異世界転生硝子工の発明王 第13話「第12章」
ユイは、踏みしめるたびに木の床がきしむ狭い工房の入口で立ち止まった。外からは子供の声がふたつ、三つと続き、誰かが窓越しに指を突き合わせてその光を確かめているのが見える。彼の胸は今、ひとつのことで満ちていた──もっと吹きたい、もっとこの町に光をくれてやりたい。だが指先はまだ冷え、右手の掌には前に割れた窓の痛みが残っていた。そこを触るだけで小さな電流のように疼く。外の光景が幸せであればあるほど、その痛みは重く、そして重苦しい義務へと変わった。
ユイは、踏みしめるたびに木の床がきしむ狭い工房の入口で立ち止まった。外からは子供の声がふたつ、三つと続き、誰かが窓越しに指を突き合わせてその光を確かめているのが見える。彼の胸は今、ひとつのことで満ちていた──もっと吹きたい、もっとこの町に光をくれてやりたい。だが指先はまだ冷え、右手の掌には前に割れた窓の痛みが残っていた。そこを触るだけで小さな電流のように疼く。外の光景が幸せであればあるほど、その痛みは重く、そして重苦しい義務へと変わった。
「ユイさん、お願いです。東のアルク通りの子たちの窓がもう……」女性の声。マーラだった。顔にはやつれた笑みと、薄紙を貼った窓に差す薄い色が揺れている。彼女の言葉は簡単だった。もっと。だが窓の向こうでは、先に受け取った家族が互いに顔を見合わせ、涙をぬぐっている。子供の瞳が淡く色分けされた光を追いかける。ユイは喉の奥で答えを探した。
「すぐには……」答えると、口が震えた。外の幸福が、彼の不安を即座に濃くした。彼は、自分の呼吸を整えるために一歩後ろへ下がり、作業台に置かれた虹の破片を見た。淡く屈折した小片は、普段より鈍い光を放っている。成功した窓が増えるたびに、その破片は鳴る音のように反応する——だが今日は何か違った。破片の縁に、かすかなひびが入っているように見えた。
「ユイ、どうした?」イェンが近づいてきた。若者はユイの右手を見て眉をひそめる。「まだ痛むのか?」
「ん……割れたときの痛みがね。集団で出たみたいだ。さっき東の一区画で数枚が一度に曇った」ユイはつぶやく。自分の言葉に、思いもよらぬ重さが乗った。曇り──その単語はここ数日、話題の影となっていた。窓が黒く濁ると、光は毒のように変わる。自分が吹いた硝子に限り、通した光の熱と色を一度だけ別の場所へ送るという能力のルールは、同時に自分の心が曇れば光の毒化を招くと教えていた。今、町の空気が盛り上がる一方で、その曇りが一斉に広がる兆候は、ユイの胸の曇りを誘った。
「どうするんだ?」イェンの声は遠慮がない。外ではまだ歓声が漏れてくる。「人が待ってる。ユイがいなきゃ、このまま暗くなっちまうよ」
ユイは掌をぎゅっと握った。割れるたびに残る痛みが、じんじんと神経を叩く。頭の中に、技術員として培った観察の習慣が働いた。症状は同時多発であり、発生点はランダムではないはずだ。偶発的な破損なら、時間差や物理的な原因が見つかる。だが同時に数枚が曇るというのは、外的な要因がある。誰かが——いや、何かが結界の外側から作用したのではないか。
「すぐに吹くべきじゃない」ユイは声を押し殺すように言った。「今は、設置も交換も止めよう。曇りの原因を調べる。もし俺が怖れや憤りで吹いたら、光は毒になる。もっと広がるかもしれない」
マーラが小さく息を吐き、顔をしかめた。「でも、あの通りのあの家は、赤ん坊がいるのよ。窓が曇ったら……」
「俺だってわかってる」ユイは瞬時に反論したくなったが、代わりに作業台へ近づき、厚手の裂布とボロギターを取った。裂布で右手を優しく包む。痛みは消えない。痛みはいつも通り、硝子が割れた瞬間に身体に彫り込まれるようにして残る。今日の痛みは、それより深い。幾重にもねじれた電気が掌から指先へと走るようだ。割れが同時多発したことと、痛みの強さは関係している。
