異世界転生硝子工の発明王

異世界転生硝子工の発明王 第10話「第9章」

朝の光は薄く、下町の路地はまだ毒霧の重みを帯びていた。ユイは工房の戸を半分だけ開け、外から差し込む灰色の光を確かめるように指先で硝子の破片をすり合わせた。したいことははっきりしている。今日も窓を吹き、ひとつでも多くの家に浄化の光を届けることだ。だが足元には障害があった。列は伸びているのに、人手が足りない──数日前から訓練を受けていた若者の一人、カイが来ない。彼がいれば、午前中にもう二枚は吹けたはずだ。

朝の光は薄く、下町の路地はまだ毒霧の重みを帯びていた。ユイは工房の戸を半分だけ開け、外から差し込む灰色の光を確かめるように指先で硝子の破片をすり合わせた。したいことははっきりしている。今日も窓を吹き、ひとつでも多くの家に浄化の光を届けることだ。だが足元には障害があった。列は伸びているのに、人手が足りない──数日前から訓練を受けていた若者の一人、カイが来ない。彼がいれば、午前中にもう二枚は吹けたはずだ。

「ユイさん、また誰か並んでるよ。受付してくる」と、ミナが布で硝子の粉を払いながら声を張った。彼女の眼差しは疲れているが、背筋はまっすぐだ。工房に残る若者たち全員が、ユイが守る対象だった。危機に置かれた共同体と、ここに最初に助けを求めた人々。彼らが生活を回すための仕事と、外へ通じるほんの少しの自由を保つため、ユイは今日も手を動かす。

受付を終えたミナが戻ると、手にした紙片を差し出した。そこには、工務卿の紋章が押された通行許可証のようなものと、誰かの買い取りを示す書付けの写しがあった。筆跡は整っている。金額と職務の詳細が並ぶ。ユイはそれを取り、黙って読み終えると紙を丸めて机の隅に置いた。

「工務卿が、技術者を買ってるって噂はあったけど……」とミナは続けた。「今朝、巡査が通りで大声で呼び込みしてたって。『王都のため』だって。カイもその誘いに乗ったみたいだって、誰かが見たって言うの」

噂そのものは始めは噂でしかない。しかし、噂は人々の心をざわつかせ、互いを疑わせる。列の端で小さな声がふくらみ、やがて怒気へと変わる。ある老婆が「裏切り者を追い出せ」と叫び、別の男が「金か威光で人が変わるのをどう防げというんだ」と嘆いた。ユイはその声に応える代わりに、深く息を吐いた。

彼がまずしたのは、問い詰めることでも、断罪することでもなかった。カイが本当に去ったというなら、それを取り戻す方法を探る前に、なぜ彼が去らざるを得なかったのかを知る必要がある。道徳の裁きは共同体を分断する。ユイは仲間を道具にせず、人として対話することを選んだ。だからこそ、彼は人を集める代わりに、ミナと二人、真っ直ぐカイの家へ向かった。

カイの家は路地の突き当たり、狭い窓に古い布がかけられている。戸は半開きで、中からは幼い声がもぞもぞと聞こえた。カイの母だ。ドアの前でユイは一拍置き、ゆっくりと戸を開けた。中は暖を取るには貧しく、卓には薬草の袋と、子どもの小さな靴が置かれている。子どもの顔を見て、ユイの胸が締めつけられた。

「カイは出て行ったよ」と母は言葉少なに答えた。「巡査が来て、大きなお金と、城の職をくれるって。息子は迷ってた。私の薬代がどんどん増えて……どうすればいいか分からなかったって」

カイが出て行った理由は、予想よりも切実だった。工務卿が差し出すのは金だけではない。医師の手配、税の猶予、家族のための食料券──生死に直結する選択肢が並んでいたのだ。ユイは言葉を飲み込む。怒るのは簡単だ。だが怒りは雪だるまのように収拾をつけなくする。「曇った心で吹けば光は毒を濃くする」と、自分で決めた決まりが頭をよぎる。今怒鳴って硝子を吹けば、たとえそれで誰かを止められたとしても、作る窓は毒の濃度を増すだろう。ユイはその誘惑を断ち切った。

