異世界転生硝子工の発明王

異世界転生硝子工の発明王 第20話「第18章」

朝が薄くほの暗い。工房の窓は黒い雲に縁取られ、外の通りはいつもより静けさを増していた。ユイは自分の前に並べた小さな球状の硝子群を、手のひらの感覚だけで確かめるように転がした。冷えた硝子の輪郭は皮膚に馴染み、吹き冷ましの時間が残した微かな熱を指先に伝える。今したいことははっきりしていた――装置を組み上げ、能力を使って毒霧を「遠くへ逃がす」方法を確かめること。だがそれを妨げるものが二つあった。ひとつは工務卿の目だ。巡査が下町の隅々に入り込んでいる。もうひとつは、自分の心が曇ればその光は毒を増すという、能力の厳しい禁則だった。

朝が薄くほの暗い。工房の窓は黒い雲に縁取られ、外の通りはいつもより静けさを増していた。ユイは自分の前に並べた小さな球状の硝子群を、手のひらの感覚だけで確かめるように転がした。冷えた硝子の輪郭は皮膚に馴染み、吹き冷ましの時間が残した微かな熱を指先に伝える。今したいことははっきりしていた――装置を組み上げ、能力を使って毒霧を「遠くへ逃がす」方法を確かめること。だがそれを妨げるものが二つあった。ひとつは工務卿の目だ。巡査が下町の隅々に入り込んでいる。もうひとつは、自分の心が曇ればその光は毒を増すという、能力の厳しい禁則だった。

「ユイ、お前は本当にやるつもりか?」ブラームが端に置かれた鉄の枠に触れながら訊いた。若者の顔には疲労と期待が同居している。彼は吹き手を学びたいとこの街に残った一人だった。

ユイは硝子球をひとつ取って、低く息を吐きかける。曇りを寄せつけないために、自分の中の焦りを押し込める必要があった。呼吸を整えると、声が小さく出た。「秘密裏に。一度に大きな動きを見せるのは危険だ。効果を確かめるんだ。誰かの生活をこちらの都合で変える前に、どう分担し負担を軽くするかを示したい」

「分担、か」既に共同で窓を作ってきたマルタが肩越しに言った。彼女は土地を奪われた過去を抱え、言葉に重みがある。「でも、誰がその『遠く』を決める? 我々は下町を守りたい。だがその先に住む人々がいるなら――」

言葉はそこで切れる。ユイはうなずき、作業台に戻った。装置は単純なもののつもりだった。真鍮のパイプ、硝子の導管、光を集中させるための小さな反射板。彼が考えたのは、光が硝子を通るときに持っている「熱と色」を一点に集め、別の場所に一度だけ送り出す力を利用して、毒霧のエネルギー的な成分を物理的に引き離せないかということだった。理科教材の修理技術で培った光学の基礎と、色ガラス職人としての手仕事を組み合わせれば、理論上は「送る」ことができる。

「送る」ためには、送る対象の硝子が彼の息で作られ、そこへ光が通らなければならない。ユイは一列に並べた球のうち、ひとつだけ吹き上げた。これは彼の能力が作用する中心石となる。あとは導管を介して光を導き、その光が硝子と結びついた瞬間に彼が意識を一点に集中して送る。どこまで確実か――誰にもわからない。だからまずは無人の廃坑の枯れた斜面を狙い、そこへ毒霧を集中させる。人のいない場所なら、試作の失敗が生む代償は最小限のはずだった。

ブラームが手早く反射板を位置決めする。マルタは地図を広げ、方角と風向き、低地の性質を指で確かめる。ほかにも、古い記録を保存している書庫の若い記録係リオが、結界の起動に関する些細な符号を示した。彼らは皆、ユイの隣で判断を下し、自分の言葉で賛成か反対かを告げる。賛成は多数だったが、意見は割れた。ユイはその中で、自分一人の発明で終わらせたくないという思いを改めて感じた。

「忘れるな、ユイ」リオが低く言った。「あの『黒い曇り』はただの物理現象じゃない。設計だ。誰かがどう動かすかを見ている。晒せば、向こうも動く」

その言葉は冷たかった。ユイは奥歯を噛んで作業を続ける。何度も思考を点検し、吐く息を整え、心の雑音を消した。曇った心で吹かないこと。もしも怒りや恐れで硝子を作れば、送られる光は毒を濃くする。過去にその代償を知る者として、彼は慎重であるしかなかった。

