ。下町の人々が、自分たちの声で、自分たちの窓を守る権利を示すこと。妨げは明白だ。石の塔──市の東に忽然と立つあの塔の影が、今日も議場に冷たい線を引いている。塔は工務卿の権威を象徴し、結界事業の正当化を覆い隠す。だが彼が一番恐れているのは、あの塔よりも、自分が心を曇らせてしまうことだった。曇った心で吹いた硝子は、光を濁らせ、毒を濃くする。今日の硝子は、曇らず吹

会議所の石段に座るユイの手は、箱の角で少しだけ震えていた。木綿の手袋越しでもわかる。箱の中には、薄い緑と藍の縞が入った長方の硝子板が、麻布に挟まれて眠っている。ユイが吹いたものだ。彼は今、それを、公の場で「見せる」つもりだった。望みは簡単だ。下町の人々が、自分たちの声で、自分たちの窓を守る権利を示すこと。妨げは明白だ。石の塔──市の東に忽然と立つあの塔の影が、今日も議場に冷たい線を引いている。塔は工務卿の権威を象徴し、結界事業の正当化を覆い隠す。だが彼が一番恐れているのは、あの塔よりも、自分が心を曇らせてしまうことだった。曇った心で吹いた硝子は、光を濁らせ、毒を濃くする。今日の硝子は、曇らず吹いた。だからこそ、ユイは震える指を何度も握りしめ、目を閉じて深く息を入れた。

「ユイ、大丈夫ですか?」向かいに座るラノー(住民の代表の一人)が、舌先で笑いを押し殺しながら訊いた。ラノーの顔には会議所までの道案内をした朝の泥がまだ残っている。あの道で集めてきた支持は、この場に確かに重みをもたらしていた。

「大丈夫。手袋をもっと強く結ぶだけだ」ユイは答え、ぎこちなく笑った。実際には心臓が高鳴っている。だがその高鳴りは、かつての自分なら恐れに変わっていた。今は違う。彼の視線は箱の中の硝子だけでなく、隣にいる人々の顔にも落ちていた。マラという年配の女性が、小さな紙束を指でつまんでいる。紙束は下町の住民たちの宣誓と証言、呼びかけの文だ。そこには、ユイが先に助けを求めた者たちの名前が載っている。彼らの言葉が必要だ。ユイは、自分だけで語るつもりはない。

「覚えているかい、あの貧しい庭の幼子のことを。息が浅くてね、夜中に窓を入れたら笑ったんだ」マラは小声でつぶやいた。その目に浮かぶ光は硝子の色とは違う、訴える光だ。ユイは頷く。自分が守ると決めたのは、ただの建物や技術ではない。ここにいる人々の暮らしと、助けを求めた者たちの声だ。

やがて扉が開き、会議所の中へ通された。内装は荘厳で、壁には工務卿と王都の由来を誇示する浮彫が施されていた。だがそこに座る役人の顔は無表情だ。塔の影は窓の縁に黒い帯を落とし、会場を縦に分けている。座席は半分が市民代表、半分が役人とその随員で占められていた。やがて議長が槌を打ち、討論が始まる。

最初に立ったのは、工務卿の代理を名乗るヴォーレンという男だった。黒の縁取りの白い外套を纏い、声は低い。彼は工務卿の事業がいかに市全体の安全を守るかを誇らしげに語った。言葉は整っているが、その論調にはひとつの前提があった──浄化は専門家に委ねるべき、という前提だ。唇の端に嘲りが走る。ユイは背筋を正した。専門性を奪うのは容易い。重要なのは、誰が決めるのかだ。

「では、下町の代表、発言をください」議長が言った。

マラが立ち上がる。背は曲がっているが、声は驚くほど通った。彼女は自分の息子を結界のために追い出される寸前に救われたと話し、ユイの窓がどれほど子どもたちの呼吸を変えたかを語る。会場の空気が変わった。ヴォーレンは冷たく微笑むが、彼の隣にいる数人の役人の表情には微かな引っかかりがある。人の話は、統計や予算よりも真実を示す。