しばらくして、カイが帰ってきた。巡査に連れられてくるのではなく、じっと下を向いて歩く。彼の手には、小さな包みがある。ユイはその歩幅を見つめ、包みに触れようと手を差し出した。カイは先に言葉を吐いた。

「ユイさん、もうここにはいられない。母さんの病気のために、城の仕事を受けることにした。金と、医師の紹介……それで、町がよくなるならいいんだって言われた。でも、俺は……」

彼の声は途切れた。怒号が心にこみあげる者もいた。だがミナが静かに手を置いた。「私たちに相談してくれてもよかった」とだけ言った。その温度は叱責にも諭しにもならない。カイは肩を震わせて、膝をついた。

「嘘はつかなかった。金は本物だった。けど、俺がそこに行ったら、皆のところに行けなくなるって分かってた。別に、裏切るつもりは……でも親を見捨てることもできなかったんだ」

ユイはゆっくりと包みを開いた。中には、工務卿側の書付けと、金貨が数枚、そして小さな通行証が入っていた。通行証は、城周辺に入るための簡易なもので、技術者としての登録が義務づけられるという。読み進めると、そこには「独占的納入許可」の文字がちらりと見える。工務卿は、技能者を買うだけでなく、彼らを縛る契約を結ばせる。自由を制限し、働く場を囲い込む──技術そのものから人を切り離す仕組みだ。

ユイは静かに息を吐いた。「分かった。カイ、まずはお母さんのことを考えなさい。誰も責めない。ただ、ここで起きていることを皆で話し合おう。怒りだけで決めるのは、誰の助けにもならない」

その言葉で場の空気が少し緩んだ。だが、外では誰かが怒鳴る声がした。工房の前に集まった数人が、買収を許せないと叫んでいるのだ。ユイは脇へ出て、低い声で皆に告げた。「まずは事実を集めよう。煽りで分断してはいけない。彼らが提供しているものと、我々が失うものを数えよう。対策は後で立てる。だが、感情で人を突き飛ばすのは止める」

住民の疑心は簡単には消えなかった。やがて町の広場で、工務卿の旗を付けた巡査が現れ、貴族の特派員を名乗って住民の前で演説を始める。公的な言葉は甘く、安堵を約束する。だが裏で技術者を囲い込み、記録を統制する意思が透けて見える。ユイはその演説を窓の小さな隙間から見て、歯を噛んだ。

夕方、沈んだ空の下で作業をしていると、通りの向こうから割れるような音が聞こえた。誰かが窓を壊したのだ。慌てて外へ走ると、先日配ったばかりの三軒の家の窓がバラバラになって路地に散らばっていた。破片は黒く曇り、薄い光を吸い込んでいた。ユイはそれを見て、瞬間、手のひらに鋭い痛みを感じた。喉元まで血の気が上り、彼は目を見開いた。

手を見れば、掌の皮膚に微かな引きつりと焼けたような感覚が走っている。最後に自身が作った窓が割れたときの痛みだ。ユイは咳き込みながら手を握りしめた。痛みは彼に、硝子がただの物ではないことを突きつけた。目の前で起きたことはただの破壊ではない。誰かが狙って、窓を標的にしている可能性がある。しかも、曇った破片はただの汚れではなく、見るからに不穏な変化を示している。

ミナがそっとユイの袖を掴んだ。「ユイさん、どうする? 皆、怒ってる。壊したのが誰かを探したいって言うよ」

「探すのは、事実を曲げることにもなる。今は壊れた窓の処置と、被害にあった家の安全を最優先にしよう」とユイは言った。痛みで拳が震えるのを抑えながら、彼は冷静さを保とうと努めた。怒りは燃え上がるが、硝子を吹くときの心の曇りが被害を増幅させる。彼はその鉄則を守る必要があった。

夜、工房に戻ってからユイは皆を集め、短い会議を開いた。カイも出席している。彼はまだ出るべき選択をしたことへの申し訳なさを滲ませている。住民の一部は、「裏切り者を晒せ」と言うが、ユイはそれを静かにいさめる。

「買収は経済的な圧力から来ている」とユイは言った。「ならば、その経済的圧力