準備が整う。ユイは自分で吹いた中心の球を導管の端に置き、薄い布で口元を覆って軽く息を整えた。工房の中の光が球を通り、装置の中で青白く揺れる。外では毒霧が遠目に波打って見えた。ユイは目を閉じ、誰の顔を思い浮かべるか決めた。思い浮かべる顔は、頼ってくれた人々の顔だけだ。共に生きると言った人々の声だけだ。決して、他所の無辜の人間を思い浮かべてはならない。そう自分に言い聞かせると、指先が硝子の冷たさを締め直した。

光が球を通る瞬間、ユイは意図を送った。能力が起動する感覚はいつもと同じ、硝子の中で色がゆっくりと流れ、熱が手のひらに戻るように感知される。だが今回、導管が微かに震えた。外の空気がふっと動き、毒霧の縁がたるんだ。廃坑の斜面に向けて、薄い筋状の霧がさざ波のように移動を始める。装置は作用した――光の色と熱が「送られ」、それが何かを引き寄せるかのように霧の一角が固まって遠ざかっていく。

歓声は出さなかった。誰もが息を呑んで見守った。だが、そのとき、球の一つが小さくきしんで亀裂を走らせた。硝子の髪のような断裂は、光の流れの方向を乱した。ユイの手首に走る鋭い痛み。ひとつの割れ目が指先をかすめ、微かな切り傷が残った。硝子が割れた痛みは、彼の体に残ってすぐにその意味を告げた。これが代償だ――割れた窓の痛みは残る。それは単なる肉体の傷だけでなく、彼の心に鋭く突き刺さる懺悔の波でもあった。

「大丈夫か」ブラームが駆け寄る。ユイは手を振って否定するが、痛みは確かにあった。血の温かさが手袋の内側で広がる。リオが速やかに包帯を差し出し、マルタが手早く手当てをする。皆の動きは慣れていた。ここで一人だけ痛みに沈むわけにはいかないと、誰もが分かっている。

だが、装置の作用が完全だったわけではない。廃坑の方角へ流れた霧は、集まった――だが、それと同時に別の筋が、予想外の方向へ分かれた。風のせいか、地形のせいか、あるいは導管の亀裂が引き起こした微細な乱れか。分かれた霧の一部は、下町の外れにある小さな難民居住区の方へ向かい始めた。ユイはその動きを視界の端で捉えた瞬間、冷たい恐怖が胸をよぎった。自分たちの安全を確保するために作ったものが、他者の不幸を生む可能性を孕んでいる。

「送るべきではなかったかもしれない」マルタの声が震えた。「あの場所に――」

「待て」ユイは手を上げた。痛みはあったが、心は曇らせまいとさらに集中した。「誰かの上に、こちらの毒を投げつけるつもりはない。だから秘密試験で事前に調べたんだ。だが予想外の分岐が出た。装置は確かに霧の流れを操作できるが、それだけじゃ不十分だ。送る『先』の選定に、必ず当事者の同意が必要だ」

ブラームが頭を振る。「でも、もし同意が得られなかったら? あのまま放っておけば、ここは全滅するかもしれない。選ばないことも決断だ。犠牲を出すことを回避するために犠牲を出すのは、どうなんだ?」

議論はすぐに空気を満たした。リオは記録の紙を指で押さえながら言った。「倫理的な問題だ。装置は制御を可能にする一方で、それ自体が武器にもなる。明確なルールがないと、権力が使えば人を選んで『投棄』する道具になる。工務卿がそれを手にしたら、我々はただの道具だ」

ユイは包帯に血が滲むのを見ながら答える。「だから、公開でも非公開でもない第三の道を作る。住民が合意したルールで、送る先を共同で決める。そして装置の操作は一人じゃなく、複数の承認が必要な仕組みにする。技術を独占させない。力を分散するためにも、手順を簡素化して誰でも参加できるようにするんだ」

その言葉に、しばらく静寂が続いた。みんなの表情は複雑だった。装置の可能性に驚き、そして恐れる。ユイは自分の選択が単に技術提供にとどまらず、制度的な変革を伴うことを理解していた