次に若い記録係のリーラが立った。彼女は、下町から持ってきた汚染測定の記録と、窓を入れた通りの呼吸器疾患の減少を静かな口調で読み上げる。数字は冷たくとも、その裏にある記憶が読まれると、傍聴者の中にも奥歯を噛む者が現れる。ユイはリーラの肩を一瞬見る。彼女の眼差しは揺れていなかった。彼らは準備してきた。彼らの言葉は、ユイの能力を実証するための土台だ。

そして遂にそのときが来た。ユイは箱を膝に引き寄せ、会場の前方に進んだ。布をめくると、硝子の表面が会場の光を拾い、細かく揺れた。そこには確かな色彩があった。緑と藍が縞模様を描き、光を通すたびにほんの少し温かさが指先に伝わるような気がした。ユイは、硝子を掲げる。その硝子は、自分の手で吹いた。これが重要だった。自分で吹いたものでなければ、彼の能力は働かない。彼は深呼吸を一つして、思考を締め直した。曇りは禁物だ。ここで一瞬でも怒りや恐れが過れば、光は毒を濃くしてしまうかもしれない。

「これは、私が吹いた硝子です」ユイは穏やかな声で言った。「ただの窓です。でも、通した光の色と熱を一度だけ、別の場所へ送ることができます。今日は、その一度をここで使わせてください。下町で見てきた光と同じものを、この広場の外にある空間に示します。皆さんの目で見て確かめてほしい。」

会場にざわめきが走る。ヴォーレンが前に出る。「それは奇術だ。仕組みを示せ。どのように安全が保証される。もし危険なら会議は混乱するだろう」

ユイは箱の中から、もう一枚の小さな硝子片を取り出し、それを床に置かれた燭台の上に立てた。燭台の炎は弱く、空気は冷たい。しかしユイの硝子が炎を通したとき、光の色と弱い温度の帯が、字義通りに会場の外側の通路へと「送られた」。会場の外に設けられた小さな展示スペースで数人の市民が待機しており、彼らの顔に一瞬、生温かい色が映った。会場の中に座っている者たちも、その明るさの移動を目で追う。誰かが「見えた」と囁いた。空気が軽くなるのをユイは感じた。証明は小さく、しかし確かだった。

だが、成功の直後、会場の端で抑えたような音がした。石片が飛んで硝子に当たる音──ホールの中程にある窓の一つが、誰かの投石で砕けた。ガラスの破片が床に散る。砕けたのは、ユイが今置いた硝子ではなかった。だが、その音と同時に、ユイの手に鋭い痛みが走った。割られた窓は、彼が以前に吹いた別の窓だった。頭の中で鈍い断端が広がる。痛みが、手の甲に冷たい痺れと針刺しを残した。彼は顔をしかめ、握りしめた拳が震えた。

痛みは波のように押し寄せ、指先から脳へと電気を送る。ユイはその場にへたりこみそうになった。もし本当に曇った心で吹いたら、光は毒を濃くしていたかもしれない。今の痛みはその代償の一端だ。血の味が口中に広がる。だが、そのとき、会場の反応は思ったよりも良かった。投石は、明らかに工作の気配を帯びていた。誰かが、見せしめに暴力を行使して見せたのだ。だがそれは逆効果になった。会議室の片隅から若い女性が立ち上がり、投石をした者に向かって言った。

「あなた、私たちの言葉を奪うつもりですか? ここにいるのは、あなたのような者を追い出された人たちです!」その声は震えていたが、場の空気を切った。すると他にも一人、また一人と声が上がる。ユイは痛みに耐えて立ち上がり、その場で拳を開いた。手の甲に残る痛みは、鈍い焙りのようだ。だがその痛みを見ているのは会場の人々である。彼らは、技術のために人が犠牲になっているわけではないと理解し始める。

議場の隣席の一人が立ち上がり、静かに言った。「工務卿の代表、あなた方の守る安全の名の下に、声なき人々が締め出されているのではないか? ここにある証言と目撃と測定がそれを疑わせる。直ちに外部の独立検査を認めてはどうか」その言葉に会場の空気が変わる。ヴォーレンの顔に、ほんの一瞬、影が走った。塔の影が議場の窓を横切る。まるで塔そのものが、今この場に重圧をかけているかのようだ。

ユイ