イェンが唇を噛んだ。「誰か、外の状況を確認してくる。アントン、マーラ、行けるやつが外を一周して報告してくれ」
数人がうなずき、外へ走り去った。工房の中は一瞬、静かになった。歓声はそのうちに混じらなくなり、替わって遠くで鈍い足音と、時折聞こえる何かの拍子音が響いた。ユイは裂布の上から手を揉み、冷静を装って記録帳を開いた。前世の癖で、彼は現象を数字と図に落としたがる。その癖は——この世界でも役に立った。
「まず現場の保存だ」ユイは声を出す。「曇った窓には触らないで。表面をこすったり、風で飛ばしたりしない。証拠が必要だ。破片が落ちているなら拾って、濡らさないように布に包んで。俺が調べる」
「ユイ、あなた一人で調べるなんて無理だわ」マーラが食い下がる。「あんたまた手を壊す。私は手伝う」
「手伝いはする。でも、吹くのは俺だけの仕事にしない。今はそれがリスクになる。代わりに、測定と保全、記録をみんなでやる。誰かが吹くのを待つことはできない。順番で作業を分散して負担を小さくする」
彼の言葉に、工房の面々はそれぞれ何かを考え込む。誰かを押しのけて仕事を奪うのではなく、仕事を分ける。ユイは、自分の能力の規則を逆手に取りながらも、それを中心に共同体の運営を作り直すことを思いついた。だが即座に不安が襲った。自分が吹かずに済ませるのなら、窓は誰の手によって浄化されるのか。能力が使えるのは自分だけ。多くの家に光を届けるための近道を封じるのは容易ではない。
「これ以上被害を増やしたくないんだ」ユイは低く言った。「もしこれが事故じゃなく誰かの意図的な仕掛けなら、俺が吹くたびに撒かれる可能性がある。だから今は止める。代わりに、壊れた窓の撤去と応急遮光を最優先に。曇った光が住宅内部に漏れないようにするんだ」
イェンが顔を上げ、力強くうなずく。「わかった。皆でやる。ユイは調べて。君のやり方で」
人々の動きは速かった。屋根裏から布を持ってくる者、梯子を抱えて行く者、各家の家長たちが自発的に班を作って行動し始めた。ユイはその流れを眺めながら、手帳にひとつの仮説を書きつける──曇りの広がり方に規則性があるかもしれない。近隣の家々の位置、取り付け方、窓枠の向き、外壁の材質、さらには設置が集中した時間帯──それらを突き合わせれば、外的なトリガーが見えてくるはずだ。
外回りから戻ってきたアントンが、顔を真っ青にして息を切らせながら言った。「ユイさん、北通りの二軒目の窓を見てくれ。表面に黒い粉がついてた。触ると指が黒くなった。あれで光が変わったんだ」
ユイは立ち上がり、アントンの差し出す布を見る。そこには確かに、煤とは違う、粒子が微かに光を吸い込むような黒い膜がついている。彼は指で布に触れさせてもらい、においを嗅いだ。金属のような匂いと、乾いた草のような匂いが混じっていた。工務卿の監視者が残した痕跡だろうか。ユイの心の中で、もう一度暗い線が引かれる。偶然ではない。準備された何かだ。
痛みが鋭くなる。右手を押さえると、指先から肘まで焼け付くような感覚が走った。彼は床に膝をつく一瞬、過去の窯場の音と、自分が先に受け取った硝子の破片が舞い散る光景を思い出す。割れた硝子の痛みは、常に彼に現実を突きつける。だが今日は、その痛みが彼に明確に告げる。これ以上ここで吹いてはならない。
「ユイさん、どうする?」マーラが近づき、手を差し伸べる。彼女の目は赤く、決して他人事ではない。
「まず、全ての曇った窓を外にむけている光から隠す。光が入らないように布で覆って。次に、その黒い粉のサンプルを集めて密閉しろ。指でこするな、手袋を使え」ユイは声を震わせずに指示を続ける。これまで彼がしてきた仕事の全ては、手順の確立だった。危険な作業の分配と保全。共同の規則づくりだ。
人々は指示に従い、静かに動いた。